辞めないで
「ふっ……」
「くっ!」
私が振り下ろした剣をゲンナイ先生は防御か回避か選ばなければならない。
普通なら防御だろう。
私は一二歳の少女。
剣道で中学生に上がったばかりの少女の剣を警察学校の先生を務められるほど凄い実力を持った相手が余裕を見せないわけがない。
でも、ゲンナイ先生は何を見ているのか、回避行動に移った。
後方に飛び、八メートル以上距離を開ける。さすがにそこまで離れられると、続けて攻撃するのは無理だ。
「全く、どういうことだ。剣圧が半端じゃない」
ゲンナイ先生は額から汗をにじみ出し、息を整えている。
目の前にいる得たいの知れない存在を見て、恐怖しているのかと思いきや、口角を少し上げ楽しそうに笑っていた。
やはり、戦闘狂は頭がおかしいようで死を直感すると笑ってしまうらしい。
出来る限り無心で放ったつもりだが、まだ剣神の境地に達することは出来ず、少しばかり殺気が混ざっていたようだ。
目の前から凶器が襲ってくる恐怖は実際に体験してみないとわからない。
拳銃を突き付けられても死の恐怖が感じられにくいのは、拳銃自体に人間が恐怖していないから。
だから音や爆発が起こらないモデルガンを見ても、恐怖を感じない。ちゃっちいなーとか、それくらいにしか思わないだろう。
でも、尖がった鉛筆の先、フォーク、カッターナイフ、ハサミ、小さなナイフ。
どこにでもありそうな日用品でも、先端を向けられて殺しにかかって来たら誰でもビビる。
それが、日本刀だったらなおさら。
今持っている品は刀ではなく木剣なので、切れるわけではないのだけれど、当たれば普通に痛い。
「キララの師匠は本当にすごい人なんだな。剣の才能が無さそうなキララからここまでの圧力を放たれると、驚いて身が委縮してしまう。その一瞬で切り込まれたら、誰も対処できない一撃必殺の剣になるか。これがわかっていたのか、はたまたたまたまか。どちらにしろ型に嵌っていない綺麗な剣筋だ。そのまま続けてもらいたいが、評価するのが難しいなぁ」
ゲンナイ先生は顎に手を置き、早口で唸っていた。
そりゃあ、私の剣は、英語数学理科社会国語のうち、数学だけできるけど他の教科はゴミみたいな剣だ。
横、突き、引き、斜めといった具合に剣の振り方があるうちの上から下に振り下げるだけしかできない。そんな子供を上手く評価できないのが日本の教育だが、ここなら……。
「まあ、それだけで魔物や人に勝てるなら問題ないか!」
ゲンナイ先生は笑いながら私の前にもう一度立ち、木剣を振りかざしてくる。
剣筋はわかりやすいが当たれば小柄な私なんて風が強い時のカラーコーンのように吹っ飛ばされるだろう。
だが、見えているのなら話は別。ゲンナイ先生の剣を躱す。
魔法の仕様は原則禁止。なので、頭上に木剣を上げ、振り下ろす。
だが、すでにその場にゲンナイ先生はいない。剣を振るよりも早く動ける体とはいったい。
まあ、今さら、そんなこといっても魔法がある世界なんだからと片付けてしまいたい。
「危ない危ない。こりゃ、死の恐怖を感じられる良い鍛錬だな」
ゲンナイ先生は私の攻撃を受ければ確実に死ぬとわかっているのか、脚を小刻みに動かし、全身の熱をあげていた。素早い動きはスキルによるものだろうか。スキルを使うなどずるいといいたい。
魔法よりも使い勝手がよく、学校の方針的にスキルをできる限り使いこなせるようになるのが、目標でもあるので万々使ってこいと言わんばかりの態度。
ベスパは攻撃に向かず、防御の方で活躍してくれるので、攻めあぐねるのが私の短所。
魔法があれば攻防どちらも可能で万能なのに、魔法が使えなくなるだけで、守りながら攻めるしかない卓球のカットマンみたいな戦い方しかできなかった。
カットマンは自分からも攻められるので、私はそれ以下か。
「攻めるのは苦手なんですけど」
「そこを克服できれば、もっと強くなれるぞ。さあ、どこからでもかかってこい!」
ゲンナイ先生の気分は上昇傾向にある。頭が悪そうに見えて、案外切れる。
剣士はバカに見えて考えないと勝てないので、頭の回転が速いものが多い。
シャインだって普段は勉強が苦手だが、戦いに関しては頭の回転が八倍くらいに上がる。
体を動かしながら考えるというのはものすごく難しいので、ほぼ反射神経の世界だ。それでも考えなければならないのが殺し合いの怖い所。考えを放棄したものから死ぬ。
「すぅ……。ふっ!」
息を全て吐き出し、大きく吸い込んでからの攻撃を何度も何度も繰り返す。
結局一度も捉えられず、攻撃を外してばかり。でも、相手から攻められても回避できたから体力勝負に持ち込める。
ただ、私の体力はゴミ。普通に動きまくって体力を使い果てたのでバタンキュー。地面に倒れてヘロヘロになり、ゲンナイ先生に抱き起こされるのが落ちだ。
「キララ、体力がなさすぎないか?」
「そう言われても、昔からそうなので。あと、普段は全力でこんなに体を動かさないので……」
私としては剣を一度振るうごとに一〇〇メートル走を一本走ったというくらい疲れている気がする。
それほどの体力を消費して相手を切り裂く一撃を放つとか、効率が悪すぎ。魔法の効率がバカみたいにいい分、剣術の方は昔の車くらい燃費が悪い。
「体力は日ごろからつけるしかない。だが、キララが毎日鍛錬しているのは知っている。それでも体力が付かないということは、もう、つかないのかもしれない。そうなると手を抜くのを考えた方が良いかもしれないな」
「手を抜くですか……」
「一本一本死力を尽くして振っているだろう。だから、すぐに疲れる。剣士はこの一瞬というところで本気を出す技術も必要だ」
バレルさんにも聞いたような、聞いていないような。どちらにしろ、私の体力のなさはクラスメイトの中で下から数えた方が速い。
スージアは本気を出していない可能性が高いので、体力だけでいえば私が最下位の可能性は十分ある。
「手を抜くのも視野に入れた方が良いでしょう。私の戦い方からすれば、油断を誘って切り掛かるのが一番相手を倒しやすい。でも、油断されなかった倒しきれないのも事実。剣って、難しいですね」
「そうだな。剣は単純だが、奥が深い。だからこそ、多くの男の心を擽る。剣に取りつかれたら最後、心が晴れるまで剣の柄を握り続けるだろう。俺だって、爺さんになるまで、剣を振っている気がする。だが、そこまで続けられるか自信はない」
ゲンナイ先生は若く見積もって三〇代前半くらいの見た目だ。
これで、六〇歳代といわれたら引く。さすがにバレルさんよりも若いはずなので、四〇代くらいが妥当かな。
バレルさんも相当長い間剣を振っていた男だ。あの境地に達するために、あと何十年振り続ければいいのだろうか。
才能の違いもあるし、死地を潜り抜けた回数も力に拘わってくるだろう。
私も、もっと強くなりたいけれど、死地を潜らなければならないと思うと気が滅入る。
だって、今の私は巨大なプテダクティルを蒸発させられるほどの攻撃が放てる。
ベスパが言っていた、一国を落とすくらいなら私にできると。
そんな攻撃ができる私にどんな死地が訪れるというのか。
私を成長させてくれる死地などそうそう存在しないだろう。それこそ、相手が勇者とか剣聖とか、悪魔とかじゃない限り。
「ゲンナイ先生、自信は必要ありませんよ。続けていれば結果死ぬまで続けられます。止めようと思った時はそれ相応の内容があるはずです。そんな時を今、怖がっていても仕方ありませんよ」
「……確かに」
ゲンナイ先生は剣の柄を握りながら、苦笑いを浮かべる。
私が所属していたアイドルグループが解散した時だって、皆が二〇歳を超え、それぞれしたいことがあったからだ。
結婚を考えたり、次のアイドルグループの追随が怖かったり、そもそもやる気がなかったり。
まあ、そのやる気がなかった私が最後まで残って、死ぬその日までトップアイドルだったなど、この世界のだれも知らないだろうな。
そう、やる気は関係ないのだ。あの時はやめないでほしいといわれたから、やり続けた。
だって、その時の私にやりたいことがなかったから。誰かと結婚する予定もなければ、なりたい仕事もない、アイドルを辞めた瞬間に私はただの高卒二〇歳だった。
アルバイトもせず、アイドルで培った力を何に使えというのだろう。
知識がないから、都会で生活するなら接客業が関の山。
田舎なら介護士とか、清掃員とか、その程度か。大学に入るために勉強する活力など残っていなかったと思うし、大金を得てそのまま田舎暮らしを謳歌できた可能性もなくはない。
でも、しなかった。誰かに求められていたのが嬉しかったんだと思う。
楽屋で私達をのし上げてくれた命の恩人のような方から土下座して辞めないでくれなど言われたら、誰が辞められるだろうか。
それで、続けて結局あっけなく死んでしまった私が情けない。いずれ出来なくなる時が来るし、続けられるところまで続けられたら万々歳。
「ゲンナイ先生、剣を振るうのを辞めないでくださいね。あなたの剣で救われた人はきっとそう言うでしょう。救ってくれた人が剣を辞めてしまったと知ったら、どう思うか、剣を置こうと考えた瞬間に思い出してください」
「は、はい……」
ゲンナイ先生は神でも見ているかのような表情になっていた。
私は彼が剣を辞めたいと思った時に踏みとどまれるよう、釘を刺しておいた。
自分のためだけを考えていたら案外すぐに辞められる。私がトップアイドルに心の底からなりたくて手にしてしまったら、その先のことなど考えられなかった。
他人のためなら案外頑張れてしまうのだ。ほんと、人は他人が嫌いなのに、他人のために頑張れてしまう不思議な生き物なんだよな。