惚れ惚れするバートン
「いやぁ~、レクーくらいカッコいいバートンは学園の中にいなかったよー」
ミーナはバートンを見極めてきたのか、中々いいバートンを連れていた。
「バートンの肉体美じゃありませんよね。こんなゴツゴツしい筋肉があんなに一杯」
サキア嬢はなぜか妙に色っぽくなっており、筋肉が好きらしい。
「あ、あんなデカいバートンに乗って落ちたら、ほぼ死ぬだろ。危険すぎる」
スージアは何とも現実的な発言。確かにレクーから落ちれば、普通の人間は危険だ。でも、レクーは倒れない。そういうふうに育てられているから。
「この引き締まった筋肉。ここまで完璧に近しいバートンは初めて見た。いったいぜったい、どうしてこんなに素晴らしいんだ~っ」
カーレット先生はレクーの体を触りまくっていた。
「えっと、あまり触らないでほしいんですが」
レクーは繊細なので、他人に触れると普通に嫌がる。このまま行くとカーレット先生の体に強烈な後ろ足が飛びかねない。
「あまり触らないでほしいと言っています。カーレット先生、離れてください」
「おっと、すまないすまない。さすがに触りすぎたかな。って、なぜそんなことがわかる?」
「この子が赤子のころから育てたのは私です。もう、姉弟というか、相棒というか、死地を何度も潜り抜けてきた子なので、なにを考えているかくらいわかります」
――実際は聞こえているだけなんだけど。でも、聞こえていなくても心で通じ合える域ではある。
「す、すごい。ここまで質が良いバートンに育て上げるなんて。君、バートンの牧場出身かい?」
「まぁ、出身ではありませんけど、仕事していました」
「やっぱり~! いやぁ~、同業者、同業者!」
カーレット先生は私の手を握り、ブンブン振ってくる。面倒臭い先生もいるんだな。
「んんっ、少々取り乱してしまったな」
――大分取り乱してたの間違いでは?
「では、えっと、キララさんにバートンの走りを見せてもらおう。その方が皆も自分が乗っている姿を想像しやすいはずだ」
カーレット先生は名簿を見て私の名前を把握した。
「キララさん、この場を一直線に走ってきてくれるかい? 助走あり、無し、どっちでもいいよ」
「わかりました」
私は手綱を操ってレクーに移動してもらう。直線のレーンに入り、少し後方に下がった。
「レクー、軽く走って体を慣らして」
レクーはレーンに沿うように軽く走る。すでに王子様のような雰囲気を放っている軽やかな走りで、レオン王子が乗っているバートンが目をハートにしていた。
レオン王子が乗っているバートンは雌らしい。まあ、牝の方が、気性が荒くないから落ちる可能性が低い。
「うん、うん、うん、いいねいいね、その軽やかな走り、体の動きが素晴らしいねえ」
一番見入っていたのはカーレット先生で、見えていない人がいるのではないかと思うほど前に乗り出している。
レクーの準備運動が終わったら、手綱を動かし直線を走らせた。地面が爆発したかと思うほどの加速を見せ、頭を地面すれすれに持っていこうとするほど前にのめり出して走る。そのせいで、速度が異様に出た。
「うっひょおお~っ! かっけええっ! 私も乗りてぇ~っ! 私のバートンと交尾させてぇえっ!」
カーレット先生の大声が闘技場に響き渡り、私達を引かせる。
もちろん、周りの皆も引いていた。
レクーは直線を走り切り、ゆっくりと失速する。
「うん、以前にも増して切れが出てきたね。成長を感じるよ」
「僕もそう思います。体が思うように動かせて、前よりももっと速くなりました。でも、これ以上を目指しますよ」
レクーの体は熟しきる前のリンゴくらい。それでも十分甘いのに、さらなる成長の兆しを感じさせてくれる。まだ二歳なので、これからもっと成長するだろう。
「まさか、初っ端からぶっ飛びそうな走行を見せてくれるとは。キララさんは相当乗り慣れているね」
「はい、もう、ずっと乗ってきましたから」
「そりゃあ、上手いのも納得だね。じゃあ、皆はキララさんみたいに走れるように頑張ろう! キララさんは上手く乗れない子に教えてあげようっ!」
カーレット先生は握り拳を作り、空に向かって突き出した。
「は、はい」
私達はカーレット先生の熱意に押し負け、少々声が小さくなった。
「声が小さいっ! 頑張ろうっ!」
「は、はいっ!」
私達の声が広い闘技場に響き渡る。
私のほかにバートンに乗れる生徒はレオン王子とパーズ、ライアンの三名。メロアとサキア嬢、スージア、ミーナはまだうまく乗れないらしい。
「レオン王子とパーズ君、ライアン君は闘技場の中をぐるぐる回ってくるんだ。心地よい速度で走行するように。キララさんのように全力で飛ばさないように。もし、こけたらひとたまりもないからねっ!」
レオンとパーズ、ライアンは闘技場の中をぐるぐる回り始める。
「キララさんはあの三人の後ろに付いて勢いよく走り出そうとしないように見張っておいて。残りの子達は私が指導するから」
私はカーレット先生の指示に従い、レオン王子とパーズ、ライアンの背中を追う。
後方から見ると、バートン達の動きがガタガタだった。
「レオン王子、バートンを余所見させないように頭を真っ直ぐにさせてください」
「そ、それが、上手く走ってくれないんだ」
「あぁ~ん、後ろからあんな素敵な方がおって来てるのに、走るだなんて出来ないよ~」
レオン王子が乗っている牝バートンはレクーから逃げたくないらしく、だんだん失速していく。どうも、レオン王子の命令を上手く聞けないバートンのようだ。
「レオン王子、その子にどれだけ乗ってきましたか?」
「えっと、入学する前に新しい個体に変えたばかりだ」
「じゃあ、もっと仲を深める必要がありますね。沢山話し掛けたり、撫でてあげたり、ブラッシングしてあげたり、出来るだけ長い時間を過ごしてください」
「あ、ああ。わかった」
レオン王子は乗っているバートンを撫でたり、話し掛けたりして仲を深めていく。
「はぁー、俺もレクーみたいなカッコいいバートンに乗りたいな」
「レクーほど上等なバートンは巷じゃ滅多にお目に掛かれないから、あきらめるしかないよ。この子達も十分上等なバートンだし、文句を言うのはいただけない」
ライアンとパーズはバートンに乗り慣れている様子だった。いわゆる、初心者マーク付きの車に乗っている者の感覚に近い。
「ライアン、パーズ、もっと集中して乗らないと危ないよ。そうしないと舌を噛んだり、バートンが足をもつれさせてこけるかもしれない。バートンだって動物なんだから完璧じゃないんだよっ! 気を引き締めなさいっ!」
私はお爺ちゃんに教えられたような発言をライアンとパーズに向けて放つ。
彼らは騎士なのだから、これからどれだけバートンに乗るのかわからない。今のような心境で走っていたらいずれ怪我する。熱くならずにいられなかった。
「は、はい!」
ライアンとパーズは大声を出し、前を向いてバートンをしっかりと走らせる。
レオン王子が未だに上手く操れていないようだったので、私は並走することにした。
「こんにちは、綺麗な毛並みですね」
レクーはレオン王子が乗っているバートンに話し掛ける。少々キザっぽいが嫌味がない言い方だった。
「こ、こんにちは。あの、今すぐ交尾してくださいっ!」
レクーはまたしても出会ったそばから求愛されている。ほんと、モテモテだな。
「僕は主の言うことを素直に聴けるいい子が好みなので、無理ですね。でも、いい子になったら、考えます」
レクーは機転を利かせてくれて雌バートンのやる気を上げさせた。
「うわ、な、なんか、いきなり走りやすくなった。キララさん、いったい何したんだ?」
「バートンがやる気を出しただけです。これで、ある程度レオン王子の言うことを聞くようになったと思います。でも、一時的な解決にすぎません。信頼関係を築くのは中々難しいので、時間をかけてくださいね」
レオン王子は頷き、姿勢を正してバートンに乗っていた。
私はレクーに指示を出して三頭の前に出る。そのまま、正しい姿勢で走った。
バートン自体、自分でどんな走りをしているのか理解している個体は少ない。
本能の赴くままに走っている個体がほとんどだ。そこで、完璧な走行を理解しているレクーの走りを見せることで、完璧に近い走り方を理解してもらおうと考えた。
「ほんと、レクーの走りって完璧だよな。カッコよすぎて惚れ惚れする……」
「う、うん。もう、絵画が走っているみたいだ。絵画から飛び出して来たんじゃないのかな」
「いや、あの白いバートンだけじゃなくて、キララさんの身の動かなさ具合も凄いよ。あそこまで動かないように乗れるのか」
ライアンとパーズ、レオン王子は私の後ろ姿を見て自分達も背筋を伸ばし、バートンに負担が掛からないように意識し始めた。
背中を見せて語るとはこのことだろうか。まあ、全部口で説明するよりも、相手が腑に落ちる考え方をしてくれればそれでいい。
「皆、付いて来てる?」
私は靡いている髪を耳に掛け、後方を軽く振りむきながら微笑んだ。
「くっ!」
三名は心臓に異常をきたしたかのような声を出し、顔を顰めさせていた。
「いや、キララって可愛すぎるな」
「あぁ、可愛すぎるってすごいな」
「触ってはならぬ天使の巫女」
三名は私と距離を取るような雰囲気を醸し出していた。そこまで露骨に距離を取られると嫌われた感覚になってしまう。
私は気にしないようにしてレクーを走ることに意識を向けた。
久しぶりに精一杯走れる環境にいるので、気分爽快。
青空が綺麗で、澄みわたる空気を沢山吸い、春風に吹かれるともう、自由という言葉しか浮かんでこない。
レクーの足はドンドン速くなっていく。だが、私は宥めながら脚を溜めさせる。第四コーナーを抜け、直線が見えた頃。
私は垂直にしていた体を軽く丸め、太ももでレクーの背中をがっしりと挟む。お尻を軽く浮かせた。
「レクー、全力で走って良いよ!」
「はいっ!」
レクーは整備された地面の上を全力で駆けた。もう、周りの景色が線に見えてしまいそうなほどの速度で顔に風が大量にぶつかってくる。レクーの体の動きに合わせ、できうる限り身を動かさず風の抵抗を少なくする。
直線を走り切った後、もう、言葉に出来ないような爽快感が溢れ出てきた。レクーの足の回転速度を落とさせ、優雅な走行に切り替える。