光った
「メロアさん、ローティアさんはどこに行ったかわかりますか?」
「え? 知らないけど。そう考えたら、朝から彼女を見た覚えがなかったわね……」
メロアは腕を組みながら顔を顰める。思い出そうとしているようだが、記憶にないようだ。
――ベスパ、ローティア嬢はどこにいるかわかる?
「ローティアさんなら、第一闘技場で乗バートンの自主練習中です」
「自主練……。偉いなぁ……」
どうやら、心配することでもなかったらしい。
昨日の人攫い紛いの件がチラついて危機感を覚え過ぎていた。
日常からあのような事件が纏わりついていると思うと、ちょっとした変化でも何か事件に繋がっているのではないかと疑ってしまう。
良いことでもあるし、少々疲れてしまう。考えすぎるのは良いことだが、頭のリソースを割いてしまうので疲れるのが速い。
「すぅ、はぁー。すぅー、はぁー」
私は昨日と同じように、食事をとりながらゲンナイ先生、リーファさん、サキア嬢、レオン王子の姿を盗撮する。
ゲンナイ先生は仕事の準備していた。剣の手入れや他の生徒の資料を読み、どのような授業内容にするか考えている。普通に良い教師に見える。
リーファさんは今日も朝から料理を作っていた。
昨日、マルティさんにサンドイッチが美味しいと言われ、気分を良くしているようだ。
今日も一段と手を込んでおり、サンドイッチに入れるソラルムソースで、ハートなんかを書いちゃって……。恥ずかしくなったのか、大量にぶっかけ、ハートを消していた。
サキア嬢に近づくとバタフライがひらりひらりと飛んでくる。なにやら警戒している様子。
昨日はお風呂の場面を見せてくれたが、今日はバタフライに邪魔されて、見ることは出来なかった。
やはり、私達に警戒しているらしい。
レオン王子は第一闘技場にいた。なにをしているのかと思えば、ローティア嬢の自主練を見ている。陰ながら彼女を見守り、頬を赤らめている様子。
彼はメロアと同様に何者かに操られていた可能性が高く、入学当初からメロアを好きになるように操られていた節がある。もしかすると、彼の本命は。
「キララ、もう八時三〇分よ。早くしないと遅れるわよ」
「はっ……。そ、そんな時間ですか。早く行かないと」
私はメロアに声を掛けられ、意識を現実の方に移す。食事はすでに食べきっており、なにを食べていたのか記憶が薄い。盗撮に夢中になり過ぎていたようだ。
食器を食堂のおばさんに返したころ、今日もミーナが突っ込んできて寝間着姿で食事をモリモリ食していた。
あまりにも長い時間寝て大量に食べるので、いつも時間ギリギリ。
逆に、この時間に起きられて沢山食べて登園できるだけ偉い。褒めてあげたくなる。でも、彼女を待っていると、本当にギリギリの時間になってしまうので先に冒険者女子寮を後にする。
今日はメロアと一緒に登園した。普段も、だいたい一緒に登園している。彼女は大貴族だが、周りから少々問題児扱いされているため、扱いは何ともいえない。
レオン王子の許嫁というだけで周りの女貴族から目の仇にされており、蛇のような鋭い視線で軽蔑している。
メロアの狂暴性が他の者に制御できないため、怖がられていた。まあ、虎みたいな子なので、怖いのもわかる。
私は虎の周りをブンブン飛び回る羽虫のような存在で、たいして気に障らないのかな。
「はぁ、ほんと、嫌。なんで、あの男がいる教室に行かないといけないのかしら……」
「まあまあ、あの男が誰か知らないけれど、そんな怖い顔していたら、引かれちゃうよ」
メロアは全ての者を威嚇するような鋭い視線と歯をむき出しにしているのかと思うほど噛み締め、首を振るう。
どうも、会いたくない相手を探しているようだ。上裸を見られたら、女の子なら誰だって嫌か。泣くのではなく、噛み殺そうとする当たり、メロアの狂暴性がよくわかる。
「おお、メロア。今日は来たのか。お兄さんは大丈夫だったか?」
騎士寮からライアンが歩いてきた。今日も気さくに話しかけてくるあたり、陽キャ気質なのだろう。
「ええ、無事だったわ。でも、ライアンには関係ないわね」
「なんだよ、そんなことないだろー。まあ、関係ないかもしれないけど……」
「どっちだよ」
パーズはライアンに突っ込み、普通に笑いを取っていた。両者とともにいがみ合っているわけではないが、何事にも勝ちたい気持ちが強いライアンといつの間にか彼を抜いているパーズの二人の間に、底知れぬ溝があるような、仲良しなのに仲良しを偽っているような……。
私は頭を振り、勝手な憶測はやめて普通に見る。彼らは仲良しこよしの幼馴染同士。ただただ、血気が盛んなだけ。そう言うお年頃。だから、大丈夫。何かあれば、間に入って仲裁してあげればいいだけだ。
「ぐるるるるる……」
「め、メロア、なんか怖いんだけど」
「ライアンとパーズがいるってことは、あの男もここら辺にいるってことでしょ」
「あの男? えっと、レオン王子のうぐ……」
「その名前を呼ばないで」
メロアはライアンの首を軽く握り、捕食者の目をしていた。どれだけ怒っているんだ。事故とはいえ、気が付いたら半裸だったなんて想像したくもない。相手が特段嫌いな相手だったらなおさら。
「な、なにがあったんだよ……」
「それも聞かないで。思い出したくもないの。あんな男は記憶から抹消しないと生活がままならないわ!」
メロアは拳をパキパキぽきぽきと鳴らし、なにしに行くのかな、と質問したいが、愚問だろう。言わなくてもわかるのだから。
教室にやってくると、レオン王子が椅子に座っていた。
「キララ様、光りました」
王城をドローンのようにクルクルと回りながら、監視していた、ベスパは私に話しかけてきた。
「え……」
「メロア、無事だったんだねっ!」
「レオン王子っ! 会いたかったよっ~!」
レオン王子とメロアは見つめ合った瞬間にぎゅ~っと抱き合い、そのまま口づけしようとしていた。
私は普通に見ていたのだから、少々じゃましても問題ないだろう。口の間に手を挟み、学園の中での不摂生を防ぐ。
「え、えっと、二人共、どうしたの?」
「え、どうもこうも、こうやって会えたから、キスしようと」
「そうそう、再会のキス。私達は婚約しているんだから、夫婦も同然でしょ。キスしても何も問題ないわ」
「そ、そうなんだけどさ、えっと、ほら、なんて言うんだろう。そう言うのは周りに見えない所でこっそりするのがお約束というか。何というか……」
「もう、キララ。どうしたの、私達の邪魔しないでくれる」
「キララさん、私達の関係に口出ししないでもらいたい」
「え、えぇ……」
私は王子と大貴族に口答えできるほどの地位はない。だが、ここはドラグニティ魔法学園で地位の問題は問題じゃない。
「二人共。そんなに仲良かったですか?」
「もちろん」
レオン王子とメロアは頷き、いつものことだと言わんばかり。
あまりに、不自然な行動に理解が追い付かない。両者に触れても、何も感じない。理解できない魔法でも使われているのだろうか。
いや、ベスパが見た光と二名がおかしくなる瞬間は同じだ。なら、スキルが使われていると考えるのが普通。
何かしら魔力を感じないとおかしい。どこかに、二人を操作するための魔力があるはずだ。体に触れてもわからないなら、私はベスパの視界を得ることにする。
――ベスパの目を借りるよ。
「了解です」
私は魔力が見えるベスパの視界に入れ替える。すると、線のような光の髪が一本だけ生えている。
どうやら、アンテナのような仕組みで両者を操っているっぽい。
髪は体に付いているが本来、魔力がない。でも、魔力を流すことは可能だ。
体に触れても感じ取れなかったのは大量の髪に一本だけ紛れている偽物の髪を探らなかったから。
フェニル先生が二名を燃やして性格を元に戻せたのは、謎の髪を一本燃やせたからだろう。
フェニル先生の炎の効果が回復だと思っていたが、戻るなのかもしれない。はたまた、外部から受けた欠損や状態を消すのか……。
ほんと、チートって何が起こっているか理解できないな。だから、チートなのかもしれないけど。
でも、今問題なのは、メロアとレオン王子のアンテナになっている髪を数万本生えている髪の毛から抜き取るなど、奇跡に近い。私がやってのけてしまったら、あやしすぎる。
加えて、二人が出会う瞬間に光ったのだから、この場面はすでに盗撮されているということ。
私の行動は敵に見られている。
私は手を引いた。メロア、レオン王子、すみません。今、毛を抜いたら確実に怪しまれる。そうなったら、私に敵の魔の手が向かってくるだろう。
メロアとレオン王子をくっ付けたがっている王族の何ものかが私に接触してくるかも。倒せればいいがそう簡単にいかないはずだ。まあ、相手も警戒してくれるかもしれないけれど。
「メロア……」
「レオン王子、ん~」
レオン王子とメロアの唇がくっ付きそうになった時。
「はぁ~、だりぃー、面倒臭い。頭痛い……」
教室にフェニル先生が入って来た。今日の一限目にフェニル先生の講義はないが、何かしら忘れ物でも届けに来たのだろうか。
「メロア、ニクスからドラグニティ魔法学園の入学おめでとうって、贈物を……。ん? お前ら、こんなところで何している?」
「お姉ちゃん、今、レオン王子と愛を深めているの。邪魔しないで」
メロアはくすんだ赤色の瞳で、フェニル先生を見る。あまりに彼女らしくない目だ。先ほどの野獣のような鋭い視線の方がまだましと思えるほど、覇気を感じない。