後始末
私の背後にいたはずの女性受付嬢はすでに仕事に戻っており、外の状況など何も知らないと思われる。
なんなら、いきなりすぎて多くの者が、なにが起こったのか理解できていないはずだ。
理解できないことは頭の中に残らない。数学の問題が理解できないと、一日経てば忘れてしまうように。
加えて、興味がない現象はすぐに記憶から抹消される。人間の記憶と言うのはそれくらい単純なのだ。
「はぁ。とりあえず、何とかなったけど。誰が巨大なプテダクティルを操っていたんだろう。さすがに魔物単体でおこなったと思えない……」
「そうですね。何者かが操作していたと考えるのが妥当だと思いますが、すでに蒸発してしまった魔物を調べようにも調べる方法がありません」
映像を見返したとしても、誰も乗っている気配がない。スキルの発生を感知できるほど近くにいるわけでもない。
「結構離れた距離から遠隔で操作されていたか、時限的に発動するようになっていたかの二択でしょう」
「あんな個体を操れる者がいるなんてね。でも、他のプテダクティルは……」
「あの巨大なプテダクティルを隠すために集めたんじゃないですかね。ビーを隠すならビーの中に隠した方がわかりにくい。渓谷の底にいた個体なら上部にいたプテダクティルに気を取られて見つけられる可能性が低くなりますから」
「なるほど……。でも、何者かが王都を攻撃した。それとも、正教会に攻撃したのかな?」
「難しい所ですね。ですが、王都全体をまんべんなくぶっ壊したいと思うのなら中央に位置する王城を狙うのが普通でしょう。絶妙にずれた位置の正教会の本殿を狙う必要性がわかりません。そう考えると、王都ではなく正教会に恨みがある者が行った可能性も十分考えられます」
「そう考えると、仲間なのかな……。あんな攻撃を王都に放ったら関係ない市民までぶっ飛んでしまう。目的の達成のためなら手段を択ばない人間なのか。そう考えると味方というよりも敵に近いんじゃ……」
「相手は死なないために王都外側にいる可能性が高い。でも、王都にいる可能性もある」
「なに、当たり前のことを賢ぶっていっているのやら。まあ、悪魔や魔王を倒せる勇者達が正教会にいるのだから、防がれるとふんでいるのが普通かな。相手の実力を確かめるための一撃だった可能性もあり得る……」
私とベスパは唸りながら、プテダクティルの攻撃が何の為だったのか考える。だが、いかんせん情報が足りない。同じく正教会を敵だと考えている者がいるなら、ぜひとも仲間になってほしい。
「にしても、あのプテダクティルの攻撃を防いでいた子、凄かったね」
「そうですね。さすがというべきでしょうか。危機察知能力もずば抜けて高いようですし、プテダクティルが剣に当たっていれば、王都が吹き飛ぶほどの威力が殺されていたでしょう。あれが高名な四つのスキルの内の一つ……」
「剣聖」
私は二年前の神父の喉から出ていた女神の声を思い出す。
私よりも前に聖典式を受け、スキルを身に刻んだ少年のスキルの名前だ。
まあ、剣聖を貰ったことを本人は全く喜んでいなかったけど、あのプテダクティルから王都を守れたのは確実に剣聖のスキルがあってこそ。
私のへっぽこだと思っていた中々優秀なスキルと違って確実にすごいとわかるスキルなだけあって、多くの者から賞賛され、王都でも勇者と共に歓迎されていたに違いない。
私は彼に悪魔の話がしたくて王都に来たといっても過言ではない。相手が正教会から出てくれれば、悪魔から少しでも離れてくれれば……。
そう思っても、すでに彼の姿は正教会の本殿の中に消えている。
「はぁ……、とりあえず、プテダクティルの大量発生の仕事が来るだろうから処理しよう」
私は多くの被害者とプテダクティルの討伐、又は素材の買収による書類がギルドマスターの部屋に届けられた。
巨大なプテダクティルを消したと思ったら、仕事に追われることになり、現在の時刻は午後八時。普通にお腹が空いたし、学園の門限はないが遅くなり過ぎたら締め出されてしまう。
女の子が夜の王都を移動するのも危険極まりない。今日はウルフィリアギルドに泊まりかな。でも、帰らないと皆が心配する。
仕事は未だに入ってくるのでまだ帰れそうにない。
私が仕事を終えたのは午後一〇時。ビー達にも手伝ってもらってこの時間なので、キアズさんが毎回どれだけ大変な仕事しているのか何となくわかった気がする。
帰れないのも無理はない。まあ、今回は飛び切り大きい仕事だったと思うが、それでも仕事改善は必要だな。
「はぁ、やっと帰れる……」
私は椅子から立ち上がり、明かりをともしていた魔道具に魔力の供給を止める。部屋に眠るキアズさんに薄手のシーツを掛け、何も知らない状態で眠ってもらった。
机の上に必死に丁寧に書いた字で、内容をまとめたので、対応してくれるはずだ。
ギルドマスターの部屋から出て、外側から魔力で鍵を掛けた後、一階の広間に向かう。
仕事終わりにどんちゃん騒ぎしている冒険者達と、どんちゃん騒ぎ出来る状態じゃない大怪我を負った者達の姿が見えた。
「あ……、キララちゃん!」
私の姿を見つけすぐに駆け寄ってきたのは獣族の女性ミリアさんだ。ニクスさんの愛人かどうかは知らないが、元メイドなので、仲は良いはず。
その方が、私のもとに飛びついてくる。大きな乳を守る鉄製の胸当てが顔に押し付けられ、ものすごく痛い。ゴリゴリいう……。
「キララちゃん、ありがとう。ニクス、死ななかったよ。まさか、初日からあんな化け物に合うなんて思ってもいなかった……」
ミリアさんは青い瞳を潤わせ、口を震わせる。
「この子、キララちゃんの仲間でしょ。ニクスの傷口から這い出てきて、気絶しそうになったけど、傷口を塗ってくれていたから……」
ミリアさんはヘアピンに擬態しているネアちゃんを手の平に乗せ、私に見せてくる。どうやら、この子をわざわざ連れて帰って来てくれたようだ。
「ありがとうございます。そこまでしてくれなくてもよかったのに」
「いやいや、私達はキララちゃんに助けてもらったも同然だよ。キララちゃんがいなかったら、私達もどうなっていたか」
ミリアさんは少々疲れ気味な雰囲気を放つハイネさんに視線を向ける。
「ま、私はキララちゃんがいなかったら、確実に死んでいた。プテダクティルに串刺しにされてね。また、助けられてしまった。私の方が何倍も年上なのに。少々恥ずかしいよ」
ハイネさんは腰に手を当てながら、少々とんがった耳を下に向け気分の落ち込み具合を表しているようだった。
「今回の敵は私と相性が良かっただけです。危険に陥ったのは情報が少なかったというのもあります。事前にプテダクティルが大量にいるとわかっていれば、今回のような被害にあわなかったはずです。今は生き残ったことをただただ喜んでください」
「ああ、そうだね。せっかく大金が入ったんだから、良い酒でも飲みたいところだが、ほとんどニクスが倒した成果だからな……」
ハイネさんはこの場にいないニクスさんの面影を見るように天井の照明を見つめる。
「ニクスさんは医務室ですか?」
「うん。傷の方は問題ないって。完璧な処置だったらしいよ。あと臓器の損傷がなくて、運がいい子だって。確かに、ニクスは昔から運がいいんだよね……」
「運だけでここまで来たといっても過言じゃない。いや、それは言い過ぎか。日々の努力が大きな運を手繰り寄せているんだろう」
ミリアさんとハイネさんはニクスさんを心配しているのか、ずっとそわそわしている。私にネアちゃんを送り返したから、すぐに様子を見に行きたいのかもしれない。
「もう、医務室に行ってもいいですよ。お二人も疲れていると思いますし、すぐに寝て疲れを取ってくださいね」
「ありがとう、そうするよ」
ミリアさんとハイネさんは頭を下げ、すぐに医務室に向かった。
私はウルフィリアギルドの外で大きなあくびをしているフェンリルを見つける。
「フェンリル、さっき物凄い攻撃が王都に降り注いでいたんだよ。王都を守る気はないの?」
「んー、別にわれじゃなくても止められたんだ。その程度の攻撃にわれが動く必要もなかろう……」
「普通に寝てて気づかなかっただけとかじゃないよね?」
私が聞くと、フェンリルの耳と尻尾がピクリと跳ねる。
「な、なにをいっているのかよくわからないな。神獣のわれが、攻撃に気づかないとでも思っているのか。われは他の者に王都を守れる力があるのか試したにすぎん」
「ほんとかな。まぁ、そういうのなら、信じるけどさ。王都が危険に陥ったら、助けてよ」
「われは神獣だ。だが、主がいないんでな。真価を発揮できん。フェニクスの方が、主がいる分、強いはずだ。先ほどだって、フェニクスが倒しているようだったじゃないか。まあ、あんな攻撃をフェニクスが放てると思えないが……」
フェンリルは私にやり返してきた。どうやら、私が熱線を放ったと気づかれているらしい。さすが神獣。魔力を感じ取れるのだろうか。神獣くらいの強さにならないと感知できないでほしいな。結界の中にいたら、魔力が感知しにくいとかいうデメリットがあればいいんだけど。
「もう、遅いから帰るよ。来週もこれから来ようと思ってるから、その時まで大人しくウルフィリアギルドを守っていてね」
「肉が食べられる間は守っておいてやるつもりだ」
フェンリルは大きくあくびして伏せた。大きさは大型犬くらいになっており、ちょっと警戒していたのかな。フェンリルが元の大きさになれば、プテダクティルと戦うことも可能だろう。空を飛ぶ相手がいるなら、その者よりも巨大になればいい。
私はウルフィリアギルドを出て、レクーがいる厩舎に戻る。
「レクー、遅くなってごめんね」
「いえ、別に気にしないでください」
レクーは待ち合わせに遅れた女の子に優しく言葉を返せる紳士だ。ほんと、牝バートンが羨ましいね。こんな良い男が裸で走り回っている姿を見られるなんて。って、別に私はカッコいい人の裸を見たいわけじゃない。