雑草のように
「ローティアさん、どうしたんですか。そんなに落ち込んで」
「はぁ、わたくしの独り言だから聞き逃してくれても結構。今日は乗バートンの部活に行ったのだけれど、副部長のリーファ様に完全に敗北いたしました。学生としても、大貴族としても。彼女に遠く及ばず、一人でパンを食べて不甲斐ない己を噛み締めていたのよ。惨めだと笑うがいいわ」
ローティア嬢はいつもパンをちぎってから口に運ぶのに、今日は大きめのパンを両手で鷲掴みにして齧り付いている。
いつもの行基(行儀)の良さが少々薄れていた。
リーファさんの凄さは何となくわかるが、ローティア嬢がここまで言うのだから、相当凄かったのだろう。
「なぜ、あんなにも周りに友達がいて、キラキラと輝けるのかしら。男や女に指示を出して自分の仕事も完璧。誰かに教える時は実演してみせてくれる。もう、凄すぎてぐうの音も出ませんわ……」
ローティア嬢は口の中をパンで、ハムスターのように頬を膨らませている。
「レオン王子とものすごく仲良さそうに話していましたわ。周りの者はその姿を見て、にこにこ笑っている。お二人が付き合っているのではないかという話まで耳に入ってくる始末ですわ~っ! むきいい~!」
ローティア嬢はパンを口の中にいったいどれだけ詰め込むのだろうか。すでに、頬がパンパンになっている。もう、それ以上はいらないでしょと思うくらいなのに、まだ溜め込んでいく。
――ローティア嬢も嫉妬するときがあるんだな。まあ、自分より上の存在はいくらでもいる。相手が悪いと言っても過言じゃない。
リーファさんはすでに婚約している。超絶イケメンのレオン王子ではなく、幼馴染のマルティさんにぞっこんだ。
あの惚れ具合からして、レオン王子にアプローチを受けてもさらっと受け流せるだろう。なんせ、レオン王子よりもリーファさんの兄であるカイリさんの方がイケメンだ。
彼を超えるイケメンじゃないと、リーファさんのカッコいいという的に入らない。兄がイケメンすぎるが故に心のストライクゾーンが他の美女とずれている。そこに変化球を投げこめるマルティさんがドストライクという訳だ。
「リーファさんとレオン王子はただ普通に仲が良いだけだと思いますよ。その姿を見てはやし立てるのも少々無粋だと思いませんか?」
「そ、そうですけれど……。だって、本当にお似合いですもの…。リーファ様のお兄様であるカイリ様はすでにルークス王国の第三王女とご結婚なさっておられますし、カイリ様の妹のリーファ様と第三王女様の弟のレオン様が結婚する可能性はゼロじゃない。残念ながら、わたくしの家に王族に嫁入り、婿入りしたものは一人もおりませんわ……」
「へぇ、そうなですか。でも、たまたまですよ。人の好みとかもありますし、あまり深く考える必要はないですって」
「だ、だってレオン王子の瞳がリーファ様に釘付けだったんですもの。あんな瞳をずっと向けられていたらリーファ様だってどうなるか。私ならすぐに落ちてしまいそうですわぁ~!」
ローティア嬢は両腕を体に回し、身を蛇のようにくねらせていた。少々気持ちが悪い動きで、何とも言えない厭らしさがある……。
「でも、レオン王子はメロアさんと婚約しているわけですし、他の女性に手を出すような男性でもないはずです。きっとただの憧れです。バートンを華麗に扱っていたリーファさんがカッコよく見えただけですよ」
「そうだといいのだけれど……」
ローティア嬢もいつもの元気がない。
何なら、周りの一年生の皆が元気を失っていた。どうしたのかと耳を澄ましてみると。
「うぅ、家に帰りたい……」
「家の料理が食べたい。お母様に会いたい……」
「なんで、私は女なのにこんな大変な思いをしないといけないの」
「女が勉強したって大していい仕事に付けるわけじゃない。そもそも、私は仕事なんてする気ないし」
「こんな無駄に実力が高い学園じゃなくてよかったかな。お金で入れるならもっと下の学園でよかったかな……」
周りの者達はすでにホームシックっぽくなっていた。
適当な言い訳を付けてせっかく入学したのに、嫌味をいっている。
そんな姿を見て、やはり家から出た覚えがない箱入り少女たちにとって寮や厳しい勉強の日々は辛いのかも。
でも、人生はこれ以上に厳しいことの連続だと彼女たちは知っているのだろうか?
ここで逃げてもまた新しい辛い出来事が舞い込んでくるのが人生。その時、また逃げ出すのだろうか。
逃げて逃げて、逃げ続けた最後、あぁ、なんで、私はドラグニティ魔法学園から逃げたんだろうと後悔しないだろうか。
私ならするだろうから、やめる気はない。この先、辛いことが起ころうとも今まで経験してきた死地よりは楽なはずだ。もし、あの超巨大なブラックベアーに襲われる以上に辛いことなら、死人が出るだろう。
私は平民の身なので貴族の女性達に説教紛いな発言は出来ない。胸の内でじっとこらえ、彼女たちに選択させる。自分で選んだのだから、自分の責任だ。
「一年ども、ここで止めても誰も文句は言うまい。なんせ、誰もドラグニティ魔法学園に入れていないのだからな」
声をあげたのはフェニル先生だった。まだ入って八日も経っていないのに、すでにホームシックになってしまっている生徒達目掛けて声をかけていた。
「だが、やめたという気持ちは胸の中で杭となる。一生取れない杭だ。取るためにはドラグニティ魔法学園を卒業したものより優秀な成績を収めるのみ。だが、逃げた者にそんな偉業が出来るか? ここで歯を食いしばって生き残った方が三年辛い思いをするだけだぞ。残り五〇年以上辛い思いをするよりマシだろ?」
女性が頑張ってもこの世界じゃあまり相手にされない。それでも、しっかりした仕事につけば、私やイーリスさん、フェニル先生みたいに活躍できるようになる。
まあ、私とイーリスさんは貴族じゃないからちょっと立場が違うけど活躍する女に平民も貴族も関係ない。
そういう話ならローティア嬢やフェニル先生は貴族なのに、凄いお金を稼いでいる女性じゃないか。
そんな人が周りにいるのに、努力が出来ないというのは子供のころからの教育が成っていないのか、はたまた、普通に学園が厳しすぎるからなのか。他の理由があるのかもしれない。
でも一ついえるのはやり切った者にしか、いえないことがある。フェニル先生が言うように、ここで止めても誰も文句は言うまい。
最後まで文句を言い続けるのは止めた本人だ。
ここが限界ならしかたがないが、ちょっとやめたくなったからといってすぐにやめてしまったらもったいないじゃないか。
それこそ、ドラグニティ魔法学園に高い入学金を払っただけになってしまう。
そんな勿体ないことをフェニル先生はしてほしくないから声をあげたのだろう。
ただ、そんな当たり前のこと、ドラグニティ魔法学園に入学できる頭脳を持った者たちならわかっているはずだ。つまり、根性の問題……。
生憎、私はやる気や継続力は微妙だが、根性だけなら自信がある。いや、どうなのだろう、根性だと思っているだけで、実は臨機応変に対応しているだけなのではないだろうか。根性と言ったほうがカッコいいか。
私は腕を組みながら、頷き、周りの者達の様子をうかがう。
ミーナやメロア、ローティア嬢は止める気なんてさらさらない。ちょっと疲れているだけで明日も問題なく部活に行くだろう。
優秀な者はとことん優秀で、努力してきた凡人のような者が一番辛い時期かな。
実力を見せつけられ、上には上がいると理解させられる。
そんな辛い状況の中でも、雑草くらい憎たらしく生命力を持って生き残れる者だけが、卒業出来るのだろう。
私もいつかやめたいと思う時が来るかもしれない。そんな時は道端や石畳、レンガ、建物の隙間から飛び出した雑草を見て、力を貰おう。
夕食を終えた者達はとぼとぼとお風呂場に向かう。体が疲れて動かしにくい者と心が重くて足取りが悪い者、普通に食べすぎて体が重い者など、さまざまだ。でも……。
「かはぁあ~っ! しみるぅう~!」
「あぁぁっ、このお湯がこんなに沁みる時が来るなんて」
「き、気持ちよすぎて蕩けちゃうぅ」
メロア、ローティア嬢、ミーナは私が入ったお風呂に浸かると顔をふやかしながら心を解放させていた。
私の魔力入りお風呂の回復力は体だけではなく、心の疲れも同じように癒してくれるようだ。さすが万能な魔力。
「うぅ、気持ちいぃ……」
「ここのお風呂だけは、家のお風呂よりも居心地がいいわ」
「体がすべすべになって、体調がすこぶるよくなる奇跡の泉」
「さすが、妖精がいるお風呂ね。もう、ここのお風呂に入るために毎日頑張れるわ」
他の生徒達は私が入った後のお風呂を妖精が入ったお風呂だなんて言う。
妖精がお風呂に入ったくらいで、奇跡の泉になるかといわれたら微妙だ。
そもそも、私が見た妖精や精霊なんてチャーチルさんが使っていた妖精術くらいだし。この目で見た覚えは一度しかない。
チャーチルさんの方が妖精に好かれている。私は胸がぺったんこで小さいから妖精扱いされているだけ。ほんと嫌になっちゃうよね。