武者修行
「キララさん、えっと一年半ぶりくらいかな?」
ニクスさんは身長が一八〇センチメートルほどまで伸びており、一〇センチメートルちかく成長していた。
そりゃあ、顔の印象も変わるよな。
前は青少年って感じだったのに、今じゃ完全に青年のお兄さんだ。
でも、昔と髪型が変わっておらず、雰囲気も優しくそのまま。
これぞ、幼馴染のお兄さんというにふさわしい存在だ。
お兄ちゃんといって飛びついていくメロアの姿が目に浮かぶ。
「以前、会ったのがブラッディバードの大量発生以来なので、それくらいだと思います。今でも三名のパーティーなんですね」
「この形が一番戦いやすくてね。でも、キララさんがいた方がもっと戦いやすくなるだろうから、今でも空いているよ」
ニクスさんは、あまりに清々しい顔で微笑みかけてきた。
そんな笑顔を向けられたら、だれだってキューンとなってしまう。
何を隠そう、この私ですらきゅ~んとなっている。心臓を締め付けられる感覚。知り合いの芋っぽかった少年が数年で、子供からお年寄りまでの女に受ける清潔感満載のお兄さんになっていたら、ドキリとするものだ。
私の中のニクスさんは一年半前に止まっていたので、耐性がなかった。
死地も潜り抜けて来たのかな。青臭さはせず、しっかりと立っている大木のような自信が見える。
「私はドラグニティ魔法学園に入学したので、まだ冒険者パーティーに入るわけにはいきません」
「さすがキララさん……。あのドラグニティ魔法学園に本当に入っちゃったんだ。じゃあ、メロアって言う女の子を知っている?」
「はい、知っていますよ。同じ教室です」
「えぇ……」
ニクスさんと、ミリアさん、ハイネさんは顔を見合わせながら驚いていた。
そりゃあ、自分の知り合い同士が同じ教室で授業を受けているなど驚かない方がおかしいか。そう思っていたが、三名の心配している点が少々違った。
「キララさん、何かメロアにちょっかい掛けられていない? 殴られたり、勝負を仕掛けられたり……」
「い、いえ、そういうことは起こっていません。まあ、担任の先生がフェニル先生なので」
「フェニル姉さんが……担任」
ニクスさんとミリアさんは顔を蒼白させ、軽く震えていた。
雨に濡れているから体温が下がったと考えてもいいが、フェニル先生の名前が出た途端、昔の弱気なニクスさんに戻った。
その方が親しみやすいので、私としてはありがたい。
「どうかしたんですか?」
「あのフェニル姉さんが担任なんて出来るのかなと思って。ぐーたら眠ってたり、教室でエールを飲んでいたりしない?」
「あぁー、仕事中に眠っていたり、ボーっとしていたり、寮の食堂でエールを飲んでいたりしました。豪快な方だなーという印象でしたね」
「やっぱり……」
「ニクスさんが私のことを手紙に書いておいてくれたおかげといいますか、その影響で試験監督がフェニル先生になってしまいました……」
「す、すごい、それでよく生きているね」
ミリアさんは苦笑いしながら、獣耳をヘたらせ、尻尾を股の間に挟んでいる。きっと過去に何かしらのトラウマを植え付けられているのだろう。
私はフェンリルの体を乾かして綺麗にした後、ミリアさんにもモフモフしてもらう。その背後からハイネさんが抱き着き、イチャイチャし合っていた。その間に私とニクスさんは世間話することに……。
「ニクスさんはどうして王都に?」
「僕たちもBランク冒険者になって、あと少しでAランク冒険者というところまで来たんだ」
――新人冒険者だったニクスさんたちがもうAランク冒険者か、時間の流れを感じる。
「バルディアギルドの皆さんには沢山お世話になったし、これからもバルディアギルドで仕事がしたい。でも、小さな水たまりの中で力をつけてもその周りにいる者にかなわないかもしれない。だから、大きな土地に来て実力を付けに来たんだ。ゆくゆくはバルディアギルドに戻る予定だけどね」
「良いですね。ウルフィリアギルドはバルディアギルドとは比べものにならないくらい多くの依頼が舞い込んできます。依頼を選ぶのも大変なくらいですよ。人が多いぶん、バルディアギルドのような献身的な援助は受けられない可能性が高いので、気を付けてくださいね」
「僕たちの実力は僕たちが一番よくわかっている。強敵に無理に挑むとどうなるかも、身にしみているよ」
ニクスさんは頬を掻き、当時のブラッディバードの親玉と戦っている時の状況をいっているようだった。
あの時は私の『女王の輝き(クイーンラビンス)』による身体強化のおかげでニクスさんが死ななかったといっても過言じゃない。
彼のスキルの『確定急所』は強力だが、身体強化魔法などを受け付けない。
でも、私の純粋な魔力を体にねじ込めば身体強化と近しい効果を得られる。その状態で敵を攻撃すれば、どこに当たろうとも超火力になる。
まあ、私とニクスさんの相性は抜群ということだ。
手を組めばSランク冒険者も夢じゃない。だから、昔も勧誘を受けたが断った。これからも勧誘を受ける気はさらさらない。彼なら、一人でSランク冒険者に名を連ねられる可能性もゼロじゃないだろう。
「逆に、キララさんはなぜウルフィリアギルドに。メロアと同じ年齢なら一二歳でしょ。まだ、冒険者として仕事は出来ないはず」
「私は冒険者として仕事は出来ません。でも、仕事することは可能です。今は他の人に代理を任せていますが、会社を立ち上げて案外儲かっているんですよ」
「さ、さすがキララさん。なんか、普通の子供と感覚が大きくずれている」
ニクスさんは変わり者を見るような目で見てくる。
でも、赤い瞳の奥に優しさがあり、軽蔑している感覚は一切ない。本当に、幼馴染のお兄ちゃんにあっているかのような感覚だ。
「今から、依頼を受けに行こうと思っていたところにキララちゃんがいて、驚いたよ。神獣のフェンリルをあやしながら笑っているんだもん。前はブラックベアーを操っていたし、今度は神獣に手を出していたなんて……」
「なんか、その言い方だと、私が悪い女に聞こえますね」
「あはは、そんなこと思っていないよ。でも、キララさんは昔と全然変わっていないと言うか、成長しているのかな……と言うか。いでっ!」
後方に立っていたハイネさんがニクスさんの頭を握り拳で殴る。なかなか厳しい一撃だ。
「女の子相手にそんなこと言うんじゃないよ。確かに体は成長していないけどね……魔力はもうぶっ飛んでいる」
ハイネさんは瞳を光らせ、私の姿を見ていた。やはり、ハイネさんの瞳に私の魔力が見えているらしい。何かしら見る系のスキルだろう。
「昔の八倍……以上増えてるね。その魔力量でよく死なないな。もう、自然そのものじゃないか」
ハイネさんは私の体を触り、ムギュっと抱き着いて魔力を補給していた。
ハイネさんはハーフエルフなので、自然から魔力を吸収するのが上手い。そうすることで体が衰えないのだ。魔力を受け取っている以上、体が死なないので長生きできる。
人でもうまくいくのかは知らないが、私が出来るのだから、他の者でも出来る可能性は高い。
にしても、私の魔力量がほぼ自然そのものって……、どれだけ増えてるんだ。
「はぁ~、実家にいるような心地よさ……。この魔力、いいね~」
ハイネさんは私の体に抱き着いたまま、においをスンスンと嗅ぐように鼻を鳴らしていた。魔力を鼻で吸い取っているのかな。どうも、私は森の民系に好かれやすい傾向にあるらしい……。
ハイネさんはハーフエルフだが、フリジア学園長は純系の森の民だ。彼女からも熱烈に愛されている。女性に愛されてもなぁ……。まあ、悪い気はしないけど。
「あぁ~、神獣様、もふもふ~。可愛いい~」
「ちょ、く、苦しい……」
ミリアさんにずっと抱き着かれているフェンリルは体がへし折れてしまいそうなくらい力が込められていた。抵抗しない所を見るに、彼の優しさが見て取れる。
「じゃあ、一緒にウルフィリアギルドの中に行こうか」
「そうですね」
私達はフードを被り直し、ウルフィリアギルドまで小走りで移動した。
「ミリア、いつまで神獣を抱きしめているんだ」
「えぇー、だってだって、可愛くて尊すぎて、本当に神なんだもん」
「だからって、室内に連れてきたら危ないだろう」
ニクスさんとミリアさんの関係は依然と変わらず、何ともいえない距離感に思えた。ただ、前よりも恥ずかしさが抜けているというか、あぁ、やったんだな……と直感する。
そう思うと、時間の経過をますます感じ、メロアの心を抉る土産話が出来てしまった。
そんな話をしたら、噴火してしまうかもしれないので、口が裂けてもいえない。
「にしても、広いな。さすが王都の冒険者ギルド……」
ニクスさんは辺りを見渡しながら、ウルフィリアギルドの広さをその身に感じ取っていた。バルディアギルドの八倍は大きいので、そう感じるのも無理はない。
「一番から八番の間が魔物の討伐依頼になっています。掲示板に張られた依頼を持って行けば依頼が受けられるはずですよ。最近は魔物の動きが活発になって来たといいますし、気を付けてくださいね」
「ありがとう。僕たちもとことん注意して以来を受けてくるよ」
「ニクスー、帰ったら、沢山沢山良いことしようね~。移動中は全然できなかったし~」
ミリアさんはニクスさんの腕を掴み、尻尾を大きく振り、耳を立てながら笑っていた。その笑顔がもう、普通の女の子じゃない。
この男は私の男だと主張しているようで、周りにいる女性冒険者達を近づけさせないようにしていた。
作戦か、はたまた彼女の天性の力か。そもそも、良いことってなんだ。ほんとこれだから、いけない遊びを知った若者は。
「はいはい、わかったよ。そのためには宿代を稼がないといけない。出来るだけ質が良い宿に泊まった方が良いから、沢山稼がないとね」
「もう、そんなに良いベッドで寝たいの~。仕方ないな~、私も仕事、頑張っちゃうよ」
ミリアさんは胸を強調させるようにニクスさんにグイグイと押し付け、誘惑しまくっていた。ほんと盛った獣族は肉食なんだな。
「ミリア、はしたない姿を回りに見せるんじゃない」
ハイネさんはミリアさんの首根っこを掴み、引っ張っていた。そのまま離れさせ、逆にハイネさんがニクスさんに抱きつく。
おばさんといけない関係を持ってしまったのだろうか。
ニクスさんの顔が赤くなり、ミリアさんの時以上に恥ずかしそうにしている。まあ、おばさんに抱き着かれたら普通に恥ずかしいか。自分の母の姉だもんな。