反面教師
「キララさんは無理しなくてもよかったのに」
「いえ、掃除は得意なので」
私はブラットディアたちにごみ処理させた。八分もすれば、綺麗な厩舎に早変わりだ。
「魔法も使っていないのに、地面が綺麗になっている……」
「私にかかれば簡単な仕事ですよ。時間短縮出来ましたし、早く寮に戻りましょう」
「いや、バートン達の体調も調べないと」
マルティさんは相当バートンが好きらしい。村にいるカイト君といい勝負なんじゃないだろうか。
バートンに関係する仕事に付けば天職なんだろうが、家が、商人だから商人の道に行くのかな。バートンばかりに構っていたら、いつかリーファさんが嫉妬で狂っちゃうかも。
「ほどほどにしないと、リーファさんが怒っちゃいますよ」
「た、確かに。でも、バートン達が病気になったら嫌だし、辛い思いをさせたくない……」
マルティさんは本当に心が綺麗なんだな。そこまでバートンに優しく出来る者は中々いないよ。自分の相棒ならまだしも、他人のバートンにまで気を配れるなんて、才能だ。
「じゃあ、私のスキルで調べます」
――ベスパ、体調が悪いバートンを探してくれる。
「了解しました」
ベスパはブーンと飛び回り、バートン達の体温や魔力の流れ具合、話し掛けての反応などを見て体調の善し悪しを判断していた。
「キララ様、体調が悪い個体が八頭いました」
「ありがとう」
ビーが八頭にくっ付いており、どこにいるかすぐにわかった。
「マルティさん、今から体調が悪いバートンを治します。ブラッシングしてあげてください」
「わ、わかった」
私とマルティさんは八頭のバートンを治療した。まあ、治療といっても、私の魔力とライトが作った特効薬をふくませた水を飲ませるだけだ。
内臓機能が低下していたり、疲れに良く効く。外傷もちゃんと治るので、ものすごく効果が高い。
「ブルルルっ~」
八頭のバートン達は皆、元気になった。腐った水でも飲んで、内臓機能が低下していたと思われる。
「よし、じゃあ、マルティさん。これで十分ですよね?」
「本当は皆にブラッシングしてあげたいけど……、時間がないから今日はもう、帰ろう」
私は内心、ほっとした。心が顔に出ないよう、笑顔を作る。
「じゃあ、お疲れ様でした。また、顔を出しますね」
「うん、一緒に頑張ろう」
マルティさんは眼鏡を一度外し、笑顔を見せた。リーファさんと並んでも見劣りしない、イケメン具合。
イケメンだからって自慢してくるわけでもなく、眼鏡のレンズを拭いて掛け直した。
「キララさん、寮まで送ろうか?」
「はぁ……、そういうのはリーファさんにしてあげてくださいよ」
「そ、そんなことしたら、よからぬ噂がたてられてしまうじゃないか」
「確かに」
私はマルティさんの護衛をやんわりと断り、一人で冒険者女子寮まで戻った。
「はぁー、疲れた疲れた……」
冒険者女子寮に戻ってから手洗い場で手洗いうがいを済ませ、食堂に向かう。
「かぁあ~っ、うめぇえ~!」
真っ赤な髪が靡くほど体を動かし、エールジョッキをテーブルに叩きつけていたのは寮監督のフェニル先生だった。
「フェニル先生、生徒の前でお酒を飲むのは」
パットさんがフェニル先生のもとに向かい、やんわりと伝える。
「何言っているんだ。こういう大人になるなよって反面教師になるだろ。うっぐ、うっぐ、うっぐ、うっぐ……、ぷはぁあ~っ!」
フェニル先生は周りから痛い視線を浴びながら、エールジョッキを一気に飲み干してしまった。
先ほどの甘々な状況とあまりに違う光景に、涙が出そうになる。
フェニル先生にも、甘々な恋を経験して欲しいが、こんな姿を生徒に見せてしまうのはいただけないな。
「あぁ、体痛い、動かない……」
「うぅ、中々厳しい鍛錬だったわね……」
ミーナとメロアはスプーンを持つ手も震えるほど、扱かれたようだ。対する、モクルさんの方は大量の料理をバクバク食し、大きな胸をはずませながら微笑んでいる。
「二人共、強くなるためには食べないと駄目だよ。そうしないと体が大きくならないからね」
「うぅ、私達より沢山動いていたのに、なんで、そんなに動けるの……」
「そりゃあ、訓練の成果だ!」
モクルさんは腕を持ち上げ、上腕二頭筋をチョモランマみたいに盛り上げた。ほんと、どうしたらそんな筋肉が育つのか教えてほしい。
「私達も訓練を続けたら耐えられるようになるのかな」
「でも、あんな訓練を続けたら、体が壊れちゃう。ほどほどにしないと……」
「なーに、体が壊れてもフェニル先生が治してくれる。だから、私達はとことん訓練ができるんだ!」
モクルさんはフェニル先生の方に視線を向けた。
「いえぇ~い、独身の超回復が受けたかったら、頬にちゅ~って、してね~」
フェニル先生はお酒を飲んで、完全に酔っぱらっている。気分がいいのかな。
「……うぅ」
メロアは実の姉の醜態を見ながら、うなだれていた。あんな姉がいたら、誰でも恥ずかしい気持ちになるだろう。
私もあんな姿をライトやシャインに見せないように努力しなくては。
「あぁ、今日は最高の日でしたわ。レオン王子と並走が出来るなんて夢じゃなかったかしら」
ローティア嬢は目を星のように輝かせているように見えるほど、気分が良さそうだ。
「ろ、ローティアさん、乗バートン部の方は何もなかったですか?」
「ええ、いたって平和でしたわ。もう、わたくしとレオン王子のためだけの場所と言っても過言じゃなくてよ……」
――いや、それはないでしょ。
「んんっ、それならよかったです」
「レオン王子から聞いたのだけど、キララのバートンの扱いが物凄く上手いんですって?」
「ま、まあ、それなりに……」
「レオン王子が褒めまくるから無性にムカついてしまいましたわ。芋娘の癖にレオン王子の前でいいカッコしないでくださる。私の優雅な乗バートンの姿が霞んでしまいましてよ」
――いや、知らんがな。って、怒っても仕方がないか。
「す、すみません。カーレット先生に走ってみろといわれて全力で走ったら目を引いてしまいました。これから、気を付けます」
「そう、わかればいいのよ。わかれば。あなたはわたくしの引き立て役なのだから、もっと芋っぽくしていなさい。超高級の芋じゃなきゃ、近くに置いておくなんて嫌ですわよ」
「はは……、わ、わかりました。私、超高級な芋になります」
超高級な芋ってなんだ? と思いながらも、ローティア嬢の優しいのか厳しいのかよくわからない言動を流すように聞き、答えていった。
「はぁ、わたくしも来年からはレオン王子がいる八組に入りたいですわ」
「でも、二年生になったら選択科目がはっきりと分かれますよね。レオン王子は騎士学科になると思いますしローティアさんも騎士学科に入ることになりますよ」
「そうねぇ、わたくしが騎士になってしまったら、両親と姉兄とともども笑い転げるでしょうね。その姿を見たらイライラするでしょうね」
ローティア嬢の家族関係はあまりよくわからないが、仲が良いのか悪いのか、何ともいえない状況だった。
「ふぅ、いけませんわ。イライラしたら、不細工になってしまいます。なるべく笑顔でいないと」
口角を上げるように人差し指で頬を持ち上げていた。少々ぎこちないが、普段から営業スマイルを作っているだけあり、様になっている。
「ローティアさん。笑顔はこうですよ」
私は自分の一番得意な笑顔を作り、見せた。
「……ふ、不愉快ですわ。あまりにも完璧すぎて本当の笑顔に見える。不気味で仕方がない」
「はは、そういうふうに見えるんですね。やっぱり、ローティアさんは凄い。仕事ができる人間なのは間違いなさそうです」
「舐めてもらったら困りますわ。わたしくし、凄腕の経営者ですのよ」
ローティア嬢は金髪ロールをふわりとなびかせ、決め顔を見せてきた。少々ムカつくがいい顔だ。仕事熱心なのが、よくわかる。
「キララは入る部活を決めたのかしら?」
「い、いえ、まだ……。明日は文学部にでも行ってこようと思います」
「そう。まあ、芋娘には日影がお似合いですわね。腐らぬよう、気を付けなさい」
ローティア嬢は椅子から立ち上がり、そのままお風呂場の方に歩いていく。
「芋は日光が当たるところで育てるんですよ……まったく」
私はパンを食し、家で作ったトゥーベルが食べたいなとちょっとホームシック気味になっていた。
大丈夫かと思っていたが、やはり、家という安心安全な環境から離れると人間のホメオスタシス(生体が外的および内的環境の変化を受けても、生理状態などを常に一定範囲内に調整し、恒常性を保つこと)が元に戻ろうと強い恐怖感を掻き立ててくる。これを過ぎれば、気持ちも納まるだろう。
「はむ、うぅーん。私達で作った品の方が美味しい。これいかに……」
私は夕食をありがたくいただきながら、大変失礼な考えになっていた。味が付いているだけで、実家で食していた食事の方が美味しいと感じてしまう。
まあ、色々な点が重なって美味しさのベクトルが違うのだろう。今は調味料が入っている食事に感謝し、フロックさんから言われた食えを実行し続けなければ。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせ、多くの者達に感謝を伝えた後、食器を食堂のおばちゃんに戻す。
私が食事を終えたころ、食堂に残っていたのはお酒を飲んで、軽く眠っているフェニル先生くらい。ほとんど、お風呂に向かったようだ。今、私が入ったらどうなるか簡単に想像できる。だが、お風呂に入る時間が遅れると、その分寝る時間も遅くなってしまうので、さっさとお風呂に向かう。
脱衣所で服を脱いで風呂場に堂々と入る。シャワーで体を綺麗に洗い、お湯に浸かる。
暖かいお湯に浸かっていると、当たり前のようにお湯がキラキラと光り出した。
その姿をハイエナのように見つめてくる女子達は私がお風呂から上がるや否や、どっぼんどっぼんと入り直し、あはぁ~んッという色っぽい声を上げながら堪能している。
私はお前らの入浴剤じゃない。といってやりたいが、自分の体質なのでどうしようもなかった。多魔力症とでもいうのだろうか……。
体から滲み出る汗がお湯と混ざって聖水が生まれるなんて正教会に知られたら、私を豚骨の如く煮込んで、大量の聖水を作り出すに違いない。考えただけで悍ましい……。
さっさと髪を洗い、すべすべつるつるの体を石鹸で洗う。お風呂から出て寝る準備を済ませたら、部屋に戻った。