スージアのメンタリズム
「スージアはサキアさんの情報を手に入れたら全て提示してくださいね。じゃないと移住してからの幸せな生活は確保できませんよ。私から逃げようとしても、どこまでも追い続けられる自信があるので逃げるのはお勧めしません」
「ビーを操り、僕を探す算段なのかな? でも、せいぜい一〇〇メートルが操れる限界でしょ。普通に逃げ切れる自信しかないけど」
「まあ、そう思うなら逃げてもらってもいいけど、後悔しないでね。逃げたら、普通にキースさんに差し出すから」
「わかった。僕の身に危険が起こらない具合に頑張るよ。でも、何か失敗したら守ってね。キララさん」
スージアは紐男のように、にっこりと笑い、何ともいびつな愛情をむけてきた。
この男は私を金づるとしか思っていないのだろう。
首輪でもつけて、私の下僕だということを、知らしめてやろうか。
さすがに趣味が悪いのでしないが、仕事ができるのにサボり癖があるという人間が何とももったいない。
仕事の楽しさをぜひとも教えてやりたい。金貨一万枚なんて、お金使いが荒ければすぐになくなるし、お金を稼がないと生きて行けない。
「えへへ、サキアさんと付き合ったら、チュ~、も出来ちゃうな~。まあ、体にしか興味ないけど」
この男、いっそ逮捕した方がよかったかもしれない。その方が世のため、人の為になったのかな。
でも、意見を交換しあえる相手がいるのは大きい。
「今日はもう夕方だし、また明日……」
「明日は無理かな。だって、明日もサキアさんと一緒に部活の予定だし」
「じゃあ、次の学園の講義がある時に話し合うってことで」
「うーん、話し合いが出来るといいけど……」
スージアは首をかしげながら、何かしら問題でもあるような言い方だった。
確かに、サキア嬢がスージアの近くにずっといたら、話し合いどころではない。八人の中で一番厄介だと思われている存在がスージアだということか。
それだけ、思考速度上昇のスキルが怖いのかな。はたまたスージアに怖がっているのか。
「まあ、スージアがサキアさんを眠らせて同じように話し合いが出来る場面を作ってください。そうすれば、話し合えますよね?」
「そうだね。……このブラットディアたちをどけてくれるかな」
スージアは視線をブラットディアたちに向けた。
「皆、元に戻って」
私はブラットディアたちを部屋の隅々に戻す。隠れきらない個体は外や窓の裏、天井など、隙間という隙間に隠れまくる。
「うぇ。この教室、ブラットディアだらけだったの……」
スージアは視線を隅々に向け、小さく震えていた。
ブラットディアを見つけたら一〇〇匹いると思えという。今、数万びきいたから、その一〇〇倍いる可能性がある。
私は個体数を把握しているわけじゃないので、どれだけの数が隠れているのか知らない。まあ、知らない方が幸せだ。
「あまり、考えすぎない方が良いよ。最悪、スージアの体を骨も残らず、食べつくすから」
「な、なんて、冗談をいうんだ。そ、そんなことができるわけないでしょ……」
「ブラットディアは鉄や魔物の肉、何でも食べます。スージアの体を食べつくすなんて造作もない。なにか、不穏な動きを取ったら、この世から抹消します」
「は、はは、こりゃ、どうしたものか……」
スージアは眼鏡をずらすほど頭を傾け、この先を考えているようだ。
でも、彼の行き着く先は私の手ゴマとして動く人形、又は仲間でしかない。
いつでも捨てられるのが犯罪者を扱えるいい点だ。改心してくれるのなら、捨てたりしないけど、罪を重ねるようなら容赦しない。
私はスージアの手首と足首についている糸を切った。
「はぁー、痛かった。もう、キララさん、その糸、切れなすぎるよ。どんな素材を使っているの?」
「これは……、いわない。いったら、対策されるから」
「えぇー、なにそれ。ずるいずるい。教えてよー。普通に植物から作ったの? それとも、何か動物の毛? はたまた、魔物が吐く糸とか?」
「さ、さぁー」
私はネアちゃんの糸の弱点が知られるとあり得ないほど不利になるので、出来る限りいわないようにする。
だが……。彼の眼鏡が光った。いや、目が光ったというべきだろうか。思考速度上昇を使ったらしい。
「いつつ……、でも、さっきより全然痛くない。キララさんのおかげだよね、ありがとう。あと、その糸は魔物が吐く糸から作ったんだね?」
「え……、な、なんで」
「仕草とか、瞳の動きとか、声色とかいろいろ思考した。魔物が吐く糸って僕が言った時に一番動揺した。その反応を見て、やっぱり魔物が吐く糸だって確信したよ。さて、どの魔物が吐く糸か調べようか」
「ちょ、ま、まって、喋るの禁止!」
「ロックアント、バタフライ、アラーネア、ワーム……」
「わーわーわーわーわーわーわー」
私は両手を耳に当て、スージアに背中を向ける。
――なんか、メンタリズムにあっているみたい。スージアはそう言う特技があるのか。じゃあ、思考速度上昇なんて使わせたら駄目じゃないか。
「なるほど、アラーネアの糸を使っているのか。そりゃあ、簡単に切れないね。でも、燃やせばすぐに切れるっぽい。いやー、よかったよかった。今度から捕まらなさそうだ」
スージアは私の肩に手を置き、勝ち誇ったかのような表情で歩いていく。
「『バインド』」
私はイラっとしたので、スージアの体を魔法で拘束する。
「ちょ……、もう、キララさんって案外短気?」
「スージアは案外面倒臭い人間なんだね」
「そんな、酷いよー。僕は普通の人間だよ」
スージアは陸に打ち上げられた鯉のように体を跳ねさせ『バインド』から逃れようとしていた。
ただ、私のバインドは結構強力なので、捕まってから抜け出すのは難しい。
「と言っても、僕はこっちにいるんだけどね」
スージアは私の背後にいた。
「え……」
「ふふふっ、ドス」
スージアは私の背中にナイフを突き刺したかのような音を呟きながら手を振り下ろす。背中に激痛が……、走りはしなかった。それどころか、特に当たっているわけじゃない。
「これは『ミラージュ』」
私が背後で見ていたスージアの姿は幻影だった。本体は今も床でピチピチと跳ねている。使い勝手がいい魔法と使用速度で、騙されてしまった。
「スージアって無詠唱魔法が得意なの? この前は出来ていないような様子だったけど」
「いや、普通に苦手だよ。今のは魔導書を使っただけ」
スージアは背中に魔導書を隠していた。その魔導書に触れ魔力を流し、魔法を発動したと思われる。魔導書を持っていれば、詠唱を省略できる場合があるのだ。
「つまり、その中に盗んだ魔導書があるんだね」
「あ……」
スージアは墓穴を掘ったといわんばかりに、ピチピチ跳ねながら逃げようとする。
「図書室に写本を返しに行くよ」
「ちょ、ちょちょちょっ……」
ベスパはスージアの体を持ち上げ、図書室までの道のりを飛ぶ。
図書室の近くまで来た頃、前の方から黒髪を靡かせた女性が走って来た。
私はスージアのバインドを解き、私の後方に立たせる。
「キララさん、スージアさん、大変なんです、写本が……、写本がどこかに消えてしまって……」
サキア嬢は膝に手を当て、息を荒らげさせながら呟く。
「そ、そうなんですか。それは大変ですね。私達も探しますよ」
私は苦し紛れの嘘をつき、サキア嬢と共に図書室に戻る。
魔術部と魔法部、薬草部などの部員たちが辺りをうろうろと歩いており、写本の行方を捜していた。
でも、一生見つからないだろう。なんせ、スージアが持っているのだ。
――今日は返しにくい状況だな。明日いきなり現れるのも変だし。
「えーっと、皆の写本なら僕が預かっています。全部書き終わっている品がほとんどだったので汚れるといけませんし、全部一カ所にまとめておきました」
スージアは眼鏡を掛け直したあと大きめの魔導書を持ち、開いた。
魔力を流すとテーブルの上に魔法陣が現れ、箱に入った写本が現れる。
「スージアさん、そんな魔法も使えるんだ~。すごいすごい~」
サキア嬢は両手を握りしめ、スージアの方を見ながら笑っていた。
彼女が諜報員という可能性がある以上、接触したくないが、いきなり距離を取るのも相手に何かしら悟られる可能性がある。
ここはいつも通り、普通に過ごすべきだ……。
多くの生徒が、自分が写本した魔導書を手に取り、安心したように続きを始めたり、本の強度を高めるための作業に入っていた。
「キララさんとスージアさん。珍しい組み合わせですね。図書室から出てなにしていたんですか?」
サキア嬢は私とスージアの顔を見合わせながら、質問してきた。
「いやー、スージアさんと話していると色々面白くて。スージアさんって博識で私の質問に沢山答えてくれて、さっきはブラットディアの話をしていたんです。学園のどこにブラットディアが隠れているかなんて探していたんですよ」
「えぇ~、私も一緒に行きたかったです。今度は私も誘ってくださいね。キララさんとスージアさんの二人だけで、楽しいことをするなんて、ずるいです」
サキア嬢はずっと笑顔だが、スージアを見る時はより一層満面の笑み。
私を見る時は憎悪が含まれた黒い瞳の作り笑顔だった。
さっきまで作り笑顔を見分けるのは難しかったが、感情が乱された今だとはっきりとわかった。
この笑顔が一体何の感情をはらんでいるのかわからない。
本当にただただ強い嫉妬心であったらいいのに、はたまた鬱陶しいという気持ちだろうか。
「あはは……、そうですね、今度からはサキアさんも誘いますね」
私は何も変わらぬいつも通りの笑顔を作り出し、サキア嬢を欺く。
どんな場面でもしっかりと笑顔が作れるのは私の精神力の高さと死地を何度も潜り抜けて来たから、前世の経験などがある。
目の前の者が犯罪者かもしれないという状況で完璧な笑顔が作れる人間はそうそういないはずだ。いたら、逆に怖い。私も今、平常心を保っているのが怖いもん。