社長の務め
「ローティアさん、いつも一緒に食事してくれてありがとうございます。凄く嬉しいです」
「ま、まあ、学園で芋娘と食事が得られる場所は、ここくらいしかないし、あなたの方から来てもらってもいいのだけれど、教室に芋娘がこられるとこっちが困りますわ」
ローティア嬢は頬を赤らめながら、紅茶をいただいていた。典型的なツンデレだ。
可愛すぎて、鼻血が出ちゃいそう。私が男ならローティア嬢を確実に手に入れたいと思うのだが、他の貴族たちは違うのだろうか。
「まあ、ここにくれば、他の貴族たちのお誘いから身を守れますし、安全地帯のような場所ですわ」
「なるほど、そう言うことですか。でも、私に会いに来てくれていると思っていたのに……」
「そ、そんなこと、ついでに決まっていますわ。芋娘に会いに来るためにわざわざわたくしがこんなむだに遠くまで歩いてきていると思いですの? ちょっとは自分の立場を考えたらどうかしら。ま、まぁ、安心して紅茶が飲める相手など……、そうそういませんわ……」
ローティア嬢は両手でカップを持ちながら、私と視線を合わせた途端にふっとずらして、舌を火傷させていた。少々赤くなった舌を出し、いつもは見せないお茶目な部分を私に踏んだんに見せてくる。
なんだ、この可愛い生物。私を殺しにかかっているのだろうか。今、周りから見られているんだぞ。なんなら、天井から見られている可能性だってある。なのに、この可愛い生物のせいで、私の危機感が甘ったるくなってしまうじゃないか。
「ふぅ、ふぅ、ふぅー。あつあつすぎて、舌がひりひりしますわ……。もう、こんな熱い紅茶を淹れたのは誰ですの」
「ローティアさんです」
「……そうでしたわ」
ローティア嬢は今回、自分で紅茶を淹れていた。沸騰したお湯をそのままつかってしまったから舌を火傷したらしい。自分のことに関しては案外ドジなのかも……。
私は紙コップに水を注ぎ、魔力を軽くなじませて昨晩、ローティア嬢から貰った使われていないシルクのハンカチを取り出し、魔力を大量に含んだ水を湿らせる。
「ローティアさん、舌を出してください。ひりひりするのを治しますから」
「そんなことができるの?」
ローティア嬢は口を半開きにした状態で、舌を軽く出す。だが、すぐ近くにレオン王子がいるとわかり、恥ずかしい顔をしていたかもしれないと思ったのか、顔を背ける。
私が近くに寄って、舌を撫でるように摩ると火傷があっと言う間になおった。
「凄い、ひりひりしなくなりましたわ。なんで……」
「舌の上に魔力を軽く乗せて、乾燥しないようにしました。炎症が空気に触れると乾燥して軽く痛むんですよ。だから、口の中は傷が比較的治りやすいんですけど、舌は料理を食べるたびに食材が通りますから、すぐに治して損はありませんよね」
「そうね。えっと、ありがとう。助かったわ……」
ローティア嬢は普段、感謝の気持ちを言わないからか、ものすごくタジタジな言葉を吐いた。でも、感謝の気持ちを言ってもらえるだけ、嬉しい。あの、大貴族のローティア嬢から感謝される芋娘など私くらいだろう。
「ローティアさん、今日は早めに冒険者女子寮を出たんですね」
「ええ。もうすぐ、授業参観でしょ。わたくしのクラスは乗バートンの講義があるの。だから、赤っ恥をかかないように、今よりももっとうまくなっておこうと思いまして」
「乗バートン……。つまり、ローティアさんの担任の先生はカーレット先生ですか?」
「ええ、そうよ。あの人、無駄に熱いから苦手なのだけど、貴族の皆も慕ういい先生だと思うわ。出来る限り拘わりたくないけれど……」
ローティア嬢にとって、カーレット先生の熱い感じは苦手らしい。まあ、雰囲気もあっていないし、そう言う相手もいるだろう。
「部活も乗バートン部だし、大貴族の私が手本にならないとって思ったの。でも、上手く言っている気がしなくて。この前も、リーファ様に何度も見てもらったのだけど、本当に難しいのよね。はぁー、わたくしも、リーファ様みたいに凛々しくカッコいい女性になりたいわ……」
「ローティアさんがそこまで褒めるなんて、やっぱりリーファさんは凄いんですか?」
「もう、凄いなんてものじゃないわ。あの人は私の上を行く完璧な大貴族の女性よ。あの人を目指して私も頑張ろうって思えるくらい凄く良い方なの。生徒会の仕事も一切手を抜かず、文武両道、思いやりがあって、時に厳しく、でも凄く優しい。あんな女性、滅多にいないわ。今も皆のために頑張って仕事しているはずよ」
ローティア嬢はリーファさんのことをかるーく誤解しているようだ。なんせ、リーファさんは……。
「マルティ君、あーん」
「あ、あーん。んっ、す、すっごいソラルムの味がする……」
「あ、あはは、ちょっと、調味料入れ過ぎちゃった。でも、味が濃くて美味しいんじゃない?」
「うん、リーファちゃんが作った料理なら、何でも美味しいよ」
「きゃぁあ~っ! もう、マルティ君、褒めすぎっ!」
リーファさんは両手を振りながら、マルティさんから距離を取る。変わった愛情表現だな。この光景をローティア嬢に見せれば一瞬で目が覚めるだろうか。
でも、そう考えるとリーファさんは仕事、勉強、運動、恋愛、全てを完璧にこなしていることになる。どんな、完璧超人だよ。さすがカイリさんの妹。
でも、そんな完璧超人をマルティさんに嫁がせようと考えた、リーファさんのお父さんは相当バートン好きなんだな。お爺ちゃんと気が合いそう……。
「はぁ~、リーファさんのように私も気高く大貴族その者と思われるような女性になるわ。家でぐーたらしているだけが女じゃないってことを世に知らしめてやるのよ」
「あ、あはは……。ローティアさんはすでに仕事しているのだから、皆、認めていると思いますけど」
「違うわ。私は背後にいる親が強いだけ。私と仲良くなっておけば、後ろの親や兄弟たちと仲良くなれる可能性があるから、ちやほやされているだけなの。そんなの、ちっとも嬉しくないわ。私を見て、私の商品を買いたいと思ってもらえるようにならないと駄目なのよ」
「商売は大変ですね」
「同業者のあなたに言われたくないけれど……。でも、芋娘の癖に、このドラグニティ魔法学園に入れたと言うことはそれだけ優秀だと言うこと。あなた、お金も自分で払っているの?」
「まあ、そうですね……」
――特待生で全額免除とは言えない。でも、払う気ではいた。ミーナの学費を払っているので、実質自分のお金を払っているようなもの。なにも嘘は言っていない。
「なにか、他の者に認められるコツがあるのかしら? 同業者として教えてもらいたいわ。他者に認められるのなら、わたくしは芋娘にだって頭を下げられる大貴族なのよ」
ローティア嬢は金髪ロールを背中に回し、頭を結構深く下げる。
「他者に認められる方法は今のローティアさんのように頭を下げてお願いできること。失敗を犯しても謝罪出来ること。言ったことは最後までやり通すこと」
「そんなことだけで、いいの……」
「認められることは信頼されることと同義です。信頼を失わなければ、おのずと認められる。まあ、結果を出せれば確実に信頼が付いてきますから、頑張ってください」
「……なるほど。同業者の言葉だと、重みがあるわね」
「私は大して大きな舞台で戦っているわけじゃないので、小さな場所で強くなって、数を増やしまくるっていう戦法でお金を稼いでますから主戦場で戦っているローティアさんとは強さの位が何段階も違うと思いますよ」
「そ、そうかしら。まあ、私は大貴族ですから、それなりに……」
ローティア嬢は腕を組みながら胸を反らせていたが、少し萎む。どこか、調子が乗り切らない様子だ。
「最近、お店の売り上げが下がっていますわ。始めた当初はものすごい売り上げだったのに、今じゃ、半分売れたらいい所……」
「うーん、半分のお客さんしかつかめなかったと言うことですかね。在庫が結構あると」
「そうね。在庫は山のようにあるわ……。このままだと、売り切れず赤字ね。お金も借りているから返さないといけない。返す分は確保してあるけど、その先の新しい商品を作るためにお金が必要。お店を維持するのもお金が必要。お金お金お金……、もう、それじゃあ、実家と同じじゃない、って自暴自棄になっていたのを隠すためにバートンに乗っていたけれど、やっぱり心が廃れているから駄目ね。上手くいかないわ……」
ローティア嬢のお店は大きな会社の分岐みたいなお店と考えたらしっくりくる。
もう、上が強すぎて別に分岐点で品を買う必要がないと思われてしまっているのだろう。
値段や売る品を変える必要があるが、ローティア嬢は多くのお店がある衣類で勝負している。
それでは、リピーターを確保するのも難しい。宝石の方も扱っているようだけど、そちらは価格が変わりにくい品だ。在庫を抱えていてもあまり問題ない。維持費が大変だけど。
私は自分と同じ経営者のローティア嬢の話を親身に聞いていた。仲間を作るのも社長の務め。社員たちのために、社長が一肌脱いで仕事を取ってくる。
なにも、じっと待っているだけが社長じゃない。マルティさんのお爺さんのマルチスさんやルドラさんのように、自分から仕事を取ってくるのもまた社長の務め。
「このまま、お店がなくなったらどうしよう……。そんな不安な気持ちがずっとあるの」
「社長はそんな者ですよ。出来る限り、不安をなくしたい。でも、不安があると言うことはそれだけ、何かに挑戦していると言うことです。不安がない商売など存在しません。不安を払拭するためには自信を手に入れるしかありせんから沢山の成功と失敗を繰り返しましょう。それが、ローティアさんの糧になります。今の失敗から学んで行けばいいんです。会社がなくなってもお金を返せば、もう一度立て直せます」
「うぅ……。キララ、あなた、ちょっと頼もしすぎるわ……」