監視
「ライアンとパーズはプルウィウス語で話さないの?」
「ん? んー、別に話さないな」
「そうだね、こっちに来てからずっとルークス語で喋っているよ」
「なんで? プルウィウス語が母国語でしょ。だったら、二人で話す時はプルウィウス語の方が楽なんじゃないの?」
「まあ、そうだな。確かに、プルウィウス語で話した方が楽かもしれない。だが、別の言語で喋っていたら目立つからなー」
ライアンは後頭部で手を組み、体を反らせた。
「あと、ルークス王国にいるんだから、ルークス語で話すのが普通でしょ」
パーズも微笑みながら流暢なルークス語で話す。どちらも母国語がルークス語だと思ってしまうほど上手い。昔からルークス語を学んできたかのような流暢さだ。
――やっぱり、ドラグニティ魔法学園だから、基礎学力というか、自頭がいい子が多いのか。
私達がルークス語で喋っている中、どこからか、異質な雰囲気を放っている者達がいた。
「ねえねえ、どう、私のこの髪。凄くつやつやじゃない? 昨日、スージアさんがくれた油を使ったらこんな綺麗になっちゃった。あれ、どうやって作るの。教えて教えて~」
「あまり、くっ付かれると周りからの視線が痛いからやめてほしいんだけど……」
黒髪の美女と黒ぶち眼鏡をかけた紫髪の少年が腕を組みながら歩いてくる。
隣にいるライアンとパーズは目をかっぴらき、歯ぎしりの音が聞こえるくらい噛み締めた表情。
どちらも、サキア嬢の美貌に当てられていたので、あのスージアと仲良さそうにしているのが信じられないのかもしれない。
「おうおう、おはよう、スージア、サキア。仲良さそうじゃんっ!」
「ウンウン、すっごく仲が良さそう。なんで、そんなに仲が良さそうなのか、訊いても良い?」
ライアンとパーズは二人組のヤンキーみたいに、スージアとサキア嬢の前に立ち、挨拶していた。
二人に嫌味はないのだろうが、嫉妬心が隠しきれていない。やはりまだ一二歳の少年。ポーカーフェイスという名の武器を持っていないようだ。
「僕たち付き合うことになったんだ。でも、彼女の方がすごくくっ付いて来て少々鬱陶しい」
「なっ、なんだと……」
「そ、そんな、まだ、学園が始まって二週目なのに……」
「えへへー、スージアさんの方から告白してきたんですよー。もう、こんなにすましているのに、私に情熱的な告白を……」
「していないから。変な話を捏造しないでくれるかな」
「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに~」
サキア嬢はスージアさんの頬にチュッとキスしてライアンとパーズの隣を通る。
まるで眼中に入っていない二名の悲しい背中といったら、何事にもいい表せない。
やはり、恋愛は先に行動したものが勝つのだ。
まあ、あのスージアはサキア嬢に嘘の告白で仲を深めたと思われる。
でも実行に即移すあたり、優秀な諜報員であることは間違いない。
人心掌握しているのを私に見せつけるように、背中でピースしてみせている。
あいつ、やり手だ。質の良い頭脳に、思考力が早まるスキルを使えば美女も容易に落とせてしまうようだ。あの者が敵じゃなくなってよかった。味方だと心強いな。
「う、うぅ。黒髪の美女があんな陰湿な男に取られた……」
「くぅぐぅ、な、泣くなライアン、僕たちの行動が遅かっただけだ……」
二名の男は空を見て、昨日の土砂降りの雨よりも多くの水を目尻から流している。
はてさて、どちらも本当に恋していたのだろうか。
サキア嬢が美人で巨乳だったから、彼女に出来たらいいなーくらいの感覚なのではないだろうか。
まあ、男など、そんな者か。女がエロくて美人ならホイホイ寄ってくるのだろうな。
「別に、子供に好かれようとは思わないけど」
私は長いブラウン色の髪を耳に掛け、風になびかせる。
周りを歩いている少年たちの瞳を一身に受けてしまっているのは何も、貴族だけではない。
私のような可愛すぎる存在にも視線は向けられているのだ。
ただ、男からの視線は優しいものの、女からの視線は時おり鋭い。
以前、レオン王子と一緒にいたというだけで私への評価は大分荒いようだ。
何もおこさなければ私の可愛さで調和されるだろうが、嫉妬心やプライドが高い貴族の女と仲良くするのは難しいな。
園舎に入り、昇降機に乗って八階に移動。一年八組教室にやってくると、レオン王子とサキア嬢、スージアの姿があった。
「おはよう、キララさん。あれ、メロアとミーナは?」
「今日、メロアさんは休み、いや午後から来るかもしれないです。ミーナは朝食を大量にお腹に入れていす。遅刻はしないと思いますよ」
「メロアに何かあったの?」
「メロアさんのお兄さんが大怪我を負ったと知り、ウルフィリアギルドに向って行きました。他のメイドや執事も一緒にいると思うので安心してください」
「メロアのお兄さんが大怪我。それは大変だ。でも、メロアがきょうだいを心配するような女の子だったのか。ちゃんと優しい部分もあるじゃないか。ふふふっ……」
レオン王子は陰湿な微笑みを浮かべ、不気味な愛情を持っていた。
いや、キースさんから盗撮するようにいわれているから妙に不気味に見えているだけで、今までもあのような笑顔を浮かべていたのかもしれない。
メロアから見た彼が、あのように見えているのなら、嫌うのもわかる。
私はレオン王子が王子だからといって過大評価していたのかもしれない。アレス王子の弟だからといって甘い評価はしない。
椅子に座り、トランクを机の上に置く。筆記用具と教科書を机に移動させ、トランクを閉めてから横に置く。
懐中時計を開くと午前八時四八分。あと二分で一限目が始まる。その時、ギリギリでミーナがやって来た。
今日も、寝間着登校で朝から皆の背後で制服に着替え始める。もう、毎日のことなので皆も慣れ始めていた。
八名の内、メロアだけがおらず、一限目が始まる。
同じ寮の私から先生にメロアがいない状況を説明した。確認するといって教室を出て行き、いったん自由時間となる。
その間、目を瞑りゲンナイ先生とリーファさんを盗撮する。両者とも授業中だった。やはり、授業がある時間帯は何か不穏な動きを見せたりしない。
近くにいるサキア嬢とレオン王子にも気を配る。どちらも、いつもと変わったようすはない。
先生が戻って来て、メロアの状況が把握できたそうなので授業がはじまった。
数学や国語などの基礎学問と魔法学や薬草学といったこれから発展していく学問などが私達の眠気を誘う。
ミーナとライアンは眠り、私とレオン王子、サキア嬢は眠気と戦う、スージアとパーズは眠気ゼロの状態で授業を受けていた。
二本の講義が終わり、昼休憩となる。何かするとしたら昼休憩の時が怪しいので、四名を盗撮する。
ゲンナイ先生は食堂で他の男子生徒と大食い勝負していた。ミーナも途中から混ざって来て、白熱した勝負が繰り広げられている。大食いに夢中で何者かと連絡を取っている様子はない。
リーファさんの方を見ると多くの女子生徒から食事に誘われる中、頭を下げて断っていた。すぐにバスケットを持ち、教室を出る。
あのバスケットの中にサンドイッチ以外の何かしらの情報が入っているのだろうか。じーっと見ながら、動向を観察していると園舎の外に出てバートン術部の厩舎に移動していた。
どうやら、昼の練習らしい。
そう思っていたら、先にバートン場で自主練しているマルティさんのことをバートン術部の部室の端からそっと覗いていた。
内股をすりすりと擦り合わせながら、いつ出て行こうかと頬を赤らめながら考えている様子が見える。
さっさと行けよ。と声に出してしまいたいが、私は盗撮している身なので声は出せない。
そのまま、待っているとマルティさんが黒いバートンのイカロスから降りる。
これ見よがしにリーファさんは駆けだして、バートン場に入っていく。誰もいないバートン場の周りにあるベンチに座り、二人で寄り添いあいながらサンドイッチを食していた。
なんで、私はラブラブカップルを盗撮しないといけないんだ。
私の近くにいたサキア嬢はスージアと共に教室の外に出ていた。こっちもこっちで周りにイチャイチャを見せつけながら歩いている。
まあ、二人共他国の者なので、他の貴族に面識があるという訳ではないようだ。そのため、なんか、美女と根暗そうな男が一緒に歩いているなくらいの感覚。
その状況をビーの視線から見ている私は何がしたいんだろうか。
少しすると、目の前にバタフライが現れる。ぎょっとするほどよく見えて、遠目から見ると可愛らしい蝶々なのに、まじかで見るとリアルすぎて気持ちが悪い。
日本にいたアオムラサキのような綺麗なバタフライはビーを威嚇するように大きな翅をバサバサと羽ばたかせる。
どうも、サキア嬢のスキルに目を付けられているらしい。何かしら感づかれるといけないので、ここはいったん引く。
やはり、別行動する個体がいると盗撮がしにくいな。
一番右側の席で椅子に座り、購買のパンを食べているレオン王子は別に普通。いや、どこか寂しそう。まあ、好きなメロアがいない状況だから仕方ない。