モテモテのレクー
私はマルティさんとリーファさんの背後を歩きながら厩舎に向かった。
イカロスが干し草をもしゃもしゃと平らげ、バケツの水に顔を突っ込みお腹をパンパンに膨らませている。
イカロスの方はどれだけ大きくなっても問題ないのか、とりあえず体の筋肉をひたすら増やそうと試みていた。
長距離を走るなら向かないかもしれないが、障害物を乗り越える強靭な肉体を作るためなら正しい。そのまま続けてもらおう。
――私も、ここにレクーを連れて来ようかな。知り合いがいた方がレクーも気が楽だろうし。その前に、二人に許可を取らないと。
「マルティさん、ここに私のバートンを連れてきてもいいですか?」
「つまり! キララさんもバートン術部に入ってくれるということ!」
「あ、い、いやぁ、そういう訳じゃないんですけど。まあ、手をかすと言っていますし、仮入部くらいなら……」
「ありがとう、キララさんっ! キララさんがいれば一〇〇人力……、いや、一〇〇〇人力だよっ!」
マルティさんは私の手を握り、ブンブンと振って来た。今さら止めますともいえない。
背後からリーファさんが抱き着いて来て大きな胸を後頭部に押し当ててくる。
「キララさんがバートン術部に入ったら本当に武神祭で優勝できるかもしれない。乗バートン部とバートン術部の二つの部門で優勝しちゃえるかもっ! そうなったら、何年ぶりの快挙かな……」
リーファさんは指の本数を数えていた。両者ともやる気がとても高いので、勝ちにいく気満々。まあ、去年の結果が振るわなかったから今年こそ頑張ろうという気持ちが強いのだろう。
「じゃあ、私はバートンを連れてきます」
レクーがいる厩舎に移動し、彼の背中に乗ってバートン術部の厩舎に行こうとしたのだが。
「あぁ~ん、レクー様っ、まって~っ!」
「レクー様がいない厩舎に未練なんてありませんわっ~!」
「レクー様と一緒じゃなきゃ、嫌です~っ!」
牝バートン達が厩舎を破壊してレクーの背後に付いてきた。どんな怪力の持ち主たちなのだろうか。
レクーがあまりにモテるので、近くにいる牝バートン達がひっきりなしについてくる。
そこら辺で草を食っていた個体まで、レクーの走る姿を見てひとめぼれし、背後から走って着ていた。
ほんと、今のレクーはモテすぎる。
何か、そう言うフェロモンでも出しているのだろうか。多くのバートンがいる厩舎に置いておくのは危険すぎる。
「レクー、全力で振り切って」
「わかりました」
私が育てた相棒は他のバートンの追随を許さないほどの加速を見せ、背後を追ってくる個体が見えなくなる。
ほんと、凄い力強さと体力、速度を兼ね備えた化け物バートンだ。
生憎、バートン術部がある場所は人気が少ないので他のバートンに出くわすことがなかった。でも……。
「あぁ~ん、レクー様っ! ちょ、こ、こんな汚れた姿を見せるなんて、恥ずかしいです!」
バートン術部の厩舎に戻ってくると、ファニーの体を洗っているところだった。彼女は泥まみれで、中々綺麗にならない模様。
「それだけどろどろになるまで、沢山走ったんですね。凄いじゃないですか。バートンにとって汚れは勲章ですよ。とてもカッコイイです」
レクーはたてがみを春風になびかせ、ファニーに甘い言葉を言い放った。
「きゅぅぅううう~んっ!」
レクーに心を奪われているファニーは、目を完全にハートにさせ、体を捩らせている。
女の子をこんな簡単に落としてしまうなんて、さすが私の相棒。
でも、私は男をこんな簡単に落とせない。そんな面倒なことはしないけど。
私はレクーを厩舎で空いているバートン房に入れる。すると、大量の干し草を食べているイカロスが視線を向けて来た。
だが、以前のようにがみがみいら立ちを見せない。彼も大人になったということかな。
「こんにちは、イカロス。久しぶりという訳じゃないけど、これからよろしく」
「あぁ、そうだな」
イカロスはクールぶっているのか、レクーに愛想がない挨拶で返した。
体を洗い終わったファニーは当たり前のようにレクーの方に視線を向け、後ろ足をパカパカと動かしていた。
自分の方を見てほしいのか、頭を高く持ち上げたり、振ったりしている。アピールが露骨すぎる。
私はレクーに干し草と水を与えた。ガツガツ食すわけではなく、優雅にじっくり食べていた。大量に食べるためにしっかりと噛むことが大切だと学習しているのだろう。
「ひやぁ~、すっごい良い毛並み。この凛々しい顔、全身筋肉の肉体。大人しい性格。もう、完璧に近いバートンね……」
「ほんとだよ。どうしたら、こんな個体が生れて育てられるのか謎過ぎる……」
リーファさんとマルティさんはレクーの姿をまじまじと見ながら、目を輝かせていた。
大貴族のリーファさんと家紋がバートンなほどバートンが好きな商家であるマルティさんから見てもレクーの姿はやはりすごいらしい。
体からにじみ出る雰囲気が他の個体と全く違うのだとか。
レクーの体をブラッシングすると、さらに白さが輝きを増し、もう光っているようにすら見える。夕方の赤い日差しを浴び、白い体が真っ赤な光を吸収して燃え上がっているかのようだ。
鬣が靡くと、伝説上のキリンかと思うほど神々しい。
「はわぁ……、レクー様……」
ファニーの瞳に映るのはすでにレクーしかいないのか、真っ黒な体をプルプルと震わせているイカロスに一度も振り向きもしなかった。
だが、イカロスはじっと耐え、ただひたすら大量の干し草を貪る。近くに現れた、神々しいバートンを必ず倒すといいたげな鋭い瞳を向けながら。
「じゃあ、レクー。明日の朝、また来るね。イカロスとファニーの二体と仲良くしないと駄目だよ」
「わかりました。どちらも知りあいなので、居心地がいいです」
レクーは軽く頷き、残っていた干し草を食べていく。
「マルティさん、リーファさん。お疲れ様でした。明日、私はウルフィリアギルドに行く予定があるので、ここら辺で失礼します」
「時間が空いたら、いつでもバートン術部のバートン場に来て。多分、一日練習している。まあ、雨が降ったら無理に来なくても大丈夫だから」
私は頭を下げ、バートン術部の厩舎を出る。ただ……。
「きゃぁ~、いたわっ! レクー様よっ!」
「きゃぁああああ~っ! レクー様が食事しているわっ!」
「なんて、凛々しいのかしら~っ! もう、赤ちゃんが欲しすぎるわ~!」
「私と交尾してください~!」
振り切ったと思っていた、牝バートン達がレクーのフェロモンを辿ってバートン術部の厩舎に到着してしまった。
「ちょ、だ、駄目よ! レクー様の一番は私が貰うんだからっ!」
ファニーはすでにレクーの一番の予約を勝手にしていた。そんな話は一切していないはずなので適当に言っている。
彼女はレクーのもとに近づけない。でも、近くにやって来たバートン達は厩舎の外側を通ってレクーの姿があるバートン房に顔を覗かせる。
もう、大スターが車に乗っている時、取り囲むファンたちのようだ。
その姿を見たイカロスはさすがに耐えられなかったのか……。
「なんで、そんなにモテモテなんだよっ! ふざけるなっ!」
イカロスの怒りの声が厩舎に鳴り響く。だが、自分がモテているという実感を持っていないレクーからすれば、そっけない態度を取っている。
大っぴらに振舞うと、勘違いさせてしまうからだろうか。動物の世界なら、一夫多妻でも何ら問題ないのに。
「はぁ、どうしたものか。今ってバートンたちがお盛んになる時期だっけ?」
ちょっと早い気もするけど、レクーの体からにじみ出るにおいのせいか。
「ベスパ、牝バートン達を元の厩舎に戻してくれる」
「了解です」
ベスパは私の命令を聞き、牝バートン達にハルシオンを打って軽く眠らせたあと、ビー達で厩舎まではこんでいた。起きたら夢だったと思ってくれたらいいけど、難しいかな。
とりあえず、私はブラットディアの上に乗りながら冒険者女子寮に帰る。
懐中時計を見ると現在の日時は午後七時。丁度いい時間帯だった。
「つ、疲れた……」
「も、もう、動けない……」
ミーナとメロアが食堂のテーブル席で突っ伏しながら体をピクリとも動かしていなかった。どうやら、こってりと絞られたらしい。
「二人共、明日も部活があるから遅れずに来るように。明日は一日中部活が出来るぞ! いやぁ~、楽しみだ!」
モクルさんは両手を握りしめ、棍棒かと思うほどふっと腕を見せ、にっこりと笑っていた。
その姿を見たミーナとメロアの顔が痙攣しそうなほどの苦笑いになる。今日の部活が相当疲れたのだと物語っていた。
これから休みの日に毎回部活があると考えているのか、顔がどんどん青くなっていく。
勉強や部活によって休みがほとんどないのが辛い所。
だから、あえて部活に入らないという手もある。そうすれば、二日間休めるのだ。でも、勉強が苦手な者や運動が得意な者は部活でいい成績を残したり、強くなれば進級できる可能性が上がる。
そう考えると、入っておいた方が良い。特にミーナは頭が大して良い方ではないので、部活で好成績を収めたほうが卒業出来る可能性は高い。
逆に、メロアの方は無理して部活に入る必要もないはずだ。まあ、そう考えると乗バートン部がなぜ人気なのかわかるだろう。
疲れすぎず、国技に加え、日常でも使える。そんな、良い部活は中々無い。
「はぁー、レオン王子に良い所を見せられませんでしたわ。あんな情けない所を見せるなんて、わたくしもまだまだでしたわね」
ローティア嬢が今日も今日とて一人で食事していた。
私は料理が乗ったお盆を持って彼女に近づいていき、隣に座る。