雑用が得意
「はぁ……、酷い目にあいました」
体を叩かれまくっていたベスパは私の頭上に戻ってくる。
「相当嫌われていたね」
「つまり、キララ様も嫌われているということ」
「えぇ。そ、そうなの?」
「私はキララ様の分身体のような存在。相手のバタフライは自然界に存在している個体ですが、サキア嬢と意思疎通ができる関係にあるはずです。無意識に敵意や嫉妬心などを抱かれている可能性があります」
「同じ教室の者にもう嫌われていたとは。あまり拘わらない方が良いのかもしれない。あの笑顔と社交的な性格の裏は腹黒いのかな……」
私は改めて女の恐ろしさを垣間見た気がした。出来るだけ近づかないようにして情報を集めないと。
学者女子寮を後にして自分の部屋がある冒険者女子寮に戻って来た。
時刻は午前七時頃。まだ朝早い時間だ。訓練してから朝食を取って軽く勉強。そうしているうちに午前一〇時になってしまった。やはり、集中していると時間がすぐに流れてしまう。
「キララさん、ちょっといいかな?」
扉が叩かれて部屋に入って来たのは乳が立派なモクルさんだった。
「どうかしましたか?」
「自然委員の仕事をしようと思うんだけど、用事はない?」
「はい、問題ありません」
私は椅子から降りてモクルさんの前に向かう。
「ムニャムニャ……」
右端のベッドに寝転がっているミーナは未だに夢の中にいた。
「ミーナ、午後一時から部活があるから、それまでには起きるんだよ」
「ふわぁ~い……」
ミーナはモクルさんの声を聴き、返事していた。本当は起きているのかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
モクルさんと私は冒険者女子寮を出て第一闘技場にやって来た。
「ここの周りの雑草を取っていくよ。ものすごく広いから、サクサク抜いて行こう」
「わかりました。抜いた雑草はどうしますか?」
「麻袋に入れてゴミ捨て場に持っていくよ。まあ、昼まで続けるとして終わればいいけど」
モクルさんは、巨大な第一闘技場を見回していた。
「安心してください。八〇秒もあれば終わります」
モクルさんは「ん?」と呟き、目を丸くしながら首をかしげている。
「ベスパ、ディア、よろしく」
「了解です!」
「一杯食べますっ!」
ベスパは光り、他のビー達を呼び寄せて大量の雑草を根っこから引っこ抜いていった。その雑草をディア達ブラットディアがむしゃむしゃと食べて袋に詰める行為すらなくす。
「…………」
モクルさんは何が起こっているのか理解できていない様子で、口をぽかーんと開けた状態のまま、固まっていた。
ざっと八〇秒もすれば、第一闘技場の周りにぼうぼうに生えていた雑草は綺麗さっぱりなくなった。
「終わりました。次の場所に行きましょう」
「え、あ、ああ。そうだね……」
モクルさんは意識を取り戻し、私の方を見ながら歩き出す。
第二闘技場、第三闘技場という具合に回っていき、ベスパとディアの力を借りて雑草を除去していく。一時間も経たないうちに一ヶ月以上かけておこなう範囲を終わらせた。
「ま、まじか……」
モクルさんは笑い顔が生まれ、尻尾と耳がピコピコと動きまくっている。
「モクルさん、園舎周りの雑草も抜きましょうか」
「お、お願いできるの?」
「余裕です。私、雑用がべらぼうに得意なんですよ」
私はベスパとディアに頼み、園舎の周りに生えている無駄な雑草を引っこ抜き、綺麗な花が咲いている個体だけを残して整えた。すると、園舎が見違えるように綺麗になり、絵画にしたいくらいの雰囲気が醸し出される。
「す、すっごぉ。わ、私、何もしていないのに」
「私は自然委員に向いているようです。モクルさんのしたいことを優先してもらっても構いません」
「ええ……。ほ、本当にいいの?」
「部長と委員長を掛け持ちするのはですよね。部活に行きたくてうずうずしているように見えますし、三年生にとったら部活は最後なわけですから、やりつくしたいですよね」
「うぅ……、キララさん、ありがとう~っ!」
モクルさんは私にむっぎゅ~っと抱き着いてきた。巨大な乳に顔が埋まり、息が出来ない。
「まさか、自然委員になって時間が出来るとは思わなかったよ。本当にありがとう。えっとえっと、今日はもう十分だ!」
モクルさんは私を放し、ドスドスと重たい足音を鳴らしながら寮まで走って行った。
「乳圧で死ぬところだった……」
私は懐中時計を開き、時間を見る。時刻は午後一二時。まあまあいい時間だ。
「昼食を得て、昼寝して部活を見に行って夕食っていう流れかな……」
「仕事がないと、ずいぶんサボっているように見えますね」
「なんでそうなるの。えっと、ウルフィリアギルドの仕事の方は大丈夫?」
「クレアさんがしっかりとこなしてくれています。仕事の量も日に日に増えているようですよ。私達に掛かればどうってことありませんが」
ベスパは前髪をかきあげ、翅を鳴らしながら報告してくれた。
「ならよかった。クレアさんに感謝の手紙でも書こうかな」
私はルドラさんの奥さんで友達のクレアさんに仕事お疲れ様と簡単な手紙を送る。
休みの日くらい、顔を出してもいいかもな。ウルフィリアギルドのギルドマスターであるキアズさんにも顔を出したいし、明日にでも一度見せに行くか。
私はいったん冒険者女子寮に戻り、昼食を得るために食堂に入った。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐっ!」
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐっ!」
ミーナとメロアが大量の料理を貪り食っていた。焼かれた肉、野菜炒め、温かいスープ、焼き立てのパンという料理内容で、八人前はありそうだ。
「た、食べすぎ……」
「ううん、全然。これくらい食べないと部活で倒れちゃう」
「そうそう。沢山食べて沢山動けばそれだけ強くなれるから」
ミーナとメロアは周りの目もはばからず、大量に食べ進める。お腹がパンパンになっても動けばすぐに消化されるのだろう。
食べ物は魔力に変わる。そのため、食べ物を得ないと体の動きが鈍るのだ。
私は虫達が勝手に食べて魔力を送ってくるので長時間食べなくても問題ないが、お腹は減る。便利なのか不便なのかわからない体だ。
「よし、ミーナ、メロア。一緒に部活を頑張るぞ!」
同じく大量の料理を食べていたモクルさんは立ち上がって二名の前に姿を現した。
「はいっ!」
ミーナとメロアはモクルさんの後を追い部活に向かう。
「元気だなぁ……」
「ほんと、女としての意識があるのかしら」
愚痴を言っていたのはたてがみロールが大変綺麗なローティア嬢だった。
「元気な女の子は健康的なので、男子からモテやすいかもしれませんよ」
「なにいっているの。お淑やかな女の方が男から好かれるに決まっていますわ」
ローティア嬢は皿にナイフやフォークを当ててカチンッという金属音を一切鳴らすことなく食事をとっていた。あまりにも優雅でマネできそうにない。
「男子にもいろいろな好みがありますし……」
「あのレオン王子もメロアさんと言う野蛮な女が好みのようですし、いちがいには否定できませんわ。でも、皆が求めている女の印象はわたくしのような完璧な淑女ですわ」
ローティア嬢は鼻高々に胸を張り、口角をぐっと上げていた。女性から嫌われそうな印象があるが、全くの逆で物凄く好かれていた。
「あなた、服装がなっていないわね。休日だからって気を抜いていい所と駄目な所があるでしょ」
「す、すみません」
「そこのあなたも、化粧が乱れていますわ。細部までこだわらないとわかる人にはわかるのよ。そんなところで手を抜いていたら、男も振り向いてくれませんわ」
「は、はい。直してきますっ!」
ローティア嬢はファッションリーダー的な存在になっており、冒険者女子寮のガサツな女子達から大変好感を得ていた。
もちろん、ウザがっている女子もいるが相手の雰囲気を察し、指摘する時としない時を瞬間的に見極めている。その観察眼はずっと磨いてきたのだろう。
「はぁー、私、ローティアさんに罵られても嫌いになれそうにありません」
「あら、村娘は言葉で罵られるのが好きなのかしら?」
「そ、そういうわけじゃありませんよ」
「化粧せず、ダサい運動着を着ているのに何でそんな纏まっているように見えるのかしら。不愉快ね。胸がぺったんこなのに全身から溢れる魅力のせいでどうでもいいくらいですわ」
ローティア嬢は相手を罵るのが苦手なのか、はたまた、罵っているようで褒めてくれているのか、どちらかわからないが、良い子なのは間違いない。
「ローティアさんは本当に優しいですよね。私、ローティアさんと友達になれて本当に幸運です」
「な、なにを言っているのかしら、この村娘は。そ、そんなこと言ってもお菓子はちょっとしかあげないわよ」
ローティア嬢は食べていたケーキの一部を切り、皿に移して私のもとに置いてきた。
――やべぇ、この子、可愛すぎる。
私はローティア嬢の不器用な愛情がたまらなく好きだった。罵られても不器用な褒め言葉ととらえれば、全然辛くないし、逆に嬉しいまである。
きっと他の女子も同じように考えているんだろうな。逆に男子からしてみたら、口が悪い女と思われているかも。
「ふぅ、さて、わたくしも部活に行くとしますわ」
ローティア嬢は食事を終え、ドレスを着たまま食堂を出ようとしていた。
「ローティアさん、そのまま乗バートンする気ですか?」
「当たり前でしょ。乗バートンは本来、このようなドレスを着て乗るのが正しい作法ですわ。運動着なんて着て本気が出せるかしら? 練習から常に本番の意識を持たなければ良い結果を出すなんて不可能ですわ」
「何という本気度……」
ローティア嬢は長い金色のたてがみロールを手でなびかせ、花のにおいを食堂にバラまいた後、冒険者女子寮を出て行った。
「はぁー、何というか、お嬢様って感じ……」
冒険者女子寮の寮長であるパットさんはローティア嬢の姿を見て、溜息をついていた。同じ貴族としての違いを見せつけられているのか、全身から負の雰囲気があふれ出ている。