夜に動く知り合い
レクーを厩舎から出して、手綱を握りながら背中に乗る。ベスパに明かりの替わりになってもらい、ドラグニティ魔法学園に向けて移動した。
その間に、正教会の者と出くわさないようビー達を使って確実に無人の場所を選び移動する。
生憎、王都は夜になっても明りが絶えず、ものすごく綺麗な場所だ。村だったらすでに真っ暗なのに王都だと眩しすぎて明かりが必要ないくらい。でも、安全のために明りは付けて移動するのが規則だ。
ざっと三〇分後、ドラグニティ魔法学園の正門に到着した。こんな時間でも騎士がかわるがわる見回りしてくれており、警備が敷かれている。やはり、質が良い学園だ。
私は名前と学生寮、学年を伝え、今朝出て行った者だと理解してもらい、学園に入れてもらう。
こんな夜遅くに申し訳ないと思いながら、バートン術部の厩舎に移動した。
すでにファニーとイカロスはすやすやと眠っており、起こすのも悪いので、静かにレクーを厩舎に戻す。食事を与え、感謝した後、私は冒険者女子寮に向かった。
「……キララ様、こんな時間に動いている者が他にいるようです」
ベスパは何かを感じ取ったのか、私の頭の中に語り掛けてきた。
「もう、一〇時三〇分過ぎだよ。まあ、ギリギリ勉強していた者が外の空気を浴びたくなったというならわかるけど。そういう感じじゃないの?」
「そうですね。こそこそと移動し、学園の森の方に向っています。キララ様の知り合いです」
私はブラットディアの背中に足裏を置き、足音を殺した。
そのまま、夜遅く森に向かう知り合いとやらに会いに行く。
放っておくのも不味い気がしたのだ。勝手な妄想でしかないが、バレルさんも前は正教会と通じ合って悪さしていた。そのような者が学園の中にいないとも限らない。
「何だったんだろう。フェニル先生はもう、凄い酔っぱらっていたのに、空にフェニル先生が現れるって……」
聞き覚えがあるような声が木々の方から聞こえてくる。
どうも、フェニル先生が酔っぱらっていることを知っている者のようだ。そう考えると、冒険者女子寮にいた者。そんな者が夜遅くから森に来る必要なんてあるのだろうか。
「えっと、モクルさん? 何しているんですか」
「へっ!」
私が声をかけると、へたっていた耳がピンと立って尻もちを搗く。反応が可愛らしい。でもこの時間に森に来るなんて、少々あやしい……。
「き、キララちゃん。よかった無事だったんだ。もう、夜になっても帰ってこないからみんな心配していたよ。今までどこに行っていたの?」
モクルさんは何もなかったかのように、立ち上がり、私の元にやってきた。
長袖長ズボンで、全身黒っぽい服を身に着けており、ものすごく森に溶け込みやすい姿だ。
少々あやしすぎる恰好なので、心臓がドクドクと鳴っている。
何かあれば、すぐに拘束できるように準備しておかなければ。私はポケットに手をいれ、黒いグローブを嵌める。
「いやー、今までウルフィリアギルドにいました。仕事が立て込んでいて、こんな夜遅い時間になってしまいましたよ」
「仕事……。キララちゃんはまだ、成人していないでしょ。冒険者の仕事は出来ないはずだけど?」
「まあ、事務作業というか、依頼の仕分け作業なんかをささーっと。逆にモクルさんはこんな時間にここで何をしていたんですか?」
「私? 私はね……」
モクルさんは胸もとに手を入れる。何か武器でも取り出すのかと思い、身を構えた。ベスパも目の色を赤く変え、戦闘態勢に入る。
「これ、毒を持つ生き物の調査」
モクルさんが取り出したのは羽根ペンだった。腰に付けられているホルスターに分厚い本が入っており、何かを記録していたと思われる。
「この本に、どこにどんな毒物があるのか調べていたんだよ。夜行性の昆虫とか動物もここに潜んでいるからね。これくらい夜中にならないと動いてくれないんだよ」
モクルさんはあくびしながら、目を擦る。眠いのを我慢しながら、仕事しているようだ。
彼女から危険な匂いは一切しない。本当にただ、調べているだけ。周りに誰かいないかベスパに調べてもらうが、特にあやしい存在はいなかった。
「じゃあ、モクルさん、私も手伝います。同じ自然委員ですし、モクルさんだけに仕事させるわけにはいきません」
「ほんと? ありがとう、キララさん。凄く助かるよ~」
モクルさんは大きな胸を弾ませ、私に抱き着いてくる。お風呂に入る前なのか、ものすごく汗っぽい。
むわっと香るのはモークルの厩舎のにおい。いわゆる獣臭ってやつだが、懐かしい気持ちになれるので私は好きだ。
「あぁ、モクルさん。すっごいにおいます……」
私はモクルさんの胸に顔を埋め、においをスンスンと嗅いだ。やはり、田舎のにおいがする。懐かしい香りだ。ホームシックになりかけそうなくらい、仕事の光景を思い出す。
「えぇっ! ちょ、やだ、恥ずかしい……」
「もうちょっといいじゃないですか。あぁ、獣っぽい汗のにおい。この臭さがたまりませんね」
「も、もぉお、き、キララさん、やめてぇ~」
モクルさんの泣き声が森の中に響き、モークルの出産現場を思い出した。あぁ、懐かしい、懐かしい。
私はモクルさんから離れる。彼女は頬を真っ赤にそめ、乙女の顔になっていた。まあ、臭いといわれれば、女の子は誰でも悲しくなるか。
「すみません、モクルさん。本当に懐かしい匂いで、止まれませんでした。もう、実家に帰ったような安心感でしたよ」
「うぅ……。私、臭い……」
「そりゃあ、誰だって汗を掻いたら臭いますって。気にしすぎないでください」
「早く仕事を終わらせてお風呂に入りたい。キララさんに臭いって思われるなんて、嫌ぁ~っ!」
モクルさんと私はベスパの助けを得ながら、毒を持つ生き物を観察し、記録に残した。
午後一一時三〇分頃に冒険者女子寮に戻る。すでに多くの者が眠っている時間だ。
「すぷぃ~。すぷぃ~」
フェニル先生はお酒を飲み過ぎて普通に泥酔した状態だった。テーブルに寝そべり、間抜けな姿をさらしている。
「私、部活終わりに空に真っ赤なフェニクスが見えたの。また、フェニル先生が何かしているのかなって思ったら、いきなり空が真っ白になった。目を瞑ったら空にフェニクスがいるだけになっていて。わけもわからず寮に戻って来たら、この状態だったんだよ。疑問に思いながら、料理を食べてた」
「な、なるほど。ほ、本当にフェニクスだったんですかねー。まあ、フェニクスだけが勝手に動いていた可能性もありますしー」
「そうなの? まあ、フェニクスって神獣らしいし、夜を昼に出来るくらい簡単かー」
モクルさんは先ほどの出来事をあまり気にしていない様子だった。私としてはありがたい。明日、いったい何を言われるかわからないが、その前にお風呂に入ってさっさと寝てしまおう。
大量の魔力を使って疲れたし、寝不足の状態じゃ、変な発言してしまう可能性だってある。
モクルさんと共に脱衣所で服を脱ぎ、薄暗いお風呂場に入る。照明をつけると、お湯がすでに抜かれていた。
「ああぁぁ……。お、お湯が無い……」
モクルさんはへなへなとしゃがみ込み、ペタンコ座りしてしまった。
「お湯くらいすぐに溜めますから、泣かないでくださいよ」
私は杖を持つ振りして浴槽に水を出し、後から『ヒート』で温める。最初からお湯を出すと、変だと思われるのでしっかりと面倒な手順を踏んでからお湯を出す。
浴槽一杯に溜めたら、体をシャワーで綺麗にした後、二人で一緒に入る。
「ぷはぁ~」
心から溢れ出る声を吐き出し、心地よい温度に身を包む。隣を見れば、超デカい乳がお湯に浮き、モクルさんの蕩けた笑顔が見えた。
なんて破廉恥な体だろうか。ほんと、私が女でよかったな。男だったら、どうなっていたか。
でも、多くの人がモクルさんを恐怖の対象として見ているはずだ。なんせ、拳の突風だけで相手を吹き飛ばす威力があるのだから。
「モクルさんの腕、すっごいですね。もう、棍棒みたいです。ガッチガチ……」
「あ、あはは……。鍛えていたらこうなっちゃって。モークル族はもともと筋肉が付きやすいからさ」
モクルさんは腕を持ち上げ、力こぶを見せてきた。もう、富士山が乗っていると称したいほど、こんもり……。
なんなら、エベレスト級。私はぺちぺちと触り、この筋肉の密度の高さに驚いた。掴んでも指の跡が付かないのだ。すでに鋼のような硬さで、この筋肉から生み出される一撃が強烈なのはすぐにわかる。
「も、もう、キララさん、くすぐったいよ」
「すみません、あまりに凄い筋肉だったので。腕がこんだけすごいと、腹筋や脚も凄いんでしょうね」
「ふふん、もちろんっ!」
モクルさんはお湯からザバっと立ち上がり、私に盛大に水をぶっかけた。立ち上がっただけで水しぶきをあげるとは、どこのイルカだよ。
顔を手で拭い、目を開けるとバッキバキのお腹と太もも、内転筋、脚の外側の筋肉まで、綺麗に筋が浮き上がり、男よりも男らしい体だった。
ただ、あまり見せてほしくない部分が中々に森で、彼女の手入れのしていなさがわかる。
なんなら脇にも普通に生えている。獣族だからやはり剛毛なのかな。
私は未だに一切生えてこないけど、普通の女の子なら生えてくる子が多いか。
「モクルさんって手入れはしないんですか」
「手入れ……。はぅ……」
モクルさんはわれに返ったように内股になりお湯に浸かると、脇もしっかりと隠す。どうやら、彼女も一応自覚しているようだった。
別に私は気にしないし、モクルさんの裸を見ることになる男性が気にしなければどうってことないのだけれど。そもそも、獣族が毛を見られて羞恥心を抱くのだろうか。