鱗粉の効果
「つまり、キララさんもプテダクティルに気づいていた。王都の危機を救おうと攻撃。その威力が全長八〇メートルのプテダクティルを蒸発させるほどの魔法で。ってことになるけど、キースさん、可能なんですかね?」
「スージアは星が燃えているのを知っているかね?」
「あぁ、はい。アクイグルにいた時、望遠鏡で星を観察した覚えがあります。見ようとしたら目が燃えかけました……。失明するかと思いましたよ。おバカですよねー」
「燃えている星の影響でこの世界は成り立っている。降り注ぐ光の熱は燃えている星から伝わってきていると考えていい。して、その星の距離は考えられないほど遠くにある。その熱の温度ならば、物体を一瞬で蒸発させることも可能だろう。魔法で出来るかは置いておいてな。しかし、キララはやってしまった。彼女を怒らせれば、この王都は蒸発する」
「はははッ、冗談がきついですよ~。だって、キララのスキルはビーを操るスキルでしょ。『星の熱を放つ』というスキルじゃない。ビーにそんなことが出来たら、おかしいじゃないですか」
「つまり、ビーは関係ないということだ」
「……はぃ?」
スージアは目を丸くさせ、キースさんの話に耳を疑っていた。
実際はベスパの超魔力分裂によるエネルギーが必要なので、スキルは確実に必要だ。
でも、魔力と魔力を勢いよくぶつけ合わせて大量のエネルギーを発生させることは可能だと知っている私からすれば、ベスパがいなくても超火力の魔法は放てる。
通常火力の二乗以上の火力が出るので、初級魔法を衝突させれば中級魔法に変わる。
中級魔法を二つ同時にぶつけ合わせれば上級魔法に変わる。
でも、二つ同時に魔法を使える者はほぼいないため、そのようなイレギュラーは起こらなかったのだろう。
魔法同士が衝突すると爆発を起こすのは、エネルギーの衝突で魔力に暖められた空気中の水蒸気の水分が一気に膨らみ、熱エネルギーとして表れている。
まあ、行き場を失ったエネルギーの放出が起こっている影響だ。
「私のスキルというか、私の使う魔法を組み合わせて超火力の魔法を放ちました。もちろん、王都に向って放つ気はありません。フェニル先生のスキルなら、あれくらいできると思って」
「確かに、フェニクスなら出来るだろうな。いったい何人分の魔力を消費すればできるかわからないが。まあ、奴のスキルを明確に知っている国民はほぼいないだろうから、怪しまれずに済んだものを……」
「もとはといえば、キースさんがいなかったからじゃないですか」
「うぅん……」
キースさんは俯き、少なからず負い目を感じているようだ。
私ももっと考えれば、別の方法があったかもしれないと思うも、今はあれでよかったと思える。
「キララさん、私の失敗をかき消してくれてありがとうございます。だからってスージアさんは渡しませんからね!」
サキア嬢はスージアの腕を掴み、子犬のように吠えて来た。
いやどう考えてもいらないから。彼の使い道など、頭しかない。
「プテダクティルの件まで、私はスージアさんを監視するようにキースさんに言われていました。スージアさんに食べさせた魔造ウトサが消えていたので、おかしいなと思っていたんですが、キララさんが原因だったんですね」
「まあ、スージアさんがサキアさんの胸……、じゃなくて、写本を大量に奪おうとしていたのを目撃して色々調べた結果そうなったまでです」
「はぁ……。でも、そのおかげで今、メロアとレオン王子の件で話合いが出来ているわけだから、結果良かったんじゃないかな?」
スージアは自分の失敗をなかったことにしようとしていた。
あまりにも浅はかで、近くにキースさんがいるのに、にこにこと笑っている。なかなか精神が図太い。
「メロアとレオン王子が催眠に掛かっているというのなら、バタフライの鱗粉で催眠を上書きできます。ただ、キララさんがいると魔力の影響で効果が薄まってしまって……」
「うう。私の体、魔力を生み出し過ぎちゃうからな……」
「じゃあ、サキアさんにキララさんの魔力を流せばいいんじゃないかな。その間はバタフライにもキララさんの魔力が組み込まれて、魔力によって流されにくくなるかも」
スージアはピンっと指先を弾き、鋭い点に目を付けた。
すでに、その流れに持って行くつもりだったといいたげな表情でムカつくが、その方法ならメロアとレオン王子の催眠を上書きできる。
事前に仕込んでおけば、なぜ催眠が利かないのかと焦る相手の表情が見れそうだ。
「ふぅ……。じゃあ、一度試してみますか。キララさん、手を」
サキア嬢は私にしなやかな手の平を向けて来た。手の平はボロボロだ。
やはり、諜報員ということもあり沢山努力してきたのだろう。
彼女の手を握り、魔力を送る。
「んんんんんんんっ~!」
「…………」
サキア嬢の色っぽい声が部屋中に響き渡り、ヘンタイのキースさんとスージアは鼻の下を伸ばしながら、彼女の姿を見ていた。
「こ、これ、すっごいぃ。体の中が、あっつぃ~っ!」
「…………」
別に普通のことを言っているだけなのに、色気むんむんのサキア嬢がいうと、とんでもなくエロイ。
まだ、一二歳だというのにこのエロさ。
いったい、成人したらどうなってしまうんだ。
魔力を流す出力を押さえ、彼女の体をキラキラと光らせる。
やはり、私の魔力を大量に受け取ると他の人の場合、魔力が体から漏れ出してしまうようだ。
「じゃあ、スージアさんに催眠を掛けます」
サキア嬢はバタフライを操り、スージアの頭の周りに鱗粉を振りまく。
すると、スージアの目がとろんと眠そうになった。今ので催眠が完了したのだろうか。
「スージアさん、服を一枚脱いでください」
「うん」
スージアはサキア嬢の発言を聴き、制服を一枚脱いでテーブルに置く。
「じゃあ、キララさん、普通に歩き回って魔力を出してください」
「わかった」
私は椅子から立ち、スージアの周りを歩き回る。魔力は空気に乗り、ふわふわと浮かんでスージアに嗅がれる。
ものすごく嫌だが、仕方がない。いつも、そういうふうになっているのだから、今は我慢しよう。
「スージアさん。ズボンを脱いでください」
「はい」
サキア嬢の発言を守り、パンツ一枚とシャツの状態になったまぬけなスージアが立っていた。
彼は皆が見守る中、そんな馬鹿なことをする者じゃないと思うので、催眠は解けていないっぽい。
「うん……。問題なさそうです。では、キース先生。スージアさんに新しい催眠を掛けてください」
「わかった」
キースさんは催眠魔法を使い、元から催眠が掛かっているスージアに新たに魔法をかける。
簡単な催眠魔法と難しい催眠魔法を試したが、どちらも上手くかからなかった。
勘のいいものなら、何者かに先に催眠魔法を掛けられていたと察するだろう。
だが、それを知る手段は難しい。
なんせ、スージアの頭を混乱させているのは魔力ではなく、バタフライの鱗粉なのだ。魔法で操られているという先入観がある者は気づくのが難しい。
にしても、サキア嬢の催眠魔法が中々に強力で驚いた。
まあ、鱗粉を吸わせる必要があるものの、吸わせてしまえば他の魔法で上書きするのが難しい催眠で、最悪多くの者が引っかかってしまう。
でも、一時的な効果しかないようで、一日も経てば元に戻るらしい。
再度吸わせなければいけないと思うと、遠隔操作で催眠が掛けられる魔法もなかなか捨てがたいな。
「一応、メロアとレオン王子を守る算段は付きましたね。じゃあ、次に敵は三名でメロアさんとレオン王子を操っている可能性が高いという話をしましょうか」
「三名……」
キースさんとサキア嬢はぐっと前に出て、話を聞いてくる。
「ぽけ~」
スージアはパンイチで、バカみたいな顔している。こいつはこのままでも良いか。
かわいそうな気もするが、今の状況で元に戻しても面倒臭そうだ。
「メロアさんとレオン王子を操るスキルを持つ者。観察する者。連絡する者の三名です。王城にいる者がメロアさんとレオン王子に接触したのは間違いありません。その者が操るスキルを使っています。一度掛けたら何度も催眠が可能なようで……」
「相手に催眠を掛けるスキル。王族でそのようなスキルを持った者。いるな……」
キースさんは顎に手をあて、ぱっと顔をあげる。
彼は栄えあるドラグニティ魔法学園の学園長だ。
きっと長い間、学園長の座についているはず。
レオン王子が今通っているように、なんなら第一王子のアレス王子もこの学園出身のはずだ。
そうなるとこの学園に多くの王族が通っていた形跡が見て取れる。その者達のスキルを学園長のキースさんが知らないわけがない。
「相手を遠隔で操れるだけの催眠のスキルを持っているのは王族の中でも第二王子のキアン王子だけだ。特段危険でよく覚えている。何度、操られそうになったか」
キースさんは苦笑いを浮かべ、子供のころから危険人物だったといわんばかりな反応だ。
アレス王子と熾烈な王位争いをしているキアン王子。
やはり、スージアの見立ては正しかった。
「キアン王子がメロアとレオン王子にスキルを掛け、操っているのだとして。でも、何のために? 王位争いに何か関係があるんですかね?」
「さぁな。王族内のことはわしもよく知らん。だが、キアン王子が何か企んでいるのは間違いないだろう。彼はほんと悪知恵というか、作戦が巧みというか、ねちっこいというか」
キースさんの昔の苦悩がよみがえるのか、頭を振っていた。
いったい何をされたのか気になる。
キアン王子は大人になって国の王になろうと自分なりに努力しているのか。
はたまた、悪知恵を働かせて覆そうとしているのか。
「うぅ。でも、そのキアン王子は正教会と繋がっているんですよね。絶対、悪いことに加担しているに違いありません……」