マルティさんの許嫁
男子たちの目に留まるのはやはりリーファさんの方らしい。
清楚過ぎて女神が白いバートンに乗っているような、一枚の絵画と思ってしまうほど洗礼された姿だった。
美人で、優しくて、頼りになる女性。誰が見ても魅力的だ。
男達はリーファさんの靡く黄色い髪を見てうっとりした表情を浮かべ、くびれから膨らみのあるお尻に視線を向けると鼻の下を少々伸ばす。お前らはモークルの雄ですか?
「きゃぁあああああ~! レオン王子よっ!」
「レオン王子様~! こっち向いて~!」
「カッコよすぎて光がいらないわ~!」
「レオン王子様って、体から光が出せるのね、もう、頭がくらくらですわ~!」
女性の一人がレオン王子を見つけるや否や、観覧席の方に手を振り、黄色い声を上げていく。すると連鎖するようにレオン王子は多くの者に気づかれた。
「は、はは……。あ、ありがとう。ありがとう」
レオン王子は手を軽く振り、引きつった笑みになる。
「ちぇっ、ちょっと顔が良いからって……」
「バカやろう、王子になんて口きいているんだ。どうなっても知らないぞ」
「レオン王子は王子の中でも優しい性格らしいから大丈夫でしょ。人を傷つけている場面を見た覚えがないし」
「うんうん、レオン王子は厳格な男なんだよ」
男達からのレオン王子の評判は中々いいようだ。顔が良くてモテモテの男に嫉妬するのが男の性だが、世論からの批判はない。
「ちょっと、あの女誰。レオン王子様の隣に立つなんて生意気だわ……」
「ほんと、なに、あの顔。あんな顔が良い女見た覚えありませんわ。もしかして、今年入って来た平民の女なんじゃないかしら?」
「あの女が、平民? 嘘でしょ。私達が壁の染みだとしたら、あの女は絵画みたいじゃない」
「さすがに言い過ぎよ。でも、あれの勝てる気がしないのはなんでなのかしら。ムカつきますわ……」
私の評判はすこぶる悪い。いや、顔が良いか悪いかでそこまで。あなた達も十分綺麗だと思うよ。だって、胸でかいじゃん。私、ぺったんこなんだよ。
「えっと、なんか、あまりいい雰囲気じゃないので、私はこの辺で……」
私はレオン王子に頭を下げる。
「な、なんかすまない。付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、同じ教室の仲間じゃありませんか。これくらいおやすい御用ですよ」
私は微笑みながら、レオン王子のもとを去る。彼と結婚するのはほんと大変だな。そうなると、女性から人気があるローティア嬢が隣にいた方がしっくりくるんだよな。
乗バートン部に入ったら確実に目の敵にされるとわかってしまったので、入れなくなった。
逆にバートン術部に行ってみる。ただ、ライアンとパーズが剣術部に行ってしまったので、新しい部員は少々難しいかもしれない。知らせるのも、期待させてしまった私の責任だ。
「ふっ! はっ!」
「おらあああああああああああああああっ!」
バートン術部の部室がある場所に移動すると夜の平原から雄叫びが聞こえてくる。
建物の隙間を抜け、奥に見えるダートのバートン場を見る。
真っ黒な巨体を激しく動かし、少々深い地面など気にする素振りなく突っ走っているイカロスの姿が見えた。
「よし、良い感じだ……」
「ふぅー、これだけ、男らしい姿を見せられたらファニーも俺に惚れ直すだろうなー」
イカロスに乗っているマルティさんは地面に下りて手綱を引き、ダートから出る。
「マルティさん。こんばんは」
「ん……、ああ、キララさん。こんばんは。もう、暗くなったから部活は終わりにしたんだけど、もしかして入部してくれる気になったの!」
マルティさんは私の方に熱い視線を送ってきた。もう、そんな期待する視線を向けないでほしい。
「い、いえ、そういう訳じゃなくて。以前、マルティさんに話した、知り合いことなんですけど二人共、剣術部に入る気みたいで……」
「仕方ないね。別にキララさんが気に病むことじゃないよ。僕の自分勝手な考えを他人に押し付けるわけにもいかないし、部活選びは大切だ。剣術部に入るなら堅実だよ」
マルティさんは眼鏡を軽く動かし、笑顔を作った。だが、あまり美しくない笑顔だった。
「えっと、人数合わせなら私も手伝いますから、諦めないでくださいね」
私はマルティさんの手伝いくらい、してあげようじゃないかと思う。
生憎、バートンに乗るのは得意なのだ。四人組の大会なら、あと一人誘えば出場できる。まあ、それで勝てるとは思わないが、出場できるだけでも可能性はある。諦めたらそこで終わり。
「ありがとう、キララさん……」
マルティさんは乗バートン部の闘技場と違い、真っ暗闇の外のバートン場で練習している。こんな場所で練習するなど、危険極まりない。
視界が悪い場所で、車を全力で走らせているような状態だ。なんなら、車にライトが付いているからいいものの、バートンにそんな効果はついていない。
「マルティさん。悪いことはいいませんから、明るいところで練習した方が良いですよ」
「いやぁ、その。バートン術部って正式に部活として認められていないから、本当はここのバートン場を使ったらいけないんだ」
「じゃあ、何で使えて……」
「学園長先生に許可を取って使わせてもらっている。でも、夜に部活を見てくれる顧問の教師がいないから明りを使えないんだ」
「なるほど。怪我対策のための教師がいないと夜に部活するのは危険ですもんね」
マルティさんは中々限定された状況で部活している。そこまでバートンに熱中できるなんて、やはり好きなことはドンドン上達したくなっちゃうんだろうな。
「マルティさんは朝もバートン術を練習しているんですか?」
「朝、夜、朝、夜、という具合に練習しているよ」
「ほんと、マルティさんはバートン術に対する想いが強いですね。ルドラさんと大違い」
「兄さんは頭がよかった。商売の才能があったから、バートン術にかまけている時間はなかったんだよ」
マルティさんは視線を少し反らしながら話した。
「僕は兄さんほど頭が良い訳じゃないし、商売の才能があるわけでもない。そうなったら、バートン術で努力するしかないじゃないか」
マルティさんはルドラさんに対する劣等感からバートン術をとことん突き詰めていた。
それはそれでバートン術に縛られているといってもいい。もっと他に得意なことがあるかもしれない。でも、これが良いと思える何かが彼の胸の内に秘めているのだろう。
「この後は何するんですか?」
「イカロスを厩舎に戻して汚れた体を綺麗にするんだ。ついでと言ったらなんだけど、学園が保有しているバートン達の世話もするよ」
「バートン達の世話……」
私はマルティさんに付いていくことにした。昨晩、見に行った厩舎ではなく、小さくて清潔な厩舎にイカロスを入れ、水とブラシで泥まみれの体を洗っていく。その間に、イカロスは食事していた。
「ここの厩舎、綺麗ですね……」
「毎日掃除しているからね。清潔な場所の方がバートンも喜ぶし、体調も良くなるから」
マルティさんはバートンと長い間触れ合うことによって、確実な経験値を得ていた。普通に牧場で雇ってもいいぐらい知識がありそう。
そんなこんなしている間に、午後七時を越えてしまった。少しすると……。
「あ、キララさん」
厩舎にやって来たのは大貴族で男の憧れの的であるリーファさんだった。
真っ白なバートンのファニーシア、略してファニーに乗っており、笑顔で手を振ってくれている。もう、綺麗すぎてこまったものだ。
私は頭を少し下げて挨拶する。
「リーファちゃん、こんばんは」
「うん、マルティ君、こんばんは。イカロス、今日も頑張ったんだね、良い筋肉しているよ」
リーファさんはファニーから降り、厩舎の中に入れる。
「ここ、お二人の厩舎なんですか?」
「えっと、バートン術部の厩舎を綺麗にして使っているんだ。朝はリーファちゃんとファニーもバートン術を訓練しているんだよ」
「ああ、なるほど……」
「いやぁ~、バートン術に妙に嵌っちゃって」
リーファさんは苦笑い、乗バートン部の者が聴いたら怒りそうな発言だ。
「今日は生徒会の仕事がなかったの?」
「もう、終わらせちゃった。皆から、仕事が速いって言われてるんだよ」
「へぇー、自分の部屋の整理整頓は苦手なのにね」
「う、うるさい。おだまり」
リーファさんは耳を軽く赤くして、頬を膨らませる。
「はは、ごめん、ごめん。僕の部屋も今は散らかっているよ。お互い様だ」
「嘘ばっかり、超整理整頓されているんでしょ」
両者は視線をそらし、少々はにかむ。
――この二人、付き合っていないの?
私はこんなイチャイチャしている二人が付き合っていないという事実が信じられない。まあ、聞いていないけど、付き合っている雰囲気がないというか。
「えっと、私は邪魔ですかね?」
「な、なんでそうなるの。邪魔じゃないよ」
「う、うん。キララちゃんがいてくれて助かっているよ。じゃないと、会話がもたないから」
「こんなことを聴くのも野暮ですけど、二人は付き合っているんですか?」
「な……っ!」
両者の顔は聞いてくれるなというほど真っ赤な表情で、口をつぐむ。もじもじとしており、何と口にしたらいいか迷っている様子だ。
「付き合っているわけじゃないよ。だって、僕は中貴族でリーファちゃんは大貴族。そもそも、貴族に付き合うとかいう観念はない。結婚相手は親が決めることが多いから」
「じゃあ、なんで、そんなに恥ずかしがっているんですか?」
「えっと、その、なんて言うか。リーファちゃんは僕の許嫁になっちゃったみたい」
「は?」
私は心からの一言が飛び出した。そんなことある?
いや、兄同士の仲が良いから、そこで近づき合って色々あったのかも。
でも、今、ルドラさんとカイリさんが話し合うような状況があったと思えない。
つまり、親同士が了承したわけだ。ケイオスさんとリーファさんのお父さんが婚約を認めた。そこも仲が良いのかな。