二人を燃やしたい
「お前ら、ちょっとは場所を考えろよなー。そう言うのは、誰もいない所でやるのが、乙なんだろうがよー」
フェニル先生はメロアとレオン王子が良い関係になっていると勘違いしているのか、腕を組みながら頷いていた。
彼女に期待しすぎない方が良いということは重々承知。
だが、今、どうにかして、二人を燃やしてほしい。そうお願いしたら、見られている以上、怪しまれる。
「フェニル先生って、今、お酒で頭が痛いんですか?」
「ん? ああ、それもある。さすがに飲み過ぎた。だが、昨日、なんかいつの間にか大量の魔力を使っていたみたいで、魔力枯渇症でさ。ほんと、気分が悪いんだよ……」
「じゃあ、フェニクスを呼んでください。私、フェニクスの大好物を持っているので、餌をあげたら、魔力が増えると思いますよ」
「ん、あぁ、わかった。あれだな」
フェニル先生は指笛を吹いて、フェニクスを呼んでくれた。すると、弱々しいフェニクスがやってくる。毛が抜け落ちそうで、フラフラと飛んでいる何とも、情けない姿。
私はフェニル先生の手に魔力を大量に込めたビーの子を渡す。
フェニル先生自ら、フェニクスに餌を与えると……。
「ぴよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
フェニクスは真っ赤に燃え上がり、大量のフレアと熱風を放った。
フェニクスの炎は魔法や魔力を打ち消す。ならば、この光景を見ている敵は今、フレアの影響で見えなくなったはず。
メロアとレオン王子の髪についていた細い毛状の魔力は熱風で簡単に燃えた。
ベスパと同様に炎系の魔力に弱いのだろうか。いや、魔力を極限まで薄めているから、簡単に燃えたんだ。
ベスパもこの熱風に晒されていたけど、自然発火しなかったし、魔力の質が高ければ、燃えにくくなるのもわかっている。
「ん……。うわっ! ちょ、なんで、抱き着いているのよ!」
「んえ? うわっ! こ、こっちが聴きたい! なんで抱き着いているんだ!」
両者に繋がっていた魔力が切れ、どちらも正気に戻っていた。
この場所で、ラブラブさせることに何か理由があったのだろうか。ただ単に、反応を見ただけだろうか。
「メロア、これ、ニクスから。今朝、学園に届いたそうだ」
フェニル先生は革袋をメロアに手渡す。
「ニクスお兄ちゃんから……」
メロアは袋を開いて、真っ赤なグローブを取り出す。センスがないと言ったらあれだが、赤色のグローブとか、普通に考えて何とも言えない。
でも、メロアの顔が物凄く笑っていた。もう、瞳がルビーのようにキラキラと輝きすぎて眩しすぎる。
あんなに、良い瞳になる子を操ってレオン王子とくっ付けようとしている者がいることに驚きを隠せない。
毎回フェニル先生がフェニクスの力を使って髪の毛に紛れた魔力のアンテナを燃やすのは不可能だ。
なら、メロアと同じ冒険者女子寮の私が見られながらでもおかしくないようにアンテナを燃やす必要がある。そのために使えそうな品を私は持っていた。
――ベスパ、フェニクスから貰った炎の羽をネアちゃんが作る魔力伝導率一〇〇パーセントの杖に練り込んだ杖を持ってきてくれる。
私は右腰に付けている杖ホルダーから周りには見せられないほどの魔力伝導率をほこる白い杖を撫でながら、ベスパに頼む。
「了解です!」
私はベスパに瞳を返し、その場からいったん離れてもらって私の部屋からホルスターを持って来たあと、腰にさりげなく取り付けた。
フェニクスの羽は以前、魔力を与えた時に受け取った品で、フェニクスの魔力が含まれている。
ならば、熱風でも簡単に燃えてしまう髪に紛れた魔力など、羽の魔力でも燃やせるはずだ。なんなら、私の魔力量で強化すれば、さらに強力になるかもしれない。
たとえフェニクスが他の魔力を受け付けないとしても、私の魔力は自然由来のものがほとんどだから、フェニクスも素直に受け入れてくれていた。
そう考えると、私の魔力を羽に流せば、それはフェニクスの魔力として放出されるはずだ。
「じゃあ、渡したからな。もう、あまり、学園の中で燃えるなよ。多くの人が嫉妬で焼けちまうぞー」
フェニル先生はメロアとレオン王子の頭を優しく撫でた後、その場を立ちさる。
メロアはニクスさんから受け取ったグローブにちゅっちゅ、ちゅっちゅと何度もキスしながら、大切に抱きしめていた。
もう、彼女の中で宝物になってしまったのだろう。
グローブと言っても、私が戦闘で使う用の黒いグローブと似た品だ。
拳を使うメロアだからこそ、皮が捲れないように配慮されていた。
ほんと、ニクスさんは良いお兄さんだな。兄妹だから恋仲になれないが、仲睦まじい兄妹のままでいてほしい。
そのためには、彼女とレオン王子を操っている相手を見つけなければ……。
――アンテナは燃えてもまた生える。もしかすると、髪一本一本に役割が移る仕様なのかもしれない。そうなると、両者共に八万本から一〇万本くらい生えている。つまり、一〇万回は操れると言うこと。どれだけ操れるんだよ。ずるいな……。
髪を全て燃やしてお坊さんのようにつるつるにすれば効果がなくなるのだろうか。だが、そんなことを二人が始めたら、さすがにおかしい。
レオン王子の方は入学前から操られていたようだし、別に操られても問題じゃない。メロアの方まで操られると、ラブラブバカップルになってしまうので二人を合わせず、出来る限り離れさせておいた方が良い。
でも、同じ教室なのだから、難しい話だ。
フェニル先生が教室を後にしたあと、ミーナが一限目の先生の隣から滑り込んできて、ギリギリセーフ。
どれだけ、ギリギリまで食事していたんだろうか。ぜえぜえはあはあと息を切らしながら、寝間着の状態で椅子に座る。
「ミーナ、さすがに、そのまま受けるのは……」
「べつに、制服を指定されているだけで、寝間着で受けたら行けないと言う訳じゃないよね」
「そうだけど……」
「キララは、私に、先生の前でお着換えしろ、っていうの。私の体が見られちゃう~」
ミーナは腕を胸の前で交差しながら、笑っていた。特に恥ずかしい思いもしないだろうに、私をからかってくる。なんと生意気な少女なのだろうか。
だが、奥の席に座っているメロアに大ダメージ。顔から火が出そうな状況で、昨晩の状況を思い出しているようだ。少々気の毒だが、皆の前でキスしていないだけマシだと思ってほしい。
一限目、二限目共に、通常の講義が行われ、その間、メロアとレオン王子が操られている様子はなかった。
ベスパの視界を借りれば、どこにアンテナが生えているのかもわかる。後はそのアンテナだけを上手く燃やせるのかどうか。
それさえできれば、敵の妨害が出来る。杖に魔力を溜めて、軽く叩くだけで魔力は広がる。
その熱で、燃やせれば完璧だが、上手くいくかは、やってみないとわからない。
今、アンテナが生えていないため、試すことはできないが、もし、アンテナが生えたのなら、さりげなく話しかけて燃やそう。
一二時になり、二限目が終わった。昼食の時間となり、私達は自由になる。
「じゃあ、ミーナ、早く大食いにいこう!」
「おお~っ! もう、お腹ペコペコだよっ~!」
メロアとミーナはいつも通り、食堂に真っ先に突っ走る。
その後を追うように、ライアンとパーズが向かった。
スージアとサキア嬢は腕を組みながら、スタスタと購買に向かうのだろう。結局いつも通り、私はレオン王子と二人きりになった。
――敵はレオン王子を見ているのか。それとも、メロアの方を見ているのか。はたまた、両方見ているのか……。どっちだろう。でも、今は二人共離れているし、問題ない。
私はベスパが運んできたパンを食しながら、レオン王子の様子を見ていた。
「すみません、食事をお願いします」
レオン王子が手を軽く上げると、どこに隠れていたのかと言うような執事たちが、チャッチャカと動きだし、机の隣に真っ白なテーブルとイスを置き、白い布が敷かれた上に金ぶちが施された白い皿に盛られている質が良さそうな料理がすとんすとんと置かれていく。
銀色の水差しから透明なグラスに流れ出るのは真っ白な液体。
あの白さはどう考えても私達が売っている牛乳だ。どうやら、本来のレオン王子は一人であのような食事がとれてしまう方らしい。
そりゃそうだ。王族なのだから、フルコースを昼食でいただいても何ら問題ない。だが、彼はナイフとフォークを持ったまま、ぴたりと止まる。
何かを待っているのだろうか……。
一二時八分ごろ、昨日と同じようにローティア嬢が教室に訪ねてくる。彼女の目的はレオン王子ただ一人。
ローティア嬢が教室に入ってくると、レオン王子は食事を始めた。あたかもずっと食事していたように。
「あら、レオン王子、今日は豪勢なお昼ですわね」
「ろ、ローティア。いやぁ、今日はこういう気分でね……。よかったら……」
レオン王子の髪が光り、スキルが発動した。どうやら、レオン王子の場合、ローティア嬢とメロアに当たった場合、スキルが発動するらしい。
そりゃそうか。レオン王子をメロアとくっ付けたい者が裏で働いていると仮説を立てるなら、ローティア嬢とくっ付いてほしくないに決まっている。
「いや、何でもない……」
レオン王子はさっきまで誘う気満々だったのに、いきなり冷たい態度になる。
ローティア嬢も何か不思議に思った様子だが、特に気にする素振りを見せなかった。そうなると、彼女を見ている時とメロアを見ている時で暗示が違うのかな?
どちらにしろ、今、私がレオン王子を燃やすわけにはいかない。さすがに人が少なすぎる。見られているとしたら、私とローティア嬢、他の執事たちのだれかだ。
でも、王城の者が敵だとしたら、執事も怪しくなってくる。相手の手下と考えるのが妥当だろう。敵も数が多い、数の力は私がよく知っている。