誰も信じられない
「じゃあ、今日のところを失礼します」
「ああ、また、良い情報が入り次第、報告してくれ」
私は学園長室を出た。すぐにベスパに連絡し、私達の近くにいるバタフライを退けさせてもらう。
調べれば調べるほど、そこら中にいた。壁にべったりとくっ付いて擬態している個体や、草木に紛れている個体まで。
どれも、サキア嬢と繋がりがあるかわからないが、念のために離れてもらう。
彼女はバタフライを一体程度しか操れないと言っていたが、それも本当か怪しい所だ。
私が教室に戻ってくると皆が体操服の姿で、教室を出るところだった。
「キララー、次の講義は乗バートンだよ。早く着替えないと間に合わないよー」
朝は寝坊して教室で着替えていたミーナから急げとの連絡を受ける。
今朝と逆の立場になり、教室の中で早着替えしてレクーがいるバートン術の厩舎に走った。
すると、前の方から手の平をぎゅっと握りしめ、イカロスとファニーの手綱を片手に持つラブラブのカップルが歩いてくる。
「マルティ君、サンドイッチ、美味しかった?」
「す、凄く美味しかったよ。ほんと、リーファちゃんは料理まで出来ちゃうんだね。凄いよ。貴族の女性は滅多に料理なんてしないのに」
「えへへ、ちょっと、今日は早く目が覚めちゃってさ。サンドイッチなら私でも作れるかもしれないって思って。美味しいって思ってくれたなら、よかった」
リーファさんは頬と耳をじんわりと赤く染めていた。
料理を作って他人に与えるなど貴族の女性はほぼ経験がないだろう。
お菓子くらいならあり得るが、それも料理人に作らせて渡すときは自分といった感じだ。
なのに、リーファさんはマルティさんのことを考えて料理を作った。
もう、どれだけ好きなの……。
その行動を取ろうと思った時点でマルティさんへの愛が深いとよくわかる。
「あ、キララさん……」
リーファさんは私の存在に気づき、握っていたマルティさんの手をパッと放した。
同じようにマルティさんも背後に手を回し、隠そうとする。
別に隠す必要などないのに。
目の前でキッスしても私は微笑ましい笑みを浮かべ、両手を叩いて祝福するだろう。
それほど両者に悪意を感じない。もし、リーファさんが悪役だったら、私はもう誰も信じられない。
「あぁ~ん、レクー様っ! 今日は私に愛の子種をっ~!」
だって、あんな熱烈なバートンを育てた女性だ。
バートンは自分の性格の鏡といってもいいくらい、性格が反映される。
ファニーの性格が男らしい女性、少々強気でパワーがある感じなので、リーファさんも似た性格なのが伺える。
逆に、イカロスの少々強情でやる気が溢れているのに本番で体が縮こまってしまうのもマルティさんに少々似ている。
レクーと私だって、超カッコいいバートンと超かわいい私という点が似ている。
「キララ様、それは性格ではないと思いますが……」
ベスパは遠くからでも私の脳内に突っ込みを入れてきた。そんな仕事までしなくていいってのに。
私はレクーの背中に乗り、第三闘技場まで走る。学園の鐘が鳴る前にギリギリ到着し、遅刻で減点を食らわなくて済んだ。
メロアがいない状況を乗バートンの教師であるカーレット先生に伝え、講義が始まった。
以前と同様、私はレクーを広いバートン場のレーンで走らせ、普通に乗れているレオン王子とパーズ、ライアンの三名に手本を見せる。
スージアとサキア嬢、ミーナはカーレット先生から講義を受け、バートンの背中に乗り軽く歩く練習を始めていた。
別に何もない普通の講義だ。
そのはずだが……、以前よりも周りの人間を知った現在だと、とても辛気臭く感じる。
レオン王子の暗い顔に、パーズとライアンのいがみ合った関係、サキア嬢の諜報員疑惑にスージアの諜報員だったという事実。
ミーナのお腹の音。嘘だろ、あれだけ食べていたのに……。
彼女の存在で、雰囲気がいつも通り。
やはり、一家に一匹は動物を飼った方が良い。
人間だけだとギクシャクするが、動物がいると妙になごむ。まあ、ミーナが動物というわけではなく、彼女の存在自体が癒しだ。
「くっ! はぁぁああっ!」
「ちょっ、ライアン、いきなりどうしたの」
「パーズ、たまには勝負しようぜ! バートンの強さは互角だろ。だったら、どちらがバートンを操るのが上手いかで勝負が決まるはずだ」
「しょ、勝負って、今は乗バートンの講義だよ。バートン術じゃないんだから、危険な行動はとらせられないよ」
「なんだ? 俺に負けるのが怖いのかよー。あぁあぁ、情けないぜ。それでも、誇り高きプルウィウス連邦の騎士か?」
「む……、何だって。まさか、ライアンの口から誇り高き騎士という言葉が出てくるとは思わなかったな。良いよ、受けて立つ!」
ライアンとパーズは横並びの状態からバートンを走らせ、長い直線距離を一気に移動する。危険行為なので、やめさせなければならないが、両者が乗っているバートンも勢いよく走れて楽しそうだった。
最悪、こけそうになったらビー達で助ければいい。両者の気が晴れるように背後に付いて見守ろう。そう思っていたのに。
「キララさん、追い越しても良いですか。良いですよね……」
レクーはランナーズハイになっているようで、両者の背後を追っている段階で気持ちよくなってしまったらしい。
そのまま、追い越したいという強い意欲まで目覚めてしまっている。
後方にいるレオン王子は特に追ってくる様子もなく、ただ淡々と走っている。いつもなら、止めなよと声をかけてくるはずなのだけれど。
やはり、ローティア嬢が言う通り、何かしらおかしい。
「よし、あと、少し……」
ライアンがパーズよりも前に出て、突っ走る。
やはり、今の段階ではパーズよりライアンの方がバートンを扱う技術が上手かった。きっと、この先、パーズはドンドンうまくなっていくだろう。
その前に、倒すという何とも卑怯な作戦に出ている。でも、とても論理的だ。
相手が弱いうちに倒すなど、魔王が育つ前の勇者が産まれた時に倒してしまうくらい酷い手段。
ただ、あまりにも論理的で誰も魔王に勝てなくなってしまう。
まあ、だからこそ勇者が生れた瞬間にわからないように一〇歳ほどで聖典式が行われるのだろう。
生まれた時からわかったら危険すぎる。でも、勇者の力を持っていても栄養失調で亡くなった子は多いだろうな。
「まだ、負けないっ!」
パーズがライアンの横に再度つき、真っ向勝負が続いていた。
だが、その背後からまだかまだかと脚を溜め続けている真っ白な化け物がいる。
私が筋肉質な彼のお尻を叩くと、地面を縦に八センチメートルほど抉りながら、四足歩行で超加速。
槍のような鋭い差しが二頭のバートンを一瞬で追い抜き、中央の白線を抜ける。後方にいる両者はなにが起こっているのか全くわかっていなかった。
どちらも、口を開け、隣を通り過ぎて行った白い槍に目を奪われている。頭をあげると槍だと思っていた体がバートンだと知ったのか、苦笑いを浮かべていた。
「や、やっぱりすごいな、レクー。キララの実力もプルウィウス連邦で通用する」
「そ、そうだね。バートンの差だけといえないのが悔しい所だ……」
ライアンとパーズは少々ギクシャクしていたが、レクーの圧倒的な力に魅了されていた。やはり、両者はバートンを操ったり強いバートンに憧れのようなものを感じるようだ。
「はぁ~、やっぱり、走るのは最高ですねっ。最近じゃあ、本気で走ることも少ないですし、良い運動になりますっ」
レクーは私が学園に入学した手前、荷物運びという大きな仕事がなくなり、厩舎で食事をとっている時間が多くなっていた。
こういう時に鬱憤を発散させてあげないと、遅めの反抗期になるかもしれないので、しっかりと脚を作ってもらおう。
「…………」
一周を回り、レオン王子の背後に戻って来た。レオン王子はボーっとしながら、空を見ている。
これが、メロアがいない心の寂しさからくるナイーブであればいい。
メロアが来てもこの状態なら、異常だ。何かしらの魔法に掛けられていると疑ったほうがいい。
今、何か動けば、敵に感知されるのだろうか。
サキア嬢とスージア、ミーナはものすごい力強い走りを見せたレクーの方を見つめている手前、私の方も見ている。
そんな状況が普通だったのに、今の私の状況だと何か見定められているかのような変な緊張感がある。
見られるのが仕事だったので、苦ではないが、なにを見ているのかわからないのが恐怖だ。
「じゃあ、バートンに乗った覚えが少ない者も、いったん一人で走行してみようか。私が、補佐するから怖がる必要ないぞ!」
「は、はい!」
カーレット先生と共にスージアとサキア嬢、ミーナはバートンに乗ってのっそのっそと歩く。
まるで、ポニーに乗っているかのような可愛らしさがあるが、あれが演技だったらと思うと、怖いくらい上手い。役者になった方が良いといいたい。
スージアを飛ばして、サキア嬢の手綱をカーレット先生は持っていた。
後方のミーナが乗るバートンの手綱やスージアが乗っているバートンではなく、サキア嬢が乗っているバートンの手綱を持つのか。
普通、先頭のバートンを引っ張って後方についてこさせるのが普通のはずだ。なのに、中央のサキア嬢の手綱を常に掴んでいる。目もはなさないし、落ちないように見ているのだろうか。
男のスージアや獣族のミーナは落ちてもそこまで問題ないと思われているのだろうか。
でも、何かしら不可解な雰囲気を醸し出しているように思える。