サボり魔
「パットさん、何か悩みでもあるんですか?」
「え。いや、別に。大した悩みじゃないんだけどね……」
パットさんは視線をそらし、フォークを置く。
「部活でいい結果がなかなかでなくてさ。ゲンナイ先生からもっと自信を持てと言われているんだけど、持てるわけがない。だって平々凡々な私じゃ、なにをしたって平々凡々。なんで、私が剣術部の部長で寮長しているのかわからないよ」
パットさんは自分の平凡さが嫌いらしい。でも、平凡とはそこまで自信を失う理由になるだろうか。
「平凡ってすごいことですよ。誰から見ても平凡に見えるということは、それだけそつなくこなしているということです。何でもこなせてしまう能力がある証拠。凄いと思いますけど、なにが不満なんですか?」
「だ、だって、平凡じゃ目立たないし、大した活躍も出来ないし。リーファ生徒会長は何しても完璧で荒を探す方が難しいし、モクルもおおざっぱに見えて力が強く頭がそこはかとなく良いから優秀なの。私は平凡でつまらない人生を送っている。それでいいのかなって……」
「平凡な生活の方が波乱万丈な人生より幸せだと思いますけどね。だって平凡なら何か少しでも意識を高めれば大きな結果につながるかもしれないじゃありませんか。波乱万丈の下がりがないぶん、良い生活になるはずです」
「なにか意識を高める……」
「部活動とか、寮長の仕事とか、出来る限り頑張ってください。平凡だと感じるのは自分が本気を出していない証拠だと思います。だって、本気で歯を食いしばってやったことが平凡だと感じるのなら、力を抜いているだけの情けない人間ですよ」
「う……、さ、刺さる……」
パットさんは胸に手を当てて背中を丸めた。
「手を抜いて平凡になるのなら、本気でしたらどれだけ凄い結果が出るのか、楽しみですね。ぜひとも主席で卒業してください」
「そ、そんな無茶な……」
パットさんは何でもこなせる性格なのか、普通に生活して中間の成績なのだという。なら、全部本気ですれば、上位に食い込めるんじゃ。
余裕がある生活というのも手放すのは惜しいが、平凡が嫌だというのなら全部本気でやるしかない。
「とりあえず、剣術部の訓練にいかないとな。はぁ、一年生に負けたらやだな……」
「今年の一年生はどうですか?」
「そうだね、飛びぬけて優秀な男子が二人いて、私じゃ手に負えないかもしれない」
とびぬけて優秀な男子が二人。なるほど、私の知り合いの可能性がある。
一人はサボり魔で、もう一人は努力しまくっている人間だから、化け物じゃない。
「負けから学べることも沢山ありますし、勝てる可能性だってあるのに不安を抱いていたら本来の力を発揮できませんよ。パットさんはドラグニティ魔法学園で三年生に上がれた生徒なんですから、自信を持ってください。って、よくいわれるんでしょうね」
「その通り……」
パットさんは苦笑しながら、左腰に掛けた剣の鞘を握り、立ち上がる。
「じゃあ、キララちゃん。部活に行ってくるよ。剣術に興味があるなら剣術部に顔を出してね」
ポニーテールを靡かせながら冒険者女子寮を出ていく。
食事時が終わると周りの生徒達がほとんどいなくなっていた。部活動に行ったと思われる。残っていたのは私だけ。
「えぇ、皆、部活動を決めるの早すぎない?」
「入学してから、すでに八日経とうとしていますし、すでに入ろうと思っていた部活が決まっている者がほとんどだったんじゃないですかね」
ベスパは私の頭上をブンブン飛び回り、眠気を冷ましていた。
「はぁ、昼の二〇分の昼寝といきますか」
私は眠気を感じ、無理に活動せず自分の部屋に戻る。部屋の中にすでに昼寝しているフルーファの姿を見つけた。床に落ちている大きなぬいぐるみに抱き着くようにフルーファにくっ付いて、枕にしてやる。
「うぅん、重い……」
「はぃ?」
「……か、軽いなぁ」
フルーファはぼそっと呟き直した。
「よろしい」
私はフルーファのお腹に頭を乗せ、床で昼寝した。気温はざっと二三度。快適な温度と湿度で、眠気が勝手に増幅される。フルーファのお日様のにおいをふんだんに嗅ぎながら意識を飛ばした。
いつもの私なら昼寝して半日眠り続けているところだが、今日は一二時三〇分から眠り始め、起き明けに懐中時計を見ると一二時五八分だった。
どうも二八分ほどで起きられたらしい。やはり仕事で疲れているわけではないので、三〇分程度の昼寝で十分起きられるようだ。
「ふぐぐぐぐぐぐぐ~、復活~」
私は背中を目一杯伸ばし、血流を促進させる。
フルーファは未だに死んだように眠っており、心地よさそうだ。無理に起こす必要もないため、そのままにしておく。
「キララ様、この後はどうする予定ですか?」
「そうだね……。とりあえず、散歩かな」
散歩という言葉を呟いた途端、フルーファの耳がピクッと動き、尻尾が動き始める。すぐに立ち上がると、私の足の周りを回り出した。
「私と散歩したいの?」
「別に、そういう訳じゃないけど……」
フルーファは視線をそらした。
「ほんとに~? じゃあ、散歩に連れて行かないよ」
「……嘘です、めっちゃ行きたいです」
「よろしい」
私はフルーファの首にリードを付け、昼の散歩に向かう。といっても、フルーファを移動手段に使うのだけどね。
少し大きくしたフルーファの背中に乗り、広いドラグニティ魔法学園の中を駆けまわる。
大半の生徒が休みに部活動をおこなっているという。まあ、講義がない時はすることもないし暇な者が多いのだろう。
王都なのだから遊びに行ける場所は沢山あるが、危険の方が大きいのかな。
そう考えると、貴族もなかなか厳しい生活を余儀なくされている。
私みたいな平民の方が行ったり来たり出来て案外楽なのかもしれない。
「はあああっ!」
「ふっ!」
少々気になったので、パットさんがいる第一闘技場にやって来た。別に観客席で部活を見るのは無料なので、暇つぶしに丁度いい。
フルーファも今朝、パーズと戦ったので、剣術に多少なりとも興味があるようだ。
丁度、パットさんとパーズが剣をまじ合わせていた。本番形式の戦いなのかな。
パットさんの覇気はうだうだいっていた姿と全くの別人で、歴戦の猛者とまではいかないが、訓練を続けてきた者だけが得られる強者感を放っている。
対するパーズも訓練量だけなら、誰にも負けないと断言できそうなくらい訓練しているはずなので、周りの生徒達も目を見張るほど激しい打ち合いになっている。
私の裸眼じゃ何が起こっているのか判断できないので、ビー達を使って解析速度を上げ、情報の処理を施した。
「えぇ、あんなに何度も剣の打ち合いが起こっていたの。早すぎてわからなかった」
一秒の内に八回打ち合い、離れ、相手の隙を見計らいもう一度攻撃するという強者の戦いが繰り広げられている。
――パーズは今まで手加減していたのかな。いや、対人が得意なんだ。
私はパーズとパットさんの戦いをじーっと見ていた。見ることも訓練の内だとバレルさんに教えてもらった。単純にスポーツ観戦しているようで楽しかった。
剣道の試合を見ているかのような感覚。激しく鳴り響く木剣の衝突音が眠気を容易く吹き飛ばしてくれる。
私が集中していると、隣に何かが座る。
「いやー、あんなに剣術に本気になれるなんてすごいよな~」
橙色髪を風になびかせ、汗一つ掻いていない肌を曝しているライアンがいた。
「ライアン。剣術部に入ったんじゃないの?」
「ああ、剣術部に入ったぜ。でも、本気でやる気はない。ただ入っただけだ。良い暇つぶしになるかなーと思っていたんだが、皆本気でサボれる空気じゃなくてさー」
ライアンは後頭部に手を当て、完全にサボっていた。キースさんからもサボり癖を注意されていたのに、すでに面倒な訓練から逃げている。
「ライアンって訓練が嫌いなの?」
「周りの空気感が嫌なんだよなー。努力すれば強くなれる、努力しているんだから俺は強いみたいな。違うんだよなー。強い奴は元から強いんだよ」
ライアンは何か悟っている様子だった。
「つまり、自分は強い者だから、サボってもいいと?」
「いいや、そんなこと一切思っていないぜ。俺は天才だが、普通に自覚してサボっている。サボるって気持ちいいんだよな~」
ライアンは両手を持ち上げた。
「努力している者達を周りから見るって、今まであそこにいた圧迫感から解放された気分になれるんだ。そうすると冷静にもごとが見られる」
「なにがしたいのか、理解できないんだけど」
「んー、俺はいろんな視点から物事を見たいんだよ。ずっと前だけ見ていたら、周りが見えないだろ。一歩引いて、脇道にそれて、反対側から、と言う具合にさ」
「それでどうなるの……」
「超サボれる」
「サボりたいだけの言い訳かい!」
「その通り!」
ライアンは私の声に被せるように声を荒らげた。
「はぁ、究極のサボり魔だね」
「俺もそう思う。楽な方に流れている気もするが、俺は構わない。近くじゃ見れなかった景色が遠回りして見られると思うと楽しいじゃないか」
「寄り道したくなる性格なの?」
「なかなかわかってるじゃないか。キララだって、部活をじっくり見て入る場所を決めようとしているだろ。それと同じだ」
「じゃあ、ライアンはなんで、剣術部に入ったの」
「パーズが一人じゃ怖いっていうから仕方なくな。あいつ、何も心配いらないのに、未だにビビっているんだよな。俺なんかとっくに追い越しているのに、未だに格下と思ってやがる。ほんと、ムカつくやろうだ」
パーズは頬に手を当て、握り拳を作っていた。どこかしら、やる気が溢れて見えるのはなぜだろうか。ライアンの言動から考えると、パーズの弱点を探しているようにしか聞こえない。
「ライアンはパーズに勝ちたいんだね」
「…………な、何のことかな」
ライアンは視線をわかりやすくそらした。