スージアの頭を使う
「殺さないよ。その頭を私のために使えるのなら、私が知っている未解決問題の内容を教える」
「うぅ、じゃあ、キララのヌードを……」
私は男性にこれほどの殺気を抱いたことはあるだろうか。どれだけ調子に乗れば気が済むの。
「き、キララ様、落ちついてください。が、学園が揺れてますっ!」
ベスパは翅をブンブンと鳴らし、私に警告してくる。
スージアに対する怒りに反応した体が、大量の魔力を放ってしまったようだ。
ブラットディアたちがいなかったら、大量の魔力のせいで天井が吹っ飛んでいたかもしれない。
「う、うそ、うそ、キララのヌードなんかに全く興味ないから……。あ、あはは。冗談が通じないんだから、もー」
スージアは椅子から転げ落ちており、ずれた眼鏡を掛け直す。
「じゃあ、私が今抱えている問題を話すから、他言無用で。もし、話したら……。誰にもわからないようにこの世から消す」
「あ、あはは……、じょ、冗談きっついなぁ~。それがルークス王国流?」
「日本国流」
「……はい?」
「何でもない。じゃあ、早速話す。最近、メロアとレオン王子がおかしいって思わなかった?」
「メロアさんとレオン王子……。メロアさんはいつもおかしい気がするけど。でも、前、レオン王子と抱き合ってキスしそうになっていたね。あれのこと?」
「そう。あの二人が婚約しているのは知ってるでしょ」
「もちろん。お似合いというか、政略結婚感が半端じゃないけどね」
「一方は親の愛、一方は誰かの政略だと思う……」
「へー、何となく察した。フェニル先生と同じ道をたどってほしくない的な感じかな?」
スージアは私の話を聞いて、軽く言い当てる。
この男はやはり敵に回したくない。頭がいいものは仲間に引き入れて正しいはずだ。まあ、逆手を取られる可能性もあるから、うのみにし過ぎるのも危ないけれど……。
「だいたい、察しの通り。フレイズ家の親がメロアをレオン王子からの婚約を受諾した。メロアの意思とは関係なくね」
「まあ、相手は王子だもんね。断る理由が一つもない。そのレオン王子がおかしいの?」
「レオン王子はメロアのことが本当は好きじゃないの」
「はい?」
私はスージアにメロアとレオン王子の件を話した。
正教会の話もしたかったけれど、何かしらの繋がりがあるような気がして口に出来なかった。
スージアをまき込んだら、何が起こるかわからない。
察しが良すぎて、危険な目に合う可能性だってある。
頭が良すぎるのはそれだけで敵に目を付けられるのだ。だから、できる限りバカを装うのが肝。
「メロアとレオン王子が王城にいるものの誰かに操られていると……」
「うん、その可能性が高い」
「へー、なるほど。メロアとレオン王子を使って何か策略を考えている者がいるってわけか。覗魔のキララでも王城の中に入れないと」
「覗魔って言うな。入れるけど、近づきすぎたら気づかれる。私達は敵に監視されているの」
「ま?」
スージアは周りを見渡し、呪文を呟きながら探索している。
だが、何も反応がないらしく、顔を傾けた。
「誰もいないけど?」
「今じゃない。メロアとレオン王子が合う時に魔法かスキルを使って二人を操ってる。その瞬間が完璧なの。だから、誰かから見られていると仮定した」
「うーん、そうか」
スージアは腕を組みながら考えはじめる。
「まず、その魔法かスキルって話だけど、たぶんスキルだよ。ほぼ魔法と大差ないけれど、王城からドラグニティ魔法学園まで一〇〇メートル以上確実に離れている。王城で光りが見えたんでしょ。その点も踏まえたら、スキル以外あり得ない」
「そうだけど、もし、見る方がスキルで操っている人が別にいるとしたら……」
「それも難しいよ。魔法が届く範囲は頑張っても一〇〇メートル以内。瞬間的に鳥を飛ばしても完璧な拍子で魔法を何者かが発生させるのは二人じゃ無理だ。三人いたら、見る、操る、情報を送るというふうに分担できるけど……」
「王城に一人は確実にいる。じゃあ、ドラグニティ魔法学園の中にあと二人いるってこと?」
「そうだね。その可能性はある。王族と繋がりのある者以外あり得ないけど、大概貴族だから難しいね」
スージアと話していると、彼が中学一年生と同じ年齢と考えられなかった。
どれだけ頭がよくとも、子供っぽさは感じるはずなのに。これが環境の違いというやつか。
「でも、二人を無理やりくっ付けて何したいのかな? 大貴族と王族が繋がるのは普通にあることでしょ。無理やりする理由があるはず」
「たしかに、第八のレオン王子がフレイズ家の末っ子のメロアと結婚したところで、たいしてうま味があると思えない」
「でも、フレイズ家にとって王家と繋がれるのは大きな利点だ。だからこそ、うま味がないのにレオン王子を結婚させるってところが怪しいね……」
スージアは顎に手を当て、嫌な笑みを浮かべる。こいつは、何と頼もしい。
目の前に名探偵君がいるような安心感……。彼がシャーロックホームズなら、私はワトソンか。シャーロックホームズが女好きなのは大分嫌だけど。
「王城の中で働いている者が操る理由はない。そう考えると王族の誰かが策略している。一から七までの王子かな。国王が関係しているとは思えない」
「なんでそう思うの?」
「あの賢王と言われるルークス王が自分の子共を操って嫌いな相手と結婚させるような人間だと思う?」
「お、思わない……。確かに、あの人は子供のためを思っているいい大人だ。自分の利益のために息子を使うような人じゃない」
ルークス王のこれまでの功績や魔造ウトサを食べさせられている点から考えれば、敵の可能性は薄い。
第一王子のアレス王子も除外して問題ない。
そうなると、第二王子から第七王子までの誰か。
「第二王子から第七王子までの行方を探れば、おのずと敵はわかると思うよ。まあ、僕は見当が付いているけれど」
「なんで……」
「だって、第四から第七王子までは学園や大学に通っていたり、他国に留学に行っていたりする」
なんで、そんな情報知っているんだろう。調べれば出てくるのかな。
「残っているのは第三王子と第二王子、第一王子。その中で第一王子と第三王子は優しいって噂が立っている。噂は噂だけど、噂が立つということだけで、大きいからね。第二王子の良い印象は聞かない。彼なら自分の弟でも利用するかもね」
スージアは椅子に座り直し、両脚を抱きしめながらあくびしていた。彼の言うことも一理ある。
第二王子のキアン王子は第一王子のアレス王子とバチバチに殺し合っている仲だ。
兄弟なのに、王位争いで兄弟げんかなんて。
でも、実際に起きている。以前のバレルさんがアレス王子を殺そうとしたのだって、キアン王子の手引きがあるはず。
今回もそうだとしたら、王位を狙う何かしらの利益のために……。
「僕の予想だとね。キララが沢山邪魔するから、しびれを切らしてここまで来ちゃうと思うよ」
「……授業参観の日?」
スージアはコクリと頷いた。
そんな危険を冒すか? でも、見に来て直に誰が邪魔しているのかと突き止められたら私は詰みだ。メロアを守れなくなる。
その日はメロアとレオン王子のイチャイチャがずっと繰り広げられるのか。
最悪、既成事実まで作られる可能性もある。夜中の学園の外でハッスルさせようとしたくらいだ。
相手はモラルとか、貞操観念とか土返しして確実にことを進めようとしている。誰も知られない状況で……。
「今度の授業参観の時、メロアとレオン王子を見に来る参加者に注目だね。あ~、楽しみになって来た。学習するより、こういう事件を追う方が何倍も楽しいよ~」
やはり、スージアは諜報員よりも探偵の方が向いている。まあ、何となく似ているけど。
さすがの頭脳。回転速度が速く、すぐに事件の真相にたどり着いてしまいそうな勢い。でも、あまり暴れさせると他の者から襲撃を受ける。
「今度の授業参観の時、相手に怪しまれずにメロアとレオン王子を助けるためにはどうしたらいいかな?」
「うーん、直接確認されたら、小細工はすぐに気づかれると思う。メロアとレオン王子のどちらかに風邪を引かせるのが一番手っ取り早いかな」
「無理だよ。フェニル先生が治しちゃう……」
「あぁ、あのバカみたいなスキルで死ぬ以外は治されちゃうか。担任の先生だし、休みのままなのはちょっと不自然かもね。そうなると、ますます困るなー。僕とキララだけじゃ難しいかもしれない」
「スージアと私だけじゃ……。なら、誰と」
「キースさんとサキアさんを仲間に入れたら守れるかもよ」
スージアは笑って扉の方を見た。
どうも、何かがいるような雰囲気だ。スージアはすでに気づいているらしい。
だが、ブラットディアのせいで、入れずにいるようだ。彼はブラットディアが大嫌いだから……。
「おんどりゃああああああっ!」
私がブラットディアを移動させようと思ったら、窓の方からガラスを粉々に粉砕し、突っ込んでくる黒髪の者が一人。
私とスージアは椅子から落ちて転がり、心臓が口から飛び出そうになっていた。
「スージアさん、キララさんと浮気するなんてひどいわっ!」
声だけでわかるほど透き通った叫びに、私とスージアは彼女の姿を互いに見た。
黒髪を束にしてポニーテールにした制服姿のサキア嬢だ。
ここ、八階なんですが……。
魔法を使えば浮かべるけど、サキア嬢が風属性魔法が使えるっけ?
周りを見たら、バタフライがベスパを追いかけ回しながら攻撃していた。
あのバタフライが何かしたと仮定するのが自然か。
でも、ただのバタフライに何が……。
いや、バタフライは突風を起こせたな。体を軽くするだけなら、難しい訳じゃない。紙吹雪みたいに飛んできたのか。
「さ、サキアさん、僕はキララさんと浮気していないよ」
「嘘! だって、こんなところで結界まで張ってお話しするなんて、どう考えてもそういうことしようとしていたでしょ!」
「し、しようとしていない、しようとしていない。あわよくばって思ったけど、不可能だって気づいたから。俺はサキアさんの体にしか靡かないよ」
こいつはどこまでもクズだ。本心かどうか知らないが、彼はおっぱい星人だからな……。
私はスージアに冷たい視線を送る。
ブラットディアはぶっ壊された窓から外に出てもらった。
すると、扉が開き用務員姿のキースさんが入って来た。