白いパンツ
「おいおい、キララ、なにおっさんの手を握ってんだよ……」
後方からライアンが話かけて来た。
私も今になって気づいたが、ゲンナイさんの手をぎゅっと握り、微笑みかけていた。
当時の握手会を思わせる感覚で、違和感がなかった。もう、何百万人と手を握ってきた私だ。挨拶と同じくらい魂に沁みついているらしい。
「え? ああ、こうした方が、心が伝わるでしょ」
「可愛い女の子に手を握りられたら、騎士はドキってしちまうもんなんだぜ」
ライアンの言う通り、ゲンナイ先生はとしがいなく頬を赤らめ、後方にあとずさりして咳払いした。そのあと雄叫びをあげながら剣をブンブンと振るい続ける。あまりにも、単純だ。
でも、男なんて単純な生き物。可愛いに弱い存在でしかない。
私の一言がゲンナイ先生の心で受け取ってもらえたのなら、彼が剣を置くことはないだろう。
もし、ゲンナイ先生が敵だったら、私は敵に塩を送ったことになるわけだ。
あぁ、アイドルとはなんと辛い職業なのか。相手がどんな相手でも、笑顔で接客しなければいけない。
顔に入れ墨が入っていようが、小指がなかろうが、笑って握手するのだ。最近はどうか知らないけど。
まあ、相手がむさくるしい汗びしょびしょの男性でも嫌な顔一つせず、笑顔で対応する。あれほど、笑顔を作り続けられる者も存在しないだろう。
「キララはどんな男に興味があるんだ?」
ライアンは後頭部に手を当てながら、訊いてきた。
「ん? いきなりどうした」
「いや、キララくらい可愛ければ男くらい簡単に引っかかるだろうなって思って」
「えへへ~、そうだね、私くらい可愛ければ、沢山の男の人を引っ掻けられるかもね~。別に私の興味ある男性はそんな大層な条件ないよ。一つあるとしたら」
「あるとしたら?」
「大きな胸を目で追わない人かな~」
「…………」
ライアンとゲンナイ先生、パーズ、レオン王子、スージアの五名は一瞬固まった。
もう、銅像のようにがっちんごっちん。皆が、ことあるごとにプルンプルン揺れるサキア嬢の胸をチラチラ見ているのは誰の目を見てからも明らかだった。
サキア嬢が剣を真上にふりあげ、振り下ろすたびに大きな胸がプルンプルンって……揺れまくる。
ブラジャーを付けているから突起が布の上に浮き上がっていないが、締め付けが緩いブラジャーらしいので脚を動かすだけでも、プルンプルンって。
揺れれば揺れるほど、男達の視線が胸に集まっていた。やはり、巨乳が多い国だけあって、男達も巨乳が好きなようだ。まあ、全世界共通だろうけど。
「ふっ、はっ、やぁっ!」
サキア嬢は揺れる胸など気にする素振りを一切見せず、剣を真剣に振っていた。
またそれが刺さるのか、視線を向けている男達の鼻の下が伸びる。猿どもめ。
私が駆逐してやろうか。そう思っても、実際にするわけじゃない。
ミーナは何も思っていない様子。
私も彼女のように胸に反応しないようになりたいな。
「ふっ!」
スージアがサキア嬢と剣を交えた時、地面が滑ったのか、サキア嬢が後方に倒れた。
「んぁっ!」
サキア嬢の倒れた声が何とも言えぬ甘い声。不意に漏れた吐息に、男達は鼻息を荒らげる。ただの声に何を反応しているのやら。
サキア嬢が上半身を持ち上げようと、手の平を地面に当て、頭をもたげる。すると、体操服が突っ張って胸の大きさがありありと現れた。
やはりデカい。太腿もそこはかとなく肉付がよく、触ればパンの生地のように何度も何度も形を変えるだろう。
彼女が敵ならば、私は容赦なく焼き捨てる……って怖いこと言わないのー。
説得を試みて失敗したら蒸発させ……、んんっ。だめだめ、アイドルがそんな怖い言葉を使ったら。もっと可愛い言葉を選ばないと。潰す? 消す? 壊す? あぁ~ん、怖いぃ~。
私は自分の中で勝手に突っ込み、周りから変人と呼ばれるのも時間の問題だと感じる。
ゲンナイ先生の講義中、特に変わった点は見られなかった。いや、一つ思ったことがある。
「ふっ、はっ、やっ!」
レオン王子はハキハキと剣を振るい、自分のために精一杯努力していた。
先ほどのバートン術の時に比べ、やる気が八倍くらいに増えている気がする。
相手の気持ちなど、わからないので何とも言えないが見るからにやる気が違った。
好きな教科と嫌いな教科でそこまで違うか? 確かに、数学の講義の時は寝たくなる。保健体育とか体育の講義の時は楽しいって思っちゃうときもあるけどさ。
私はレオン王子に話しかけるかどうか迷った。最悪、怪しまれる可能性がある。出来る限り、遠くから観察して確証を掴んでから行動に移すべきだ。今、行動するには情報量が少なすぎる。
それをいうなら、サキア嬢とも真面に話せていない。どこか避けられているような気がしなくもない。
彼女と話したのは、図書室が最後。あの時から目を付けられているのかな。そうだとしたら、やはりバタフライから私の情報を抜き取っているのか。
そう考えたら、あまり接近したくない。
講義中、相手と当たる時、私はなるべくレオン王子とサキア嬢の二人と戦わないように動いた。
私の方から避けているように思われるだろうか。
一試合五分程度。剣を軽く打ち付け合って、急所に寸止めすれば勝ち。
最初の一時間は講義、残り三〇分が手合わせ。だから、六回分。
一人一回は当たるように言われているが、わざとはぶれてゲンナイ先生と二回、という訳にもいかず。
「まだ、キララと戦っていない者はいないか?」
「はい、まだ当たってません」
レオン王子が手をあげた。彼はミーナと当たっていたので、ゲンナイ先生とミーナ、私とレオン王子となる。
「こうやって、剣を合わせるのは中々新鮮だね」
レオン王子は光がある視線で、私を見ていた。私の良く知る彼で、先ほどの彼と同一人物と思えない。やはり、何かしら裏がありそうだ。
「レオン王子、昨日は何していましたか?」
「え、昨日は部活していた……と思うよ」
レオン王子は顎に手を当てて何かを思い出そうとした。
昨日のこと、加えて部活という長い時間行うことを忘れているなど、おかしい。
「思うって、どういうことですか?」
「いや、部活していた。うん、思い出したよ。朝から、夕方まで部活していた」
レオン王子は頷きながら話を確定させる。そのまま、剣の打ち合いが始まり、私に軽々一本を決め、別の人と組むこととなる。まあ、私が組んでいない相手。
「じゃあ、まだ私はキララさんと戦ってませんから、お手合わせしてもらえますか?」
サキア嬢の方から私のもとにやって来た。
剣の持ち方が、釘バットを持つような雰囲気を醸し出しており、お嬢様なのになぜ不良感があるのだろう。
でも、私の前に立つと木剣をしっかりと構え、騎士っぽい風貌に成り代わる。何度見ても、綺麗な黒髪が風になびいていた。
「サキアさんは昨日、なにしていましたか?」
「え……、私はスージアさんと魔術部で写本していましたよ。隣で一緒にキャッキャウフフとしながら。いや~、楽しかったですね~」
サキア嬢は私を上から目線で見て来た。何か、機嫌をそこねている? 敵対視しているということだろうか。やはり、あやしい。
「そうですか。答えてくれてありがとうございます」
私は剣を構え、サキア嬢が敵だった時、どう対処するか考えながら剣を振るった。
彼女はそこはかとなく剣が上手く、魔法を組み合わせたら普通に厄介な女性だった。
魔法を使っていないので、私よりも剣が上手いくらい。
男の人なら、踊る胸が目に入って簡単に切り伏せられるだろうが、私は違う。まあ、結局勝負がつかず、引き分けだった。私の攻めの弱さが原因だろう。
剣術の講義が終わった時点で、三名は特に変わらない。そりゃそうだ。皆が仲間という訳でもなさそう。いや、そう見せかけて実は裏で繋がっている可能性も。
私がウンウン唸っていると、後方から薬品のような香りを放つ存在が近づいてくる。
「キララさん、お疲れ様。いやぁ、剣を振るってほんと疲れるよね。もう、腕が上がらないよ」
スージアは腕をぷるぷると震わせていた。苦笑いを浮かべ、その仕草は嘘か演技か見極めさせようとしている。
以前は間違いなく、疲れているだけだと思っていた。でも、彼が城塞都市アクイグルの諜報員だと知ってからは嘘にしか見えなくなった。
人の潜在意識って本当に怖い。まあ、彼が疲れていようが疲れていまいが、どちらでもいいか。
「キララさん、サキアさんって白い下着を履いているんだよ」
「は?」
スージアはそれだけ言うと、微笑みながらサキア嬢のもとに向かう。
サキア嬢はキャッキャしながら、スージアの腕を掴むと第一闘技場を後にした。
彼の発言が何だというのか。私は彼ほど頭の回転が速い訳じゃない。そんな訳がわからない発言されても、意図を読み取るなど不可能だ。
「はぁ。白い下着なんて普通でしょうが……」
私達は五限目の講義を受けるために教室に戻り、疲労から軽い眠りの中で講義を受けた。
グチャグチャな文字が紙の上に書かれており、時おりピンっと跳ねられている。
眠りが深くなり過ぎて手もとが狂い、ずれてしまったのだろう。
元から汚い文字がより一層汚く見える。あとで書き直しする必要があり、時間を取られてしまうのが本当にもったいない。
なぜ、眠くなるような講義を運動の後に持ってくるのだろうか。
五限目の講義の後、すぐに掃除が始まる。私とミーナは学園長室の掃除だ。