疑いたくない
「やっぱり太っているよ。魔力の食べすぎなんじゃない。昼食から抜こうか」
「えぇ、俺の唯一の楽しみなのに、それだけは勘弁してくれよ~」
フルーファは私の体の周りを回り、擦り寄って、おねだりしてくる。だが、太りすぎは万病のもとなので、あまり乗り気がしない。
「毎日運動するなら、許してあげる。ちゃんと動くように。わかった?」
「わかった」
フルーファはお腹を見せ、尻尾を振りまくっていた。お腹を撫で、ぞんぶんに可愛がる。どことなく親玉に似てきたするのは魔物が成長したからだろうか。
まあ、長い間生き残っている個体は長になりやすい。ゴリラだって、年長者が群れの頭になる。象だって年上のメスが頭になる。フルーファもすでに親玉格ってことなのだろうか。
「か、体が震える……」
パーズは未だに寝ころんだままだった。
「パーズ、大丈夫?」
「だ、大丈夫なのかな。もし、フルーファが飼いならされていない魔物だったら、僕は食い殺されている。そう思ったら、震えが……」
パーズは大して寒くないのに、小刻みに震えていた。軽いトラウマになってしまったのだろうか。
「パーズ、安心して。フルーファは凄く強い魔物の部類に入るから」
フルーファは頭が良いし、大きいし、力もある。普通の魔物とは違う。
こういう個体もどこかにいるから、油断は駄目だ。
「私も戦える状態だったら、背後から魔法を放たれていたかもしれない。本番を想定した戦いの練習も必要だね」
「魔物と戦う経験が浅いから、剣を当てるのも下手だった。奢りもあったかな。やっぱり、僕は凡人だ。ライアンならうまく立ち回れたはず」
パーズは上半身を起こし、ため息をついていた。確かに、頭の回転が速いライアンならフルーファに攻撃を当てることも可能だったかもしれない。でも、結果はわからない。
「パーズも凄くよく動けていたよ。やっぱり、訓練して動けば動くだけ……」
パーズは目を瞑り、軽く眠っていた。スキルが発動し、一分もしないうちに目を覚ます。
「ふぅ、ありがとうキララさん。これで、今までの動きは覚えられた」
「え……」
パーズはすぐに立ち上がる。
「さあ、もう一戦しようっ!」
パーズは戦いが好きなようで、先ほどは一回と言っていたのに、お替りを要求してきた。
「俺、帰っていいかな……」
フルーファは苦笑いを浮かべながら、身を引いている。
「うーん、とことんやったらいいんじゃないかな」
「ありがとう。じゃあ、フルーファ、行くよっ!」
「くぅ、俺の言い分を聞いてくれないのかよ」
「あとで、沢山ブラッシングしてあげるから、頑張れ~」
「くぅぅぅぅぅうう……」
フルーファとパーズの訓練は一時間ほど続いた。
その間に私は剣を振るって日頃の訓練をこなす。気が散らないようにしていたので、どうなったのかわからないが、剣を振るのを止めるとフルーファの体から魔力を溢れていた。
「さっきまでと動きが違うんだよな……」
「こいつ、剣が当たるようになったな……」
パーズとフルーファは体がボロボロになっており、長い間戦っていたのが見て取れる。
どちらも簡単に死なないため、少々たかが外れているようだった。このまま、放っておけばどちらかが動けなくなるまで戦い続けそうな勢いだ。
「えっと、そのくらいにしておいた方が良いよ。あまり戦い過ぎると体に酷だから」
「確かに。これ以上戦ったら怪我しそうだ」
「はぁ、やっと終わりか……」
パーズとフルーファは肩の力を抜く。
私はその瞬間を狙い、無詠唱で『ファイア』を放つ。
「くっ!」
両者共に『ファイア』を食らい、吹っ飛んだ。地面を何度も転がり、滑りながら停止。
「どんな時にも油断は禁物だよ。可愛い声で相手の力を抜かせて無詠唱で魔法を放ってくる女の子もいるからね」
「はは、そんな子は一人しか知らないよ。でも、その通りすぎて恥ずかしい……」
「うぅ、容赦ない」
「ごめん、パーズ。同級生の身として死んでほしくないからきつく当たった」
私はパーズの体に魔力を流し、体を活性化させて癒す。
そのまま手を掴んで立ち上がらせる。
「いや、キララさんは謝る必要ないよ。逆に、あんな綺麗な不意打ちを食らえて凄く幸運だ」
パーズは良い子で、私に笑顔を向けてくる。何とも無垢で青少年と言う言葉がぴったりだ。
「フルーファ、さっさと立って」
「うぅ、俺にだけ厳しすぎないか……」
フルーファは身を縮め、体を持ち上げる。
「厳しくしているつもりはないよ。だって、私と繋がっているんだから、魔力が送られてくるでしょ」
「まぁ、そうだけどさ。ごめんね、フルーファ。痛かった? あぁー、よしよし、ちゅ~。くらいしてくれてもいいじゃないか……」
「そんな子供みたいなこといわないの。もう、大人も同然でしょ」
私はフルーファのもとに歩いていく。そのまま、頭を撫でた。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
「くぅ~ん」
フルーファは私に擦り寄って甘えてくる。ほんと、甘えん坊だ。
「よしよし、ご褒美のチュー」
私も甘い飼い主なのか、フルーファの頬にチュッとキスしてあげる。すると、のたうちまわっていた。嬉しいのか辛いのかわからない。
「キララさんと魔物の関係ってすごいね。なんで懐いているの?」
「この子に私から色々なものを与えているから、その代わりに私のいうことを聴いてもらえるんだよ。賢い魔物限定だけど、理解してもらえれば、他の動物みたいに飼える。まあ、お勧めしないけどね」
「お、お勧めされてもする気が起きないよ……」
私はパーズと離れ、学者寮付近に向かった。すると、学者女子寮の裏庭で魔法を練習しているサキア嬢がいた。
黒髪を靡かせながら、バタフライと共に優雅なひと時を過ごしているかと思えば、汗水たらしながら魔力を練り込んで無詠唱魔法の特訓中だ。
「サキアさん、おはようございます」
「ああ、キララさん。おはようございます。えっと、角が生えた狼の散歩ですか?」
「まあ、そう思ってもらっても構いません。サキアさんは魔法の練習ですか?」
「そうです。試験で失敗しても努力していれば単位が貰えると思ったので、努力だけはしておこうと。あわよくば、無詠唱で魔法が使えるようになればいいなって」
サキア嬢は手を震わせていた。魔力操作のし過ぎて体が疲れていると思われる。普段しないような動きをさせると、体が拒否反応を起こすのだ。
「少しずつ少しずつが肝心ですよ。あと、魔法陣を脳内で完璧に想像できるくらいまで術式を理解しないと難しいかもしれません」
「魔法陣を暗記……」
「初級魔法でも、魔法陣はありますよね。その内容を頭の中で完璧に理解しているのと理解していないのとでは無詠唱の成功率は全然違います。風属性魔法なら、どうやって風を起こしているのか理解する必要があるということです」
「なるほど。じゃあ『ウィンド』を使う時は魔力でどのように風を起こすのか理解していないと難しい訳ですか」
「そうです。『ウィンド』ならバタフライの翅で仰いで起こす方法もあれば、周りの空気を巻き込んで吐き出す方法もある。肺に溜めて吐き出すことだって風を起こす方法なら考えられます。どのようにするのが一番簡単なのか、想像できますか?」
「そりゃあ、バタフライの翅で風を起こす方法が一番想像しやすいですかね……」
「なら、その方法を意識しながら『ウィンド』の魔法陣を脳内で想像し、魔力を練ってください。始めは難しくても無意識で出来るくらいまで訓練すれば、明らかに早くなるはずです」
「む、難しいですね。キララさんはそこまで言われるのだから、無詠唱が出来るんですよね?」
「まあ、初級魔法なら。でも、慣れもありますからサキアさんも何度も思考していればすぐに慣れますよ。一朝一夕で身に付く技術じゃないので、毎日練習してくださいね」
「え、ええ。もちろん。えっと、キララさんはどの部活にするか決めましたか?」
「いや、まだ決めていません。今度、室内で行われている部活を見にいこうと思っています。逆に、サキアさんは何の部活に入るか決めましたか?」
「私は魔術部に入る予定です」
「魔術部……。魔術を研究するような部活ですか?」
「はい。魔法もいいですけど、魔術も捨てがたいので……」
サキア嬢は微笑み、黒い髪を耳に掛けながら話していた。
「サキアさんが魔術部に入るということは、スージアも魔術部に入るということですか?」
「よくわかりましたね。そうです。スージアさんも魔術部に入るようですよ」
「サキアさんはスージアさんとずっと一緒にいますよね。城塞都市アクアテルムとシーミウ国ってそんなに仲が良いんですか?」
「別に国は関係ありませんよ。私とスージアさんはたまたま話が合うだけです。相手は少々捻くれていますけどね……」
サキア嬢は、長い黒髪を弄っていた。
――サキア嬢が諜報員だとしたら、いったい何の情報を手に入れようとしているんだろうか。スージアもああ見えて凄腕の諜報員だったりするのかな。同級生を疑うなんてしたくないけど、せざるを得ない。
「今日も部活動があるので、キララさんも参加しますか?」
「い、いえ、遠慮しておきます。まずは見学してから考えさせてもらいますね」
私はサキア嬢から距離を取り、頭上をヒラヒラと舞っているバタフライの位置を把握。
「いで、いで、いで、いで……」
飛んできたベスパの体を大きな翅でバシバシと叩きながら喧嘩を吹っ掛けていた。何とも喧嘩っ早い生き物だな。
「じゃあ、無詠唱魔法の練習、頑張ってください。私はもういきますね」
「はい。時間があれば、魔術部の見学にぜひ来てくださいね~」
サキア嬢は私に手を振り、見送ってくれた。