レオン王子に会いたい
「う、嘘……、え、だ、だって、ミリアはメイド。結婚って……」
「僕は僕の人生を行く。だから、メロアも自分の人生を歩むんだ」
「わ、私の人生……。う、うぅ、うぅぅ」
メロアはニクスさんの顔を見ながら、大粒の涙を流し、歯を食いしばる。
どのような感情なのか理解できない。でも、泣いているのだから、悲しい悔しい辛いのどれかか。
でも、友達として彼女が帰って来たら、慰めてあげられたらいいな。
「メロア様、ニクスはメロア様のことを思って……」
ミリアさんがメロアに話しかけようとすると、メロアの鋭い眼光が恋敵に向かうような刺し殺したそうな視線を向ける。
「うるさい、うるさいうるさい……、うるさいっ!」
メロアは大きく叫びちらし、ニクスさんから離れ、医務室を出る。勢いよく走り、ウルフィリアギルドを飛び出してしまった。
そのまま、どこに向かうのかわからないが勢いよく走り続ける。
後方から、ミリアさんが追いかける。やはり獣族なだけあって脚が速い。今の時間帯でも王都は人が多く、バートン車の通りも盛んだ。
そのため、メロアが十字路に差し掛かったころ、真横からバートン車が突っ込んでくる。
ビーで助けようと思ったところに、ミリアさんが飛び込んで、メロアを抱きしめながら地面を転がった。
バートン車を操っていた御者に怒鳴られながらも、ミリアさんは頭を何度も下げて謝り、大人の対応でその場を離れる。
メロアは捕まった猫のように暴れ回るものの、ミリアさんの力に制圧され、身動きが取れなくなっていた。
「はなせ、はなせぇ。放してよっ!」
メロアは体を動かし、拘束から逃れようともがく。
「嫌です、放しません! 今、ものすごく危なかったんですよ。あのまま、ぶつかっていたらメロア様だって大怪我を負っていたかもしれません!」
「ニクスお兄ちゃんを奪っておいて、なに様のつもりよっ! 私の心配なんかしないでっ! 私が死に物狂いで頑張って来たのに、勝手に奪って、ふざけないでよっ!」
メロアはニクスさんに褒めてもらうためにドラグニティ魔法学園に必死になって入った。
私もその話は軽く聞いたし、褒めてもらうためにここまで頑張れていた彼女がすごいと思っていた。まあ、大貴族の血が流れているのだから、才能はあったのだろうけど。
「奪ったつもりはありません。私だって、ニクスが好きだったから。今回だって、どれだけ泣いたか……」
ミリアさんの目の前でニクスさんのお腹に大きな木の枝が刺さった。大切な人が通り魔に刺されてしまったような感覚を味わったのだろう。
「血がドバドバ流れるんじゃないかって。意識もないし、死んじゃったらどうしようって、頭の中がグチャグチャになって、本当にいなくなっちゃうなじゃないかって」
ミリアさんは自然に泣きながら、心境を呟く。
「彼が目を覚ました時に私に言ったの。泣いているよりも笑っている顔の方が好きだって。ほんと、ふざけんなよって言ってやった。どれだけ心配してと思っているんだ……て」
彼女だって、辛い思いをしていた。大切な人が目の前で死ぬなど見たくないだろう。トラウマ級、最上位クラスだ。
両親を亡くしている手前、大切な人がまた死んだらと考えたら、彼女の心の内は理解したくもないほど辛い状況だっただろう。
「でも、何も関係ない。あんたはニクスお兄ちゃんを奪った女。私は許さない……」
「メロア様、それを言うなら、多くの者がレオン王子と婚約しているメロア様に対して同じ気持ちを抱いているんですよ。多くの貴族の女性が王族と結婚したがっているなか、彼と結婚出来るメロア様をうらやんでいる。その気持ちを理解してほしい。そもそも、メロア様はニクスとどう頑張っても結婚出来ません。ニクスもメロア様に幸せになってほしいから……」
「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!」
メロアは両手をミリアさんの胸に当て、スキルを使って吹っ飛ばした。ミリアさんはさすがにスキルの攻撃に耐えられず、地面を転がり、逃げたメロアを見つめる。
駆け付けようにも横隔膜が痙攣しているのか、息を吸いづらそうにしていた。
周りの者が駆け寄り、状態は緩和されたもののメロアに追いつけないほど放されている。
「なに、何なの、何なのよ。ふざけないでよ……。私のニクスお兄ちゃんなのに、私が好きなのはニクスお兄ちゃんなのに。なんで、なんで、なんでなの……」
メロアはどこに行く当てもなく、ただただ、走っていた。北側に向っているため、ドラグニティ魔法学園に近づいてはいる。
私も目を離すわけにはいかず、彼女の姿をビーの視界からずっと監視していた。
――ん、なに、あのバートン車。白いギラギラ……。正教会?
私は見覚えがあるような、バートン車を見つけた。暗いためはっきりとわからないが白と宝石がちりばめられたとても高級なバートン車だ。
メロアがその横を通り過ぎようとした瞬間。扉が開き、メロアが吸い込まれた。
――嘘っ!
メロアが誘拐される、と思っていたのだが、バートン車の内部から光が漏れる。少しすると食べた品を吐き出すようにバートン車の中から彼女が出て来た。
バートン車はそのまま移動を始め、メロアは地面にぐったりと倒れたまま。でも、八秒もするとむくりと起き上がる。
――ベスパ、あの白いバートン車の中に誰が乗っているのか、調べてきて。私はこのまま、メロアを見張る。
「了解です」
ベスパは私の元からはなれ、メロアを一瞬だけ捕まえた謎の白いバートン車を追ってもらった。
「……あれ、私、なにしていたんだっけ?」
メロアは腕を組み、辺りを見渡しながら首をかしげていた。
どうやら、今までの出来事を忘れている模様。自分の大好きな人の結婚という話をあの短時間で忘れるなんてあり得ない。普通に歩き出し、そのまま……。
「ふわぁ~、ただいま。なんか、忘れているような気がするんだけど。なんで、私、学園の外にいたのかな。あぁ~、早く、レオン王子に会いたぁ~い」
「…………」
隣で食事していたローティア嬢の持つフォークとナイフが共に落ちた。
私はローティア嬢に手を掴まれて引っ張られる。そのまま、誰もいない脱衣所で私に抱き着いてきた。そのまま、すすり泣くような声が耳元から聞こえてくる。
「な、なに、なによ、どうなっているの……」
「ろ、ローティアさん、落ちついてください、今、調べている途中ですから」
――ベスパ、どういう状況?
「それが、外部から中が見えないような特殊なつくりになっているバートン車でして、結界が張られています。無理やり入れば気づかれる可能性があり、バートン車から降りる瞬間を全方位から確認しようとしているところです」
――そうなんだ。でも、あのメロアがレオン王子に会いたいなんて言い出すってことは、確実にあの瞬間になにかされているよね?
「確実ですね。今までの状況で、レオン王子に会いたがるわけがありません。何者かが、メロアさんに仕掛けたと思われます。ですが、手を加えない方が良いでしょう。無理やり解除すれば、キララ様の方が怪しまれます」
――そうだよね。何者かが、あの瞬間でメロアに何か仕掛けた。でもなぜ……。
私はメロアに拘わりがある者、又は、メロアに接触して何かしら得がある者を考える。
ただ、メロアは大貴族で利用価値は高いものの、そこまで特別凄いスキルを持っているわけでもない。なぜ、接触する必要があるのか謎が深まるばかりだった。
「うぅ、キララ、メロアはレオン王子が嫌いなんじゃなかったの。なんで、あんな言葉を吐くようになっちゃったの……」
ローティア嬢はレオン王子のことになると、乙女になってしまうので、大変悔しい模様。
私だって、メロアの心をグチャグチャにされて、腹が立っているところだ。
だが、ここで腹立てても何も良いことはない。
今はまだ、メロアがレオン王子に会いたいと言っているだけだ。大した被害じゃない。なんなら、相手を特定してメロアに掛けられた何かを排除すれば元に戻るはず。
魔法やスキルの干渉は永遠じゃない。使用者の魔力が尽きた時点で効果は切れる。だから、メロアの状態も解消されるはず。
「ローティアさん、落ちついてください。大丈夫、大丈夫ですよ」
私はローティアさんの背中を優しく摩り、少しでも平常心を保ってもらう。
彼女がレオン王子の様子がおかしいと気づいてくれたから彼に何かしら問題があるとわかった。私のような田舎者に対しても表面上は厳しいが、裏からそっと支えてくれるほどやさしい方だ。
彼女に直接関係なくとも、泣かせられるとイライラする。私の大切な友達を泣かせるような真似はさせたくない。
八分ほど、ローティアさんは泣き続けた。ただの雑魚が強敵に変わってしまったかのような衝撃を受け、頭がパニックになったのだろう。
レオン王子がメロアが好き、メロアがレオン王子が好きとなれば、両想いなわけだ。
両想いのカップルの間に割り込んでいくほど勝ち目のない勝負もない。
たとえトップアイドルの私でも、ラブラブのマルティさんとリーファさんの間に入るのは無理。色目を使ったところで、難しい。
そもそも、乙女のローティアさんが色目を使ってレオン王子を落としたいと思うだろうか。正々堂々と女としての魅力で勝ちたいというに決まっている。