買取
「はぁ……、スゴロクで毎回振出しに戻るマスを踏んでいる気分……」
「スゴロクってキララ、賭博するの?」
私の隣に自ら座って来たローティアさんは私の方を見ながら、若干引いていた。
「し、しませんよ。賭博だけはしません」
「ほっ……。よかった。あんなの、バカがすることですわ。お金の無駄遣いでしかありませんもの。そんなことをしている経営者だったら、縁を切っていましたわ」
ローティア嬢は両手を握り合わせ、料理に感謝してから食事を始める。
さすが、大貴族のご令嬢。お金の管理も完璧なようだ。
スゴロクと賭博はこの世界にもあるのかな?
まあ、駄女神がアイドル好きということから考えて、地球の娯楽を持ってきている可能性はあるか。賭博は娯楽じゃないだろ。
スゴロクは何とも言えない。使い方次第か。
「キララ、八〇着の服から宝石を取り終えましたわ」
「そうですか。じゃあ、金貨八枚で買い取りましょうかね」
「あら、金貨五枚くらいだと思っていたのだけれど」
「それじゃあ、ローティアさんの借金が返しにくくなりますよね。私はローティアさんと仲良くしていきたいので、初めは少し割高で買い取らせていただきますよ」
私は赤字確定だが、彼女と縁が出来てこれからの仕事を考えたら悪くない投資だ。
服を金貨五枚で売れば、金貨六四〇枚の出費から四〇〇枚を引いて金貨二四〇枚の損ですむ。
もし、金貨六枚、七枚で買ってくれると言うのなら、もっと損失を減らせる。
同じ値段で買い取ってくれたら万々歳。
彼女のブランドを広げられ、私は彼女と仕事の関係が築ける。
マドロフ商会はお金を儲けられて最高。
もう、良いことしかない。
まあ、売れなければ意味がない。ただ、ローティア嬢が自信満々にいい品と言える服だ。質が良いに決まっている。
「私、ローティアさんの雰囲気からローティアさんの服屋の印を作ったんです」
私はベスパに作らせたローティアさんの横顔とローマ字で「Routia」と掘られた印を手の平に乗せ、彼女に見せる。
「え、こ、こんな品、どうやって……」
「この印があれば、服がローティアさんのお店の服だってわかりますよね。偽物が作れないように精巧に作りましたからお店の質が下がることはないので安心してください」
「す、すごい……。凄いわっ!」
ローティア嬢は私が作った印を受け取ると太陽が輝いているかのような眩しい笑顔を浮かべた。
椅子から立ち上がってクルクル回っている。
体幹が強く、スケート選手やコマ、ジャイロのように倒れない。
もしかしたら、長いロール髪を使ってバランスを取っているのかも。って、ありえないか。
「キララ、ありがとう。これ、ものすごく嬉しいわ。私の会社の印が欲しかったところだったのよ。でも、中々いい案が思い浮かばなくて。私、この印、一発で気に入っちゃったわ!」
ローティア嬢は印にチュッとキスして、頬擦りする。そこまで気に入ってもらえたならよかった。
「じゃあ、服を受け取ってその後、私が縫い付けておきます。切ったり破ったりできないように貼り付けるくらいの力で。えっと……、どこに付けた方がいいとか、提案はありますか?」
「そうね……、この印がドレスで見えるのもおしゃれだけれど、わざわざ見せびらかす必要もないから、スカートの目立ちにくい場所にでもつけてくれるかしら。知っている人は底に視線が行ってしまうような高級店に成長させたいの」
「わかりました。目立ちにくい場所に付けておきますね」
私はローティア嬢と話し合っていると、彼女の執事たちが冒険者女子寮の近くにバートン車を持って来たというので品を拝見する。
一着一着丁寧に木製の箱に入れられたドレスは紛れもなく高級品。
宝石が付いていたと、わからないほど綺麗に補正されている。
何枚もの布を使って空気の層を作り、冬でも寒さに耐えられる構造で、ローティア嬢が自信満々になるのもわかるくらい良い品だった。
服の大きさは子供用から大人まで。無駄に幅広い。この点も商売で失敗した影響がありそうだ。
「ローティアさん、やはり、質がかなりいいですね。でも、お客さんの層をもっと搾った方がいいと思いますよ。子供から大人まで幅広く売るのは大切ですけど、小さな会社なら確実に買ってくれそうな相手を選ぶのが商売のコツです」
「うぅ、そうね。欲張ってしまった節はあるわ。一回目が順調すぎたから……。ほんと、まだまだね。次からは同年代か少し年上の年代層を狙ってみるわ」
ローティア嬢は自分の失敗を潔く認め、それでいてすでに考えを纏めていた。
やはり、商売一家ということもあり、賢い。
商人とお店を構える人で売り方が大分変ってくると思うが、売れ残った品を商人に渡すのは悪くない作戦のはず……。
失敗は失敗と受け止めて、大きな成功で巻き返せば、小さな失敗など関係ない。
そういう考えはギャンブルのようで危ないけれど計算しているのなら、何ら悪くない。
ギャンブルは考えもせず、利益だけを追い求める方法だ。今、私達がやっているのは投資に近い。
「うん、私が欲しいくらい良い品ですね。でも、ドレスを着る機会がないので、あまり持っていても……」
「冬場に学園で大きなパーティーがありますわ。そこで着るなら丁度良いと思いますけれど」
「なら私はその時になったらローティアさんに特注品でもお願いしましょうかね」
「あら、よろしくてよ。最高級のドレスを作って差し上げますわ。高いですけれど」
「そこは同業者ということで、おやすくしてもらいたいですね~」
「まあ~、考えなくもありませんわ~」
私とローティア嬢は陰湿な笑みを浮かべ、周りの執事たちを困惑させた。
ここまで悪い顔が出来る学生も少ないだろう。
商売、金、社会を知っている私達だからこそできる陰湿な笑い顔は仲の良さを際立たせる。
八〇着のドレスを私は金貨六四〇枚で買い取った。なかなかの大金だ。
でも、私もドレスを見て売れる確信が出来たので、何ら損した気分はない。
ルドラさんが見ても、必ず唸る。
まだ、無名のローティア嬢のお店の品というので、大きくなった時に超高い値が付くかもしれない。そういう期待もあった。
超高級ブランドが無名のころに発売していた品が物凄く高い値で売られるのは珍しい話じゃない。
将来的にローティア嬢が一万着の服を売り上げるほどの大企業を作り上げた時、初期の八〇着のドレスの値段はいったいいくらになってしまうのか。
想像するだけで、わくわくする。もう、お宝を社会に解き放つような気分だ。
大金貨六枚と中金貨四枚を執事に支払う。
「お買い上げ、ありがとうございました」
ローティア嬢は市民の私にも頭を下げて来た。どうやら、仕事中は貴族や市民に分け隔てなく対応するお店らしい。
私が大金持ちになったらリピーターになっちゃおうかなー。
「何度も同じ失敗を繰り返すのは三流です。同じ失敗は繰り返さず、違う失敗するのは二流。一度の失敗を繰り返さないのが一流。失敗しても別の方法で生かすのが超一流。ローティアさんは超一流の大貴族なんですから、同じ失敗はしないでくださいね」
「ええ、在庫を残すようなへまはしないわ。今年の春物の服だって必ず売り切って見せる!」
ローティア嬢は目を燃やし、やる気に満ち溢れていた。
少々脱線して悪い方向に行く暴走列車のようにならなければ良いけど……。
「ベスパ、ドレスに印をしっかりと張り付けてくれる。剥がしたら服か印が壊れるくらい」
「了解です」
ベスパはビー達とアラーネアの力を借りて、印をドレスに張り付けていく。
仕事は彼らに任せ、私は以前から約束していたスージアとの話し合いに向かう。
どこに行くかと言えば、休みの日の教室だ。もちろん誰も来ていない。休みの日に教室にくるような者は珍しいだろう。
来るとしたら、忘れ物をしたとか、テスト勉強が家じゃ捗らないからとか、部活のサボりとか、そんな具合だ。
まあ、私のように情報交換する学生が何人いるだろうか。世界に八人くらいいたら多いかな。
とりあえず、締め切られたガラス製の窓を軽く開ける。
春から梅雨に入りかける何とも湿った空気が肌を撫でた。
靡いた髪の先が頬に当たる。精霊にペタペタ触れられているような感覚……。少々鬱陶しい。
靡く髪を耳に掛け直し、いらだちを押さえる。
ここからの景色もまた、絶景だ。ウルフィリアギルドの仕事場から見える景色も最高だが……、また別の景色が見える。
何と言っても、王城の全体像が見えるのが良い。ウルフィリアギルドからだと少々遠くに見えるが、ここからだとめっちゃ近いんじゃないかと錯覚するくらいの距離。
王城がバカでかいので、距離はあるのだが全体が見えるだけでずっと眺めていられる。
白い外見がこれぞ王族の城だと物語っていた。
何年経っているのかわからないが、未だに日の光を綺麗に反射して真っ白に見えるんだから、相当いい塗料を使っている。
その周りに見える城下街も王都だからかなり多くの店が立ち並んでいる。
まあ、気持ちがいい理由の一つは正教会の本殿が王城で見えないということだ。
もう、意図として作ったんじゃないかと言うくらい、上手く隠れている。だから、じーっと眺めていても飽きない。
空気の入れ替えを終えると、自分の席に座り後ろ足の二本で体を支えながら身を伸ばす。後ろに席がないので、倒れても誰にも迷惑が掛からない。まあ、誰もいないから別にどうでもいいか。
「ふわぁ~、広々しすぎて、眠くなってきた~」
現在の時刻は午前七時五八分ごろ。もう、午前八時になる。
自然委員の仕事もあるので、さっさと話し合いを終えたいところだ。
だと言うのにスージアが集合時間の午前八時を過ぎても来ない。
あいつ、何しているんだ。場合によっては捕まえなければ……。