仕事で楽したい
「え……、な、なにこれ。こんな数、どうなって」
スージアの足下から大量のブラットディアが上っていく。服や柔らかい皮膚にかぎ状の爪先を引っ掻けながらはい回る。
首まで、ブラットディアで真っ黒に染まった。
「ちょ、ちょっと。キララさん、ぼ、僕、何か悪いことしたかな。何もしていないでしょ。こ、この仕打ちはちょっと……」
「私の勘違いだったらすみません。謝ります。訊きますが、スージアさんはアクイグルの諜報員ですか?」
「……な、なんで、そうなるのさ。僕は普通の人間だよ。ルークス王国の魔法を身に付けたくて、やって来ただけにすぎない」
スージアは動揺しているのか、はたまた気持ちを整えているのか、私の目を見ながらはっきりと言う。
「本当ですか?」
私はスージアの頬に手を当てる。
「ほ、本当だよ……」
スージアの体の中の魔力が妙にざわついていた。
――嘘かな。つまり、スージアは諜報員の可能性が高い。
「はぁ、こういう時ってどうするのが正解なんですかね。ルークス王国を脅かす気はありますか?」
「そ、そんな気、あるわけないでしょ」
私の質問で体内はざわつかなかった。どうやら、ルークス王国を脅かす気は本当にないらしい。じゃあ、いったい何のために諜報員なんて。
「ぼ、僕は諜報員なんて大層な役割を持ってない。ルークス王国の魔法を沢山覚えてアクイグルに持って帰る。それが仕事……というか、命令というか」
「なるほど、それも一種の諜報活動と言えますね。ドラグニティ魔法学園が留学生を許可しているのだから、他国に魔法の情報が流れるのは問題ないと考えているはず。なんで、あんな回りくどいことを」
「そ、それは。その……」
スージアは視線を背け、押し黙る。
図書室は魔導書が沢山ある場所だ。多くの魔法を知れる。その場で諜報活動するのは別に間違っていないが、周りの者を眠らせる必要は無かったはずだ。
「なにか後ろめたいことをするために皆を眠らせたんですよね。いったい何したのかはっきりと教えてもらいましょうか。そうすれば、問題が発覚しても退学は免れるかもしれませんよ」
「う……、しゃ、写本された品を盗んでいた……」
スージアは自白した。どうやら、盗みまで働いていたらしい。犯罪しまくっているな。
「なるほど……。本物じゃなくて偽物の方を盗んでいたと。なぜ?」
「国に持ち帰って売り出すか、そのまま技術革新のために使われるか……」
「城塞都市アクイグルって発展していますよね? ルークス王国やプルウィウス連邦と肩を並べる大きな国だと思っているんですけど」
「そう見えるかもしれないけど、実際はそうでもない。魔法に関する発見はルークス王国の方が多いし、国力ならプルウィウス連邦の方が上、お金に関してはビースト共和国とどっこいどっこい。国が崩壊寸前の弱小国家だよ」
「えぇ、な、なぜ……」
「なぜ? 他国との情報を一切遮断してきたからに決まってるでしょ。バカな大人たちが自分達の国の情報を盗まれないように他の国と拘わりを切って来た。その結果がこのざまだ。対して賢くない者達が集まったところで、いい結果が生み出せるわけないだろ」
スージアは首を動かしてブラットディアたちを軽く払い落していた。
「つまり、自分達の情報は渡したくないけど、お前らの情報は渡せ、ということですか」
「簡単にいえばそうなるかな。魔法技術の発展のために最新の情報が入ってくるドラグニティ魔法学園で学び、国に持ち帰るのが僕の仕事。そんな面倒なことをするくらいなら、写本された魔導書を持ち帰った方が速いでしょ。無駄に疲れる仕事したくないんだよね」
スージアは溜息をつきながら、ペラペラと喋り出した。本当は喋る人間なのかもしれない。
「盗んだ魔導書はどこにあるんですか?」
「さぁ。どこにあるのかな。僕は知らないよ」
スージアはとても余裕ぶっこいており、魔導書を見つけられる訳がないとふんでいた。
「自白してくれた方が早いんだけど……」
「自白したら僕の仕事が増えちゃうし、気づかれなければ問題ないでしょ」
「犯罪に手を染めたら、また次の犯罪に手を出すんだよ。楽がしたいからって、物を盗むのは犯罪。親に教わらなかったの」
「バレなければいいんだよ。盗まれる方が悪いんだ。そういう国だからね、アクイグルは」
「へぇー、さすが崩壊寸前な国家だ。法律が機能していないんだね」
「法律なんてあってないようなものだよ。あの国に情報を持ち帰っても正しく使える者がどれだけ残っているかな?」
スージアは吹っ切れたのか、私に反論してくる。夕焼けの赤い光が部屋の中に差し込み、ブラットディアの黒い光沢をさらに助長していた。紫色の瞳と髪が夕日と交わって、赤色に見えてくる。
「スージアはこの先どうしたいの?」
「僕は仕事を楽にこなして国に帰ってお金をもらったあと悠々自適に暮らす予定」
「人生を楽に考えているね。いやー、羨ましい。私も悠々自適な生活がしたかった」
「キララさんって謎めいているんだよね。いったいどうしてドラグニティ魔法学園に君みたいな生徒がいるのか謎で仕方がない。僕の秘密を教えたんだから、君の秘密も教えてよ。そうじゃないと不公平じゃないか」
「犯罪者に教える筋合いはない」
「酷いな、犯罪者だなんて。まあ、バレてしまったから犯罪者になっているかもしれない」
「かもしれないじゃなくて、完全に犯罪者だからね」
「はいはい、すみませんでした。僕は犯罪者です。ちょっと、楽しようとおもって思わず手が出てしまいました」
スージアは開き直って自白していた。何とも清々しい奴だが、こんなにも簡単に自白してもいいのだろうか。
「あとで、サキアさんに胸を揉んでいたことを謝ってくださいね。あと魔導書を返してもらいます。そんなに魔法の技術を盗みたいなら、しっかりと覚えて帰ってください」
「キララさんってお人好し?」
「魔導書の写本を盗むなんて大した犯罪じゃないかなと思いまして。もっとすごい悪党はその程度じゃすみませんからね」
「本当に何者。いったい、どこから来て、なにしに来たの……」
「田舎から来て、ドラグニティ魔法学園の卒業資格を取りに来ました。なんなら青春を思いっきり謳歌しようと思っていたんですけど、なぜか、犯罪者を捕まえる羽目に……」
私はスージアの口の中にディアを入れ込もうとするが、彼は口を閉ざす。なら、鼻の穴、耳の穴にブラットディアたちを突っ込んでいこうとする。
「ちょ、やめ、な、なんで、こんなことに……」
「スージアが仕事をさぼろうとしたからでしょ。サボろうとしたら、その分、つけが回ってくるのが仕事の世界。仕事中に適度に休むならいいけど、全てを覆すほどのサボりは逆効果。思考速度上昇のスキルを持っているのなら、普通に勉強していた方が、仕事が早く済んだのに。もったいない」
「あ、頭が痛くなるんだから仕方ないだろ。ほんと、スキルを使うと頭痛が酷いんだ……」
スージアはスキルを使って見せた。眼鏡のグラスが光を反射させ、真っ白になっている。もう、事件が発生しそうな雰囲気がぷんぷんしていた。
「うぐぐううああああああああああああああああああああああああっ!」
スージアは思っている以上に苦しみ出した。思考速度を上昇させるだけで、その叫び声をあげる必要があるの。脳が焼かれているんじゃないかと思うほどの大きな叫び声で、私は身をたじろがせる。
「べ、ベスパ、何が起こっているのかな……」
「スキルを使用してここまでの障害が出るなんて初めて見ました。相当強力なスキルなのかもしれません。頭への損傷が大きい可能性もあります。すぐに止めた方が良いでしょう」
「わ、わかった。とりあえず、スージアの体の中に流れている魔力を調べて」
「了解です」
ベスパはスージアの首筋にお尻の針を刺し、魔力を吸い取る。
「体内に微量の魔造ウトサの反応を感知しました。通常の魔造ウトサです」
ベスパは針を抜き取り、スージアの魔力を調べ上げていた。
「スージアの体の中に魔造ウトサが含まれていたなんて。そりゃあ、とげとげが含まれている魔力を使ったら頭が痛くなるに決まってるよ」
魔法を使う時の魔力の質は人それぞれだが、私はどんな人にも合致しやすい自然に近い魔力の質を持っている。
ただ、魔造ウトサは魔力の中に含まれると、尿酸のように固まり、尿路結石の如く体の中をズタボロにする。
まあ、感覚の話だけど。
たとえ少量だとしても、脳内に魔力が流れるのだとしたら、相当痛い頭痛のはずだ。もとから、頭痛を伴うスキルだったからか、魔造ウトサの反応にも気づかなかった、あるいは魔造ウトサに耐性を持っていたから、頭痛だけの症状ですんでいた。その可能性は大いにありうる。
でも、スージアの体の中に魔造ウトサが含まれているということにフルーファが気づかなかったのはなぜだろうか。超微量だったから、はたまた、スージアの体から魔造ウトサのにおいを感知することが難しい体質なのか。
疑問は残るが、苦しんでいる者を放っておくわけにはいかない。
「ベスパ、スージアの体の中に入っている魔造ウトサを吸い取って」
「了解しました!」
ベスパは針から魔力を自分の体の中に移し、魔造ウトサを吸い取っていく。魔造ウトサの量はそこまで多くなかったのか、顔色や体調が悪くなっていない。それでも危険なので、ブラットディアたちにベスパを食べてもらった。
「う、うぅん。あ、頭が、わ、われ、て、いない。なんか、すっきりした気分。どうなっているんだ?」
スージアは目を開け、ぱちくりと瞬きした。大きな紫色の瞳を潤わせ、頭痛から解放されている。
頭痛は辛いので、私も頭痛薬を飲みたいと思うことが何度もあるが、そんな品があるわけない。まあ、今の私は頭痛持ちじゃないから問題ないけど頭痛持ちの気持ちはよくわかる。