サキア嬢のスキル
「はぁ、羨ましいと言っても仕方がない。他の者も容易に監視できるキララのスキルは便利だな」
「多くの犯罪で使えてしまうなと思えるくらい便利です。今は使っていますけど普段は使いませんよ。もし、誰かに気づかれた時はキースさんに無理やりやらされたって言って逃れます」
「えぇ……、酷い。まあ、今更、捕まったところで後先は長くない……」
キースさんは自分の年齢を考え、心からの言葉を吐いているように見えた。
「妾もおらんからな~。美女に抱かれながら、天命を全うするとしようかのう~」
キースさんは鼻舌を伸ばしながらミーナが見つけた破廉恥な魔導書に手を伸ばし、むふふっ~と鼻息を荒くしながら楽しんでいた。
この人、教育者としてどうなんだろう。私のキースさん像が崩れていく音が頭の中で聞こえる。でも、逆に完璧じゃない所が人間っぽい。
「万が一、レオン王子が何かしらしているのだとしたら、その時は消さなければな……」
先ほどまであほ面をかましていたのに、やることをやり終えると声色を変えて一気に冷徹な表情になった。王族のレオン王子を消すとは? そんなことをしたら、大事件になるんじゃ。
「まあ、その前に原因を突き止めればいいだけの話だ。そんなに緊張しなくてもいい。何かあれば、わしが対処しよう」
「そう言って、昨日は王都にいなかったですよね」
「そ、そうだな。でもさ、でもさ、そんな危険が王都にいきなり来るって思わないじゃん」
キースさんは私が朝やったぶりっ子のように握り拳を口元に持って行き、若者言葉を呟く。
その見た目で妙に高い声を出されると怖気が走るからやめてほしい。
「出来る限り王都にいてくださいよ。昨日みたいなことが、いつ何時起こるかわからないんですからね。私がいたから対処出来たですけど……」
「逆にキララのせいで大事になっているとは考えないのか?」
「……あ、あれが最適解です。すべてを蒸発させたから、王都への被害はゼロ。皆、一瞬の出来事すぎて、なにが起こったのか理解できていない様子でしたから」
「音の速度を超えて落下している物体を正確に周りに被害を出さず、全て蒸発させることがなぜキララに出来るのか、わしはものすごーく疑問なんだが? ビーにそんなことができるのかな~?」
キースさんは私が何か隠し事しているんじゃないかと疑っていた。
私は何も隠していない。別に話さなくても良いことは話さない主義だ。
情報はとても強い武器になる。むやみやたらにペラペラと喋るわけにはいかない。といっても、なにがキースさんにとっていい情報なのかわからないけれど。
「超巨大なプテダクティルを一瞬で蒸発させる火力は普通の魔法ではあり得ない。上級以上、特級並みか、それ以上か」
「私は特級の魔法など放っていませんよ。ただただ普通の『ファイア』です」
私は手の平に『ファイア』を無詠唱で生み出した。
ベスパを着火させるために『ファイア』しか使っていない。
まあ、巨大な爆弾を爆発させるために使った魔法が『ファイア』なのだから、使った魔法は『ファイア』で間違いない。
「キララ、力は見極めて使わなければ多くの者を危険にさらす。そのことをわかっているのかね?」
「もちろんです。危険な魔法は人に向って放ちません。敵対する相手にだけ放ちます。危険な魔物が現れた時は話し会いのすえ、倒させてもらいます。まあ、話し合いが出来ない相手は問答無用で倒しますけどね」
「話合いが出来る魔物などこの世にいると思えないがな……」
キースさんは多くの魔物を屠ってきた手前、私の発言が理解できていないようだ。
「ま、スキルがあれば操れないわけでもないがな」
「なにを当たり前のことを……」
そりゃあ、プテダクティルを操るスキルを持つ者がプテダクティルを操れるのはあたりまえだ。
以前も、街で暴れていたブラックベアーを操っていた領主が持っていたスキルはブラックベアーを操るスキルだった。
だから、大量のブラックベアーが街で暴れる最悪になりかねない事態だったわけだ。
今回もまた、正教会やドリミア教会が魔物を操れる者を洗脳しているのではないか。
そう考えたのだが……、ベスパがいうにはプテダクティルをスキルで操っていた者は王都の中にいない。
どういうことか、私もわからない。
でも、スキル無しで魔物を操れる者がいるのだとしたら。
そんなの、見つけようがないじゃないか。
私だって、ベスパがいるからネアちゃんやディア、ウォーウルフのフルーファ、クロクマさんと仲良くなれている。
「もし、私みたいなことができる者がいたら……」
「そうだな。キララみたいなことができるとしたら、今回のようなこともできるかもしれないな」
キースさんは資料を整頓しながら、一枚の紙を見せてくる。そこに書かれていたのはサキア嬢の名前だった。
彼女も私と似たようなスキルを持っている。バタフライと友達になれるスキルだ。あのバタフライが、プテダクティルを操っていた?
でも、あのバタフライにベスパのような知性を感じられなかった。
「えっと……、サキアさんの資料ですよね?」
「ああ、本当は見せてはいけない決まりだが、同じ教室なのだから、ほとんど知っているだろう」
サキア嬢はシーミウ国の令嬢だ。私と似たスキルを持つ。
私が出来ることは、彼女にもできる可能性がある。
皆のスキルを完全に網羅しているわけじゃないから、どのような効果があるのか、しっかりとわかっていない。
「ここに入れるのに加え、わしのいるいないもバタフライで確認できるはずだ」
「そ、そうですよね……」
私はサキア嬢と似ているスキルを持っている。だから、私が出来ることも彼女なら出来るかもしれないと、視野に入れる必要があった。この中にバタフライが入ってくることは不可能。
ちょっと目を凝らせば、春時の今は大小様ざまなバタフライを見られる。
色鮮やかで、多種多様。
ビーのように同じ見た目の個体はあまりいない。
アオムラサキのように紫色っぽい翅をもつ者もいれば、木の幹のような茶色っぽい個体もいる。
青青しい葉っぱのような個体さえ……。そのため、肉眼ですべてを探すのは難しい。
「はぁ、やはり、数がいると皆を確実に守るのは難しいのぉ……」
キースさんは腕を組みながら、ため息をつく。そりゃあ、一人を守ることは出来ても、全員を守るとなると、女神様でも難しい。
全員を守れる存在など、この世に存在しない。なんせ、ずっと冒険者ランク一位のキースさんでも無理なのだから。
「キララに言っておくが、今月の二八日に授業参観がある。別に親が来る必要はないが、見に来てほしい人がいたら、手紙でも送っておくといい。講義はフェニルの戦闘学基礎の予定だ。わしの魔法学基礎でもよかったんだが、やはり担任が受け持つべきだと思ってな」
「授業参観……。えっと、ちょっと待ってください。さすがに王様は来ませんよね?」
「さぁ、どうだろうな。来るか来ないかは王しだい。メロアの父親と母親は来るだろうな。他国のものとなるとわからない。人数が少ないと寂しいからな。キララも呼べる人がいたら呼んでくれると助かる」
「わ、わかりました……」
――授業参観って、学園にもあるんだ。まあ、自分の子供が学園でどんな風に講義を受けているか見たいと言う親の心もわかる。
でも、でもでも……。私のクラスにいる人、ミーナと私以外全員貴族なんだよ。つまり、親も全員貴族。なんなら、レオン王子のお父さんは国王だし。メロアの父親は大貴族だし。そんな中に、私の親代わりとして来てくれる相手なんていないのでは。
私は自分の親代わりになってくれそうな人を考える。
どんな人でもいいと言うのなら、フリジア学園長に来てもらいたい。でも、あの人も学園長だから忙しい。
キアズさんはギルドの仕事で忙しいでしょ、そうなると、マドロフ家のマルチスさん。
あぁ、でも、マルチスさんは孫のマルティさんの方に行きたいよな。じゃあ、ルドラさんなら。
私をよく知るルドラさんなら、もしかするかもしれない。でも、彼も仕事が忙しいだろう。暇で呼べて親っぽい人……。そんな都合がいい相手、いないんだけど。
私は頭を悩ませながら、考える。
――あ、クレアさんなら。で、でも、クレアさんは親と言うか、お姉さんって感じ。彼女を回りが化け物みたいな場所に呼ぶのは気が引ける。ムムム……、あ……。
私は誰を呼ぼうか決めた。
「キースさん、冒険者の方って呼んでも良いですか?」
「ああ、別に構わんが、誰を呼ぶ気だ?」
「ちょっと知り合いに親になりたがっている人達がいましてね……」
私は数カ月前にあって、中々仲良くなった冒険者パーティーがいることを思い出した。
彼らはお父さんが所属していた冒険者パーティーで、今もなお冒険者として活躍している。
残念ながら、普通に婚期を逃してしまっている者達だ。私が生まれた時にも立ち会ってくれたらしいので、きっと快く引き受けてくれる。
上手いこと休暇と合わせれば冒険者は呼びやすい。問題は彼らがSランク冒険者パーティーだということ。
Sランク冒険者は位じゃないが貴族と同等、何なら、それ以上に地位が高めだ。もちろん本物の地位と比べたら下だが、国王だって、むげにできない存在なのは間違いない。