まともな服装
お風呂から出て、体をしっかりと洗い、脱衣所に出て体を乾いた布で拭く。
そのまま寝間着を着て、髪を乾かし、寝る準備を整えてから部屋に戻る。
部屋に戻ってフルーファに軽く癒されたあと、椅子に座って日課の勉強を始める。一時間程度すれば問題ない。
三〇日ほどある一ヶ月。朝と夜に一時間勉強するだけで、六〇時間勉強できる。
有名な話で、弁護士になるために必要な時間が三〇〇〇時間から五〇〇〇時間ほど。
毎日二時間勉強で、一〇年ほどかかる計算になる。
二倍に増やせば五年。三倍に増やせばもっと早く。
まあ、そんなに勉強している時間はないけれど。
今の私の勉強効率は他のビーを使えば、急激に早められる。でも、そんなことをしてしまったら、何も面白くない。
コンピューターに計算を解いてもらって何が面白いのだろうか。
自分で問題を解くから気分が晴れる。
それに、他の者が自力で覚えているのに私だけずるするわけにもいかない。
勉強こそ、周りのものと関係なく平等であるべきだ。
私一人だけ、カンニングするなどあってはならない。もちろん、スキルを使ってもいいという試験内容なら、容赦なく使わせてもらう。
私は勉強が普通に好きなようだ。娯楽が少ないぶん、楽しいと思えることが勉強と料理くらいしかない。
本は高いし、一度読んだらすぐに読む気がなくなってしまう。
図書室に入って本を読んでもいいが、私の思考速度ならばばばばばっとめくるだけで、内容を理解できるだろう。それが楽しいのだろうか……。
試した覚えがないのでわからないが、今はただ勉強に集中する。それ以外に何も考える必要がない。
私は予習復習する。それだけ。ただそれだけで、学園の授業はどうとでもなる。
「ぐ~、がぁ~、ぐ~、がぁ~」
ミーナは部屋に入ってきた後、ベッドに倒れ込んで八秒もしない間に眠ってしまった。
あまりにも早いので気絶と大差ない。それだけ疲れたのだろう。
勉強を終えた私はミーナの手に触れて魔力を軽く流す。体の披露が取れやすくなるはずだ。
その後、私もベッドに入り、フルーファを招き入れる。
「ふわぁ~。なんで、毎回俺を抱いて寝たがるんだよ……」
「そりゃあ、心地いいからに決まっているでしょ」
私はモフモフのフルーファを抱きしめながら、雲の上に乗った気分で眠りに落ちる。
次の日、珍しく雨だった。
日本だったら綺麗に咲いていた桜を散らす嫌な大雨だ。その風の強さと雨粒の量を見れば、あぁ、今年も桜の季節が終わりか……となるような天気。
気分は妙に落ち込んでいる。
雨が降るというのはとてもありがたいことだ。雨がなかったら、私達は水が飲めない。いつ断水が起こってもいいように、大量の雨を溜めて置ける雨水タンクでも作っておくか。
魔法を使って水が出せるといっても魔力を使う。疲労困憊の中、魔法で水を出す行為は案外危険だ。
自分の命を守るために魔力を使わないといけないのに、大量の魔力を水に変えても意味がない。
私みたいな特殊体質の者ばかりではないのだ。だからこそ、大量の水を貯蓄しておく必要がある。
花壇に水をあげる時やお風呂のお湯にも使える。
汚い排気ガスを出す工場がほぼないので、雲中の水も綺麗だ。そのまま飲めてしまえるくらい。まあ、煮沸はした方が良いだろうけど。
「ベスパ、雨水をためる木製の容器を作ってくれる」
「了解です」
ベスパは冒険者女子寮の天井に雨水タンクを作った。天井にすでに雨水を溜めてあるタンクが設置されているが予備に付けておいてもいいだろう。水はいくらあっても足りないのだ。
洗濯、排水、飲料水、料理用水、などなど、使い道に困らない。
「さてと、こんな大雨の時に外に出るなんて普通は嫌だけど、仕事だと思えば……」
私は制服ではなく、仕事する時にいつも着ていた私服に着替える。
やはり、使い古した私服の着心地の良さといったらない。
元から私の服だったかのようなフィット感。滑らかではないが、使い古された柔らかい生地、薄く動きやすい伸び具合。もう、この服装が一番好き。
一応、鎖剣を左腰に掛け、右腰に杖ホルスター。背中に試験管ホルダーを撒きつけ、雨具を羽織る。
冒険者御用達の雨具だ。以前は街のバルディアギルドにしか売っていなかったが王都でも使われるようになっているだろうか。
朝早くに一時間だけ勉強して目を覚まさせたあと、食事が始まる午前七時まで時間を潰す。
「フルーファはどうする?」
「俺は雨に濡れたくないからお留守番する」
フルーファはベッドの上で寝返りを打ち、私が使っていた枕に顔をうずめながら尻尾を振っていた。何だかんだ言いながら、私のことが大好きで仕方がない様子。まったく、かわいいやつめ。
「ウルフィリアギルドに行ってくるだけだから、今日中には帰る。お腹が空いたら、魔力水でも飲んで」
フルーファが使っている桶に魔力水を満たし、床に置いておく。そうすれば、お腹を満たせるのだ。
私はフルーファを部屋に残し、鍵を閉めて食堂に向かう。
「……ふえぇ?」
他の者達は私の異質な姿を見て、目を丸くしていた。
貴族が平民の私服を見たら芋臭い服装だと思うだろう。それ以上に私が私服なのかという疑問の視線を向けられているようだった。
「キララさんって本当に平民だったんだ……」
「どこか別の国のお姫様なんじゃないかって思っていたのに」
「で、でも、なんか、妙に親近感がわくかも」
周りの者は私のことが可愛すぎてどこかの貴族なんじゃないかと噂さしていたらしい。
残念だが、遠くの田舎の村に生まれた村娘です。
勝手に想像されて、落ち込まれている。貴族とは何とも自由気ままというか自分勝手というか。
私がいえたことでもないのだけれど。
「キララ、そんな恰好で学園の中をうろつく気かしら? 女としての誇りが微塵も感じられませんわよ。なに、そのよれよれの長袖とつぎはぎだらけのオーバーオール。あまりにもみすぼらしいわ。顔が良いだけに似合っているように見えるだけで、実際は恥ずかしい恰好しているとわかっているのかしら?」
ローティア嬢は私の姿を見ながらずけずけと言い放ってくる。
ほんと、この人は相手が平民の村娘だからって全力の言葉で殴り掛かってくるんだから。まあ、全部正論なのでガードして耐えるしかない。
「あはは、この服が一番着やすくて好きなんですよね。あと、学園の中を歩き回るわけじゃありません。ちょっと学園の外に用がありまして」
「学園の外……。全く、気楽な者ね。部活に入っていないから、そんな楽が出来るのかしら。部活に入って優秀な成績を納めようとする意志が感じられないわ。芋娘なのだから、もっと泥臭く生き残ろうとする意識がないの? そんな安い気持ちなら、さっさとやめたらいいんじゃないかしら?」
「あ、あはは……」
――ろ、ローティア嬢、言葉きっつ~。先輩アイドルくらい言葉がきついですよ……。
私は前世で手に入れたスルースキルを持っているため、どれだけ罵られようとも右耳から左耳にすーっと受け流せる。
まあ、友達や知り合いの悪口なんかは聞き流せないのだけれど、自分に対する悪態なんかは余裕で躱せる。
「まったく、そんな姿をした学生がドラグニティ魔法学園にいると思うだけで、恥ずかしいですわ」
ローティア嬢は手を叩き、近くにいる執事にごにょごにょと言葉を伝えると私の背後に移動し、両脇に手を入れてくる。
身長が一八〇センチメートル以上ある体格のいい執事に人形のように持たれながら、食堂から連れ出されるとメイドらしき者に受け渡される。
私は何が何だかわからなかったが、いつの間にか被覆室で服を脱がされた。
汚らしい内着を見られた後、私が着ていた服に近しい綺麗な新品の服を着せられる。
なんなら、肌触りがシルクに近いつるつるすべすべで、伸縮性もあり、においもいい。
絶対高い品だ。そう思っていたら、最初の服装とほぼ変わらない私が姿見に映っている。ボロボロの服は丁寧に畳まれ、紙袋に入れられて返された。そのまま、執事に再度持ち上げられ、ローティア嬢の前に連れて行かれる。
「あら、中々様になっているじゃない。質素すぎて売れるかどうか微妙だったけれど着る者が着るとよく映えるわね。特に可愛らしすぎる顏が質素な服のおかげでさらによく見えるわ。まったく、質がいいのだから服くらい気を配りなさいよ」
ローティア嬢はケーキを食しながら、私をべた褒めしていた。
先ほどの鋭いボディーブロウが効いている私は顔面にストレートを打ち込まれ、完全にノックアウトされる。
もう、なんという緩急の付け方、ツンデレ具合、超が付くほど可愛いじゃん。
「あ、ありがとうございます。こんな質が良い服を着せてもらって恐縮です。洗って返します」
「バカね。芋娘が着た服を大貴族であるわたくしが着るとおもって? ちょーっとその服を試着できる女がいないか考えていたところだったの。もう、いらないからあなたにあげるわ」
ローティア嬢はケーキを平らげ、椅子から立ち上がる。そのまま部活に行くのか長い金髪ロールを手でなびかせ、私の横を通り過ぎていく。
「あ、あの、お金……」
「あげるって言ったでしょ。まったく、これだから芋娘は。そんな安い服、一枚や二枚、なくなったところで何の痛手でもないのよ。じゃあ、わたくしはレオン王子と優雅な部活の時間があるから。外で見知らぬものに話しかけられてものこのこついて行ったら駄目よ。顔だけで、誘拐される対象になるんだから……」
ローティア嬢は鋭い視線を私に送って来た。その視線だけで、人が殺せてしまいそうなほど。
でも、大貴族の彼女がいうと妙な説得力があり、感謝の気持ちと浮かれていた気持ちが一気に引き締まる。
やはり、彼女は大物になる気配しかしない。たとえ大物になれなかったとしても、地を這ってでも、のし上がろうとする強い精神の持ち主だ。私も見習わないとな。
「ローティアさん、ありがとうございました。また、いつでも部屋に来てモフモフのフルーファに抱き着いてください」
「な、なによそれ。そんな言葉で誘惑しても、私は何も出さないわよ」
ローティア嬢は素早く移動して食堂をあとにする。部活が始まる時間にしてはまだ早いと思うので、彼女は自主練に行くのだろう。ほんと、マメな人だ。