告白したい
「リーファちゃんのお父さんがバートン術が大好きらしくて、僕のことを見たら気に入ってくれたみたい」
「ま、まさか、お父さんがあそこまで喜ぶと思ってなくて。ま、まあ、別に、私も喜んでないわけじゃないというか、ものすごく嬉しいというか、その……」
マルティさんとリーファさんは付き合うよりも難しい、婚約関係になっていた。
仲良しの幼馴染と婚約かぁ。さぞ、嬉しかろうて。
どちらも初心すぎて、くっ付きそうでくっ付かない、歯がゆい状況になっている。
「お二人共、あまり羽目を外したら駄目ですよ。まだ、成人していないんですからね。にしても、男性にモテモテのリーファさんが婚約ですか。マルティさん、夜道に気を付けた方がいいですよ」
「も、もう、キララさん、考えすぎだよ。婚約の話は学園でしていない。そういう話は王族くらいにならないと知らされないよ」
「へぇー、じゃあ、なんで私に話したんですか?」
「き、キララさんなら、こんな時、どうしたらいいか知っているんじゃないかなと思って」
「こんな時?」
マルティさんは私の手首を握り、厩舎の裏に回る。
「僕、武神祭で優勝してリーファちゃんに告白しようと思っていたんだけど、その前に婚約が決まっちゃって……」
「なるほど。だから、武神祭に出て優勝したかったんですね。でも、あの状況から考えて」
――一二〇パーセント告白は成功すると思う。リーファさん、マルティさんにメロメロだよ。目が熟しているもん。なんていったら、マルティさんがウォーウルフになっちゃうかもしれない。
「婚約って強い縛りですか?」
「それが案外緩いんだ。両親のどちらかが破棄したら白紙に戻ってしまう。だから断固たるものにするために、武神祭で絶対に優勝したいんだ」
マルティさんは両手を握りしめ、リーファさんとの婚約を決定づけるために、やる気を燃やしていた。そりゃあ、大好きな人と結婚出来るかもしれないとわかったら、やる気が出ないわけない。
「その、武神祭で優勝するのってどれくらい難しいんですかね?」
「他の学園も参加する。特に強いのは騎士養成学校のバートン術部だよ。あそこは精鋭ぞろいなんだ。もう、八年連続で優勝している。超強豪だよ」
「騎士養成学校。なるほど、なるほど……」
――あんまり拘わりたくないな。戦いは平等であってほしいけど、正教会がらみが多い騎士養成学校か。ドーピングとかしていないだろうな?
「勝てる見込みは?」
「人数がそろっていても難しいと思う。レクーが四頭いる感じだから……」
「うへぇ……、きっつ~」
レクーが相手と考えただけで厳しい戦いだと想像がつく。
「でも、勝ちたい。リーファちゃんに優勝を送って僕の男らしさを見せたい。君にふさわしい男だと、証明したいんだ……」
――考えを持てるだけで充分男らしいですよ。女はその結果を得るために、頑張っている姿を見るだけでキュンとくるわけですよ。努力している者が魅力的に見えないわけがないんだよな。
「もー、二人でこそこそ何を話しているの? 私にも聞かせてよー」
リーファさんは厩舎の中から、声を出してきた。
「ご、ごめん。でも、ちょっと大切な話だから少し待っていて」
「はぁー、もう、わかったよ。だ、旦那様……、なんちゃって」
リーファさんの恥じらった小さな声が夜の厩舎に響く。
「くうぅぅぅぅうう……」
マルティさんは耳まで真っ赤にしながら、身を縮めていた。
――なんでえぃ、超ラブラブじゃん。告白する意味があるのかわからないんだけど。まあ、マルティさんの気持ちは何となく理解できる。
「わかりました。私も出来る限り力を貸します。だから、一緒に告白を成功させましょう」
「キララさん……。ありがとう」
マルティさんは私の手をぎゅっと握り、頭を深々と下げてくる。感謝の気持ちを貴族以外の相手に言えるだけで、十分できた男だ。
私とマルティさんは厩舎の方に戻った。
「もう、私だけ省くなんてひどいよー」
リーファさんは頬を膨らませながら足踏みしていた。
「えっと、リーファさん、カイリさんはこのことを知っているんですか?」
「お、お兄様が知ったら、どうなるか私もわからない……」
「マルティさん、カイリさんに認められるような男にならないとリーファさんとの結婚は難しいと考えてください。カイリさんのリーファさん愛は病気並です」
「か、カイリさんに認められる男。ど、どんな男なんだろう……」
「まあ、とりあえずSランク冒険者並にならないと難しいかもしれませんね」
「む、無理があるでしょ……」
マルティさんは苦笑いを浮かべ、身震していた。
「マルティ君がSランク冒険者になるのは私も無理だと思う。だって、マルティ君、弱いもん」
リーファさんはマルティさんの心臓に言葉のナイフを突き刺していた。
「うぐぐぅ……」
「あぁ、別にマルティ君が弱いから好きじゃないとかじゃないよ。お兄様やフロックさん、キース学園長とか、あのくらいになると人間を超えているからちょっと怖いって思っちゃう。マルティ君は人間味があるから弱くてもいいよ。何かあったら、私が守ってあげる!」
リーファさんは両手を握りしめ、やる気満々の顔を見せてきた。
「ううぐぐぐぐぐぐっ……」
マルティさんは大好きな相手に守られる対象の男であると知り、なぜか藻掻いている。
半分、女の紐みたいな状態になっていると今の状況から察した。
確かに、強すぎる人間は人間味が薄れるから化け物扱いされちゃう。
バレルさんだって、ものすごく強いから、お爺ちゃんになってようやく人間味が出てきたと思うし、若い頃はあの正教会ですら恐れていた人物なのだ。
やはりSランク冒険者は化け物なんだな。『聖者の騎士』は漫才師だけど。
「リーファさん、マルティさんにも男としての誇りがあってですね。女性に守られるのは、そのー、女性がボロボロの服を着て歩くのと同じくらい恥ずかしいことで……」
「え? そうなの。私、昔からマルティ君を守ってきたけど、ありがとうって言ってくれるよ」
「も、もちろん、助けられた感謝するのが当たり前だ。でも、これからは僕がリーファちゃんを守りたい」
マルティさんはリーファさんの肩を持ち、眼鏡がずれているにも拘わらず、強い目力を向けていた。
「ま、マルティ君。そ、そんな……。私だって、マルティ君を守りたいよ」
「ぼ、僕の方がリーファちゃんを守りたい。ずっと、ずっと、ずーっと!」
マルティさんはリーファさんをぎゅっと抱きしめた。
――何で、こんなバカップルみたいな光景を見せられないといけないんですか。ほんと羨ましいったらありゃしない。私の中学制時代なんて小学校の延長線上でしかなかったよ。あぁ、なんか負けた気がする~っ。
私はマルティさんとリーファさんの熱々な姿を見せられ、恋愛経験ゼロの過去が無性に劣等感を湧き立ててきた。
「な、なぁ、主の二人が婚約したんだからさ、俺とファニーも婚約したようなものだろ」
「は? 何言っているの。それはそれ、これはこれ。そんなことするわけないでしょ」
「だ、だよなぁー」
イカロスとファニーの方は進展なし。逆にマルティさんとリーファさんの方はゴールテープ一歩手前地点まで移動していた。
でも、二人なら幸せになれることはまちがいない。私の目から見てもどちらも良い人間だ。優しすぎて社会に潰されなければいいけれど。
「こ、こういうところでキスするのかな……」
「き、キス……。そ、そんなのしたら、赤ちゃんできちゃうじゃん。け、結婚してからじゃなきゃ、駄目……」
リーファさんは頬や耳まで赤くなっているのに離れようとしない。と言うか、真面な性教育を受けていないと思われる。
きっと親バカが教えないようにしてきたのだろう。学園でも教わらないのかな?
「……リーファちゃん。僕、カイリさんに認められるような男になる。絶対になる。いつか、リーファちゃんを守れるくらい強い男になって見せる」
「楽しみにしてる。私を守れるくらい、強くなってね……」
マルティさんとリーファさんはざっと八分ほど抱き合い、心を暖め合っていた。嫉妬心が浮かばなくなるほどラブラブで、見ているこっちの方が恥ずかしいわ。
「はぁ……、マルティさん、バートン達の厩舎に行くんじゃないんですか?」
「あ、ああ、そうだった。ごめん、リーファちゃん。僕、厩舎を掃除してこないといけなんだ」
「マルティ君がする仕事じゃないのに」
「そうだけど誰かがしっかりしないと、すぐに汚れが溜まってしまう。そんなのバートン達が可哀そうだ」
「もう、バートンばっかり構っちゃってさー。ちょっとは許嫁のことも構ってほしいな……、なんて」
リーファさんは案外甘えん坊なのか、マルティさんと婚約できたから、堂々と甘えまくっていた。内心、ずっと好きだったんだろうな。
「リーファちゃん、顏が凄く赤いよ」
「わ、わるい? 物凄く恥ずかしいんだからね……」
「ぼ、僕だって同じくらい恥ずかしいよ。リ、リーファちゃんの甘えん坊攻撃は僕に超利くんだ。心臓が破裂しちゃいそうになっている……」
「この程度で倒されるようじゃ、まだまだ、私を守るなんて程遠いね。じゃあ、私は寮に戻るね。お休み、あなた……」
リーファさんはマルティさんの頬にチュっとキスして、厩舎を出ていく。
「あぁ……、す、好きだぁ……」
マルティさんは溶けたアイスみたいにヘロヘロになっており、その場に座り込む。
――あぁ、爆破してやりてぇ。
「キララ様、本当に爆破しちゃ駄目ですよ」
ベスパは、ちゃんと忠告してくる。私の手の平に魔力が溜まっている状況を教えてくれた。
「あ、危ない危ない……」
私はファニーとイカロスの二体に魔力を与え、お腹を膨らませる。
私とマルティさんは厩舎を出て、ドラグニティ魔法学園が保有しているバートン達の厩舎に向かった。すでに時刻は七時三〇分。遅めの夕食になりそうだ。