超巨大
「ベスパ、渓谷の中を調べて」
「私がどうなってもいいというのですか!」
「そういうこと」
「まったく、ビー使いが荒いんですからっ!」
ベスパは、空にいるプテダクティルの個体がいなくなったのを確認してから、渓谷の方に飛んで行った。
そのまま、真下に数百メートルすとんと落ちている渓谷の中に入っていく。
「ここ、思った以上に広くて長いね」
「大地が切られたような一撃ですね。昔に何か戦いでも起こったのでしょうか……」
「ま、まさか。この渓谷が何者かの攻撃によって出来たと思ってるの? そんな訳ないでしょ」
「キララ様なら作れるかもしれませんけど」
「いや……、さすがに無理だって。そんな攻撃が放てたら、王都なんて壊滅しちゃうじゃん」
ベスパは渓谷の中をブーンと飛びながら、見回す。でも、本当に抉られたような形で、何か大きな剣で切り裂いたような形に見えなくもない。岩肌に苔や蔓がくっ付いており、はるか昔からありそうな雰囲気。でも、特段おかしな点は見つけられない……。
渓谷の真下は川が流れており、水の勢いが力強い。
あの水が渓谷を広げている可能性もある。
渓谷を渡るために作られた橋や渓谷が崩れないように補強された木製の支え、金属製の杭なんかも見受けられた。
ただ、人がいる痕跡はない。プテダクティルが隠れられるような通路は人族に大きすぎるし、落石の危険もある。毛細血管のように隙間が広がっていると考えると一日で調べるのは大変だ。調べても無駄足な気がしてならない。
「まあ、人を隠す場所じゃなくて、魔物を隠す場所だと考えたら、凄く良い場所だよね。こんな真下に人が来るわけないし」
「確かに、魔物を隠すなら丁度良い場所かもしれません。加えて、なぜ、プテダクティルが襲って来たのかということも……」
ベスパは視線を止める。もう、渓谷の真下の真下。月あかりも届きにくい場所。
何か、嫌な気配を感じた。光を付けたいが、光が付いた瞬間に後悔しそう……。
そう思った矢先、ベスパとの視覚共有と聴覚共有が切れた。どうやら、何者かに殺されたらしい。
「く、頭いたい。なんか、自分の体がすっごく重いな……」
私は今までベスパの体で移動していたような状態だったので、自分の体に意識を向けるとあからさまに鈍っていた。
体をぐぐーっと解し、なにが起こったのか全く理解できなかったので、しっかりと整理する。
渓谷の中に何かしらやばい物体がいたということはわかった。でも、それ以外何もわからない。
「キララ様、普通にやばい状況なのに、なにを呑気に立ち上がっているんですか?」
復活したベスパは私のもとにいた。まあ、私から生まれる存在なので不思議ではないが東の渓谷の方は一体どうなっているのか。
「もう一度見てきて……」
「見てこなくてもわかりますよ」
ベスパは東の方角を窓から出て見る。私も窓から視線を東に向けた。東の方に上っている衛星から反射された光が巨大な物体の背中を照らし、裏を真っ黒に染めている。
翼を広げた大きさが、遠目から見てもわかるため、ジェット機より確実に大きい。ジャンボジェットくらいあるだろうか。
飛行機でも六〇メートルほどなのに、それと同じくらい大きい可能性がある飛行物体って。
「あれ、同じくプテダクティル?」
「姿かたちは同じですけど大きさが全く違いますよ。可能性として考えられるのは魔造ウトサを食べさせられた魔物ということですね。狂暴化、巨大化が合わさっています。あの巨体が王城に音速で突っ込んだら、確実に王都全体が吹っ飛びますよ」
「そんなことをしたら、正教会の本殿まで吹っ飛んじゃうよ。さすがにないでしょ」
私はニクスさんとビー通信で連絡を取る。
「ニクスさん、聞こえますか?」
ビー通信で声を語りかけているのだが、どうも反応がない。
「き、キララちゃん! ど、どうしよう! ニクスの体に木が刺さっちゃってる!」
ミリアさんの泣き声が私の耳に直接突っ込んできた。
「渓谷からいきなり超デカいプテダクティルが出てきて、そのまま翼を羽ばたいたら多くの人が吹っ飛ばされて、もちろん木々も。折れた枝に運悪くニクスが背中から。あぁ、や、やだ。血、血が、血が滲み出てるっ!」
ミリアさんはブラッディバードに両親を殺され、血などの液体にトラウマを抱えていた。そのため、ニクスさんの大怪我に半分パニック状態に陥っていると思われる。
「ベスパ、ネアちゃんをニクスさんのもとに」
私は前髪にヘアピンとして使っていたネアちゃんをベスパに渡す。ネアちゃんが到着すれば、全て縫合してくれるはずだ。病気ではなく傷程度ならベスパの魔力とネアちゃんでどうにかなる。
「了解です!」
「巨大なプテダクティルが何で王都を襲うかわからないのに対処しないといけないなんて。でも頭が悪いのは通常個体と変わらないんだね。王都には超絶やばい人達がいっぱいいるのに」
私は余裕をぶっこいていた。だって、王都に沢山化け物がいるんだもん。
その化け物の誰かが、同じように化け物を倒してくれるでしょと勝手に思っていた。
でも……、ウルフィリアギルドのSランク冒険者は全員仕事に出払っていると先ほど受付嬢から聞いた。
そのため、王都に残っているSランク冒険者はキースさんとフェニル先生だけだと考える。
その二人がこの状況に気づいて準備しているのだろうか。
「べ、ベスパ、フェニル先生は今、何しているかわかる?」
私は頭の中で、ベスパに話かけた。
「ドラグニティ魔法学園の冒険者女子寮にて絶賛酔っ払い中にあります。すでに、泥酔状態になっており、戦うのは難しそうです」
「……じゃ、じゃあ、キースさんは?」
「キースさんは休日のため、ドラグニティ魔法学園を離れている模様。現在、王都の中にいるのは確認できていません。王都の外にいる可能性が高いかと」
「は、はは……。ど、どうしようっ! や、やばいかな、やばいよねっ!」
私の余裕はどこに行ってしまったのかと思うほど、あたふたしている。
「に、ニクスさんは?」
「現在治療中。刺さりどころは悪くなく、出血が刺さっていた木によって抑えられていたため、重症に変わりはありませんが死にはしないと思われます」
「そう。よかった。でも、戦える状況じゃ……」
「ありませんね」
「く……。ニクスさんの『確定急所』なら、侵入を防げたかもしれないのに」
私が唸っている間に、超巨大なプテダクティルが明るい王都の空にやって来た。まるで、闇を纏っているかのような黒さ、大きさ、不気味さ。
八〇メートル近くある高い城壁など、空を飛んでいるプテダクティルに何ら関係ない。
ひとたび、翼を羽ばたかせれば建物の瓦やレンガが軽々吹っ飛ぶ強風を放っている。
空が暗いため、多くの者がただの強風だと思っているのか、大した恐怖感を覚えていないのが危機感をさらにあおって来た。
「ど、どうするどうする。さすがに、あの巨大な化け物とドンパチやり合ったら、目立ちすぎる。でも何もしなかったら、余裕で王都が吹っ飛ぶ……。うぅ、王城じゃなくて、どうせなら、正教会の本殿でも潰してくれたらいいのに」
私の願いは何とも罰当たりな気もしたが、正教会が諸悪の根源であるのはすでにわかり切っている。正教会に向かうわけないかなどと、勝手に思っていたが……。
「あれ? あのプテダクティルの狙い目、王城じゃない……」
先ほど、大量にプテダクティルの特攻攻撃を見てきたため、少々的がわかるようになっていた。王城の真上ではなく、運がいいのか、はたまた悪いのか、狙っているのか、たまたまか。正教会の本殿の真上に移動していた。
そのまま、超上空に勢いよく羽ばたき、雲を突っ切るほどの高度に達した。もう、何千メートル上空にいるのだろう。
まさか、あんな場所からマッハを超える速度で落下してくるとかいわないよね?
私の予想はよく当たるのか、巨大なプテダクティルは正教会の本殿目掛け、超急速落下を繰り出す。
マッハで落下しているとはいえ、超高度があるため数秒掛かる。
その間に何か対策を考えなければ。
私はビー達の頭を使い、光速で思考を回す。一秒が一分程度に延ばされると落下まで八秒しかなかったとしても八分の猶予がある。
その間に、何か対策を考えなければならなかった。
なんせ、このままだと王都が吹っ飛ぶほどの一撃が放たれる。
神の鉄槌とでもいわんばかりの超火力。それを防ぐ方法は先ほどと同じように、大きな転移魔法陣を出現させて巨大なプテダクティルを異空間に移動させ、分解してしまう方法。
でも、これだと目立ちすぎる。そもそも、直径八〇メートルの超巨大転移魔法陣を出現させることが可能なのかすら危うい。
もし可能だとしても、時限のひずみが生まれ、王都に何らかの影響が考えられた。
そりゃあ、異空間を出現させるのだから、超巨大な引力が発生し、ブラックホールのように王都が吸い込まれる可能性だってゼロじゃない。
なんせ、いままで超巨大な『転移魔法陣』を発動した経験がないのだ。安全に使用できる大きさは八メートルが今のところ限界な気がしている。それ以上は未知数。一〇倍なんて危険以外の何ものでもない。
そう考えると、二つ目の『超高火力熱線』で塵にしてしまう方法。それでも、王都に被害が出る可能性があるが、空気は熱を伝染しにくい。
一直線方向の攻撃なら爆発のような放射状の攻撃よりも威力が伝わりやすく、周りに被害が及びにくい。まあ『転移魔法陣』以上に目立つだろう。
でも、このまま、何もしなければ、私や友達、知り合いもろとも吹っ飛ばされる。こんな重大な時に、なんで誰もいないのか……。
なんで、こういう立ち回りをいつも私が強いられるのか。ほんと、困る。
フェンリルやフェニクスが止められる可能性もあるが、敵はマッハで飛ぶ化け物だ。垂直落下の攻撃を受け止められるほど神獣も万能じゃないだろう。
そもそも、攻撃が放たれる前に、正教会の真下に移動できるのだろうか。今、考えられる最善策はほぼ完全な魔法耐性を持っていた超巨大ブラックベアーの首も切断した『超高火力熱線』で蒸発させるほかない。