服を売る
ローティア嬢は私の手を握り、涙を瞳に浮かべていた。そのまま、瞬きしたら零れ落ちてしまいそうだ。
私は彼女の最強の武器を何度も受け、すでに倒されかけている。
「ローティアさん、余った品はどんな品なんですか? 質が悪いとか、見かけが悪いとか、何か失敗した点があれば、教えてほしいんですけど」
「この私が、粗悪品を作るわけがないでしょう。服の旬が過ぎてしまったのよ。冬物の品が思ったよりも売れなくて、春物の品もこのままだと……」
「なるほど、冬物の品は安く売るとか、そう言う作戦は」
「もちろんしているわよ。でも、寒くもない時期に冬物の品を買うバカな貴族はいないわ。今年の冬に新しい冬服を買ったほうがお洒落だもの」
「じゃあ、私がその冬服を良い値で買い取って、知り合いの商会に降ろし、売ってもらうとしますか」
「え、どういうこと。そんな伝手があるの?」
「私の知り合いに王都以外の場所で人気の商会を知っています。王都じゃ売れない品でも、他の場所だと売れる可能性はあります。もちろん、王都で売れるより、安い値段なので、ほんの少しのお金にしかなりませんが売名や資金が少し溜まるだけでも万々歳です。次に良い品を出して借金分を取り返せばいいんですよ。どうしますか? 取り合えず、計算だけでもしてみます?」
「そ、そうね……。お願いするわ」
ローティア嬢は冬服の品の値段を提示し、在庫の数もしっかりと覚えていた。それだけで、彼女がどれだけ経営に本気なのかわかる。適当にしていたら、何もかも失敗してしまうだろう。考え続けることが社長にとってとても大切なのだ。
「えっと、一着の値段が元値金貨八〇枚、在庫数が八〇着。このままだと損益が、金貨六四〇〇枚、相当やばい状況ですね……」
「一〇〇着作って二〇着売れただけありがたかったけれど、それじゃあ、完全に赤字よ……」
「でしょうね。でも、金貨八〇枚の服って相当高いですね」
「これでも、頑張って抑えた方なのよ。宝石を付けているから、もっと高い値を付けてもいいくらいだわ」
ローティア嬢は服屋のほかに、宝石店も経営しているので、以前、新人歓迎パーティーの時に着ていたような服を作っていると思われる。
あの時よりも宝石の数が少ないとすれば、金貨八〇枚でも安いのかもしれない。
「ローティアさん。服の方に自信はありますか?」
「もちろん! 私自ら、考えて作り出した自信作よ。汗を掻いても蒸れにくい通気性に体の動かしやすさ、体の温度を逃しにくい保温性。どれをとっても、他の店に負けるつもりはない」
ローティア嬢の自信はものすごかった。やはり、これだけ自信をもって断言してもらわないと困る。
きっと学園じゃなくて、営業に行きまくっていれば、服も売れ残らずに済むのだろうが、学生だから仕方ない。ここは、営業が上手い者達に助けてもらおう。
「ローティアさん、宝石を外した服に変えて他の街で売るのはどうですか?」
「え……、そ、それじゃあ、私の服じゃないじゃない!」
「でも、宝石は価値が落ちにくい。なら、宝石を取り除いた質が良い服を他の場所で売れば、それなりに資金を回収できます。宝石分の損失がなければ、もっと借金を減らせるはずです」
「うぅ……」
「街の人々は宝石などいりません。質が良い服であれば使います。服の旬も考えませんし、王都の品と言うだけで、飛びつく人も必ずいます」
「わ、わかったわ……。その方針で考えて」
ローティア嬢は腕を組み、社長の顔で考え込んでいた。さすが、出来る大貴族。もう、学生の顔ではない。
どれだけお金を稼げるか考えている者の顔だ。
私は彼女と出会えて幸運かもしれない。これほど相性が合う相手も滅多にいない。同年代、社長、経営者。もう、彼女と仲良くならない理由がないじゃないか。
金貨八〇枚の服の内、金貨六〇枚が宝石の値段。その値段を抜き、金貨二〇枚。それでも街の人達にとっては高すぎる。
半額にして売れるかどうか。冬物に加え、金貨一〇枚。なかなか厳しい戦いだ。
冬服で質がいい品なら金貨二枚もあれば買えるだろうから、王都の品とはいえ、相当な良品じゃないと金貨一〇枚も出さない。
私も出さないだろう。そう考えると、一般市民に買わせるのは現実的じゃないな。
「ローティアさんの服は全て女性者ですか?」
「そうね。だいたい女性の品よ。男性はドレスなんて買わないし」
「ですよね……」
私のスキルが手直しすれば、お金は浮く。でも、それじゃあ、ローティア嬢が納得しない。
相手にお金が回ればいいのだけれど。
以前、私が作ったカッパのように、冒険者が使えるわけでもない。
枚数が八〇着なのが、救いだ。そう考えると、地方の貴族やメイドなどに買ってもらうのが現実的か。
「ローティアさん、地方の貴族に仕えるメイドや娼婦たちに買ってもらえる可能性があります。そのような人に品が回っても良いですか?」
「メイドや娼婦……。なるほどね。確かに、使う機会が多そう。別に構わないわ。どんな仕事をしていようと女性は彩るべきだもの。普段から同じ服を着ているメイド、男性を魅了する娼婦、どちらもわたくしの作った服を着るに値する人間よ」
「じゃあ、その人達に営業を掛けてもらえるように知り合いに頼んでおきます。服装についた宝石を外す作業ですけど、私が請け負いましょうか?」
「いいえ、結構よ。わたくしの失敗だから、わたくしが自分でどうにかするわ。手直しは得意だから」
ローティア嬢は胸に手を置き、微笑んだ。心のシコリが少し取れたのかもしれない。それならよかったのだけれど……。
後方のレオン王子の視線が少々怖い。ローティア嬢が仕事しているというのが気に食わないのか。
「はぁ~、そうと決まったら、こうしちゃいられないわ! 早く、仕事に取り掛からないと!」
「ちょ、まだ、学園にいるのに……」
「できる限り早い方がいいでしょう」
ローティア嬢は紅茶を一杯飲んでから、教室を飛び出してしまった。
仕事を頑張る女性はカッコいい。それはどの世界も共通なようだ。彼女が頑張るなら、私も頑張らないとな。
「ん……。そうだ、ローティアさんのブランドロゴを作ろう」
私は一つ良いことを思いついた。ただの服じゃ、本当にローティア嬢が作った品かわからない。
服の一部に彼女のブランドロゴを刻めば、その服が本当に彼女の品だとわかる。
でも、模倣される可能性があるので、出来るだけ複雑なロゴを作るべきだ。
その点に関しては以前、マドロフ商会にも同じような品を作った。ローティア嬢の顔が奥に掘られたボタンのような品でもいいし、長方形型の湾曲した板でもいい。
とにかく、彼女の会社の品だとわかればいい。そういうちょっとした点が、品の価値をぐんと引き延ばしてくれる。
冒険者女子寮に戻る時までに軽い案を考えておこう。
「はぁー、食った食った。もう、お腹一杯。こんなに食べたら、お腹がはち切れちゃう~」
ミーナのお腹がお相撲さんのようにパンパンになっていた。
あまりにパンパンなので、妊婦さんかと一瞬錯覚してしまうくらいだ。
でも、妊婦は下腹が大きく出る。ミーナはお腹全体が膨らんでいるので、胃が驚くくらい広がっているのだろう。
「もう、ミーナ、さすがに食べすぎよ。多くの者がミーナを見て引いていたわ」
メロアはミーナのお腹を摩り、苦笑いを浮かべていた。さすがに、大食いのメロアでも、ミーナにはかなわないようだ。
メロアが部屋に入ってくると、ベスパから連絡が来る。スキルが発動したらしい。
メロアとレオン王子の視線が合う前に、私が間に挟まり、左腰についているフェニクスの羽が練り込まれた真っ赤な杖が入った杖ホルダーに魔力を込め、軽く叩いてみる。
普通の視界では何も見えないが、魔力を見られるようにすると赤い魔力が波紋のように広がり、メロアの頭に付いている、アンテナをチリチリと燃やした。
「ん……。ああぁ、キララ、私、今寝てた?」
「ううん、寝てなかったですよ。でも、あまり食べすぎると眠くなるから、気を付けてくださいね」
私は実験に成功し、メロアのことを守れた。もう、操る方法がわれたのだから、防ぐ方法は簡単だ。
でも、私が二人の操られている状況に気づいていると相手に悟られたら危険。少しでも、自分の身が危険に陥ると思ったら、引く。その引き際をしっかりと見極めないと。
「早く着替えて、外に行こう~。もう、動きたくて仕方ないよ~」
「そうだね。レオン王子、ここは女子が着替えるために使うから、早く出て行って」
メロアは目を細め、牙むき出しで強めに言う。
「ああ、わかった」
レオン王子は何も言わず、ただただ立ち上がり、体操服を持って教室の外に出た。
王族を教室の外で着替えさせてもいいのかと疑問に思う。と言うか、執事たちが沢山隠れていた中で着替えていたのかと思うと、めっちゃハズイ……。ちゃんと外に出てほしいな。
「王子の執事たちも、さっさと出て行って。メイドも!」
メロアは辺りに視線を向け、大人たちに噛みつく。皆、メロアの指示に従い、窓や扉から即座に外に出て行った。
いや、窓から飛び降りたら死んじゃうんじゃ……。でも、さすがレオン王子の周りにいる者達。皆、それなりに強いのか、魔法を使いこなしているように見える。