乗バートン基礎
「ちょ、いきなり……」
「問答無用っ!」
メロアはパーズの間合いに一瞬で入り、攻撃していく。ゲンナイ先生から教わった攻撃方法だけを使っているので、何ら問題ない。ただ、ものすごく戦闘狂っぽい。攻撃を楽しんでいる。逆にパーズはものすごく嫌そうだ。
「そんな適当に剣を振っていたらすぐに疲れるよ」
「その前に倒せばいいでしょっ!」
パーズはメロアの攻撃を流し、適格な箇所に攻撃を当てていく。真剣ならメロアの体はズタボロだ。ちゃんと寸止め出来ているところが凄い。
メロアの攻撃はパーズに一撃も入らず、体力だけが削られていった。
「なんで、当たらないの。魔法を使えれば簡単に当たるのに」
「攻撃が読みやすいからかな。もっと、わかりにくい攻撃と嘘っぽい攻撃をいれないと」
「はぁ? 剣の攻撃に嘘とかあるの」
「まあ、あるんだよ」
パーズはメロアの頭上目掛けて剣を振るった。
「ふっ!」
メロアはもちろんパーズの攻撃を防ぐために剣を頭上に持ち上げる。だが、パーズはその動作を予測していたかのように剣の軌道をずらし、メロアの腹部に剣を当てた。
「ほらね、げふっ!」
「はははっ! 当たったっ!」
パーズが寸止めしたのに、メロアはそのままパーズの頭上に剣を振り抜いた。何と狂暴な。だが、危険な行為だったのでゲンナイ先生に怒られていた。
「うぅ。ごめんなさい……」
メロアは叱られて、しおれた野菜のようになっていた。
負けまくってイライラしていたのだろう。だからといって頭部に強烈な一撃を叩き込むのは危険すぎる。そう思っていたが。
「ああ、パーズに怪我の心配なんかしなくていいぜ。こいつ、眠ったら大概の傷は治るから」
ライアンは地面にへたり込んでいるパーズに視線を向ける。
「大概の傷って?」
「今までだと骨折とかかな。頭が凹みそうなくらいの攻撃でも治っていたぜ」
――あんたら、どんな鍛錬していたのよ。
私はプルウィウス連邦の騎士達の狂暴性が垣間見えた瞬間に立ち会った。
「治ると言っても、痛みはあるんだからね」
パーズは頭に手を当て、立ち上がった。
「あんたが、ちゃんと守らないからでしょ。勝手にいい気になって、ほらね? なんて、カッコつけるから」
「うぐ……」
自分の剣の腕を軽く見せびらかしていた状況に気付いたパーズは頬が少しずつ赤くなっていく。確かに調子に乗っていた部分はあるかもしれない。
「あぁー、パーズ、あんまり落ち込むと周りの空気が重くなるからやめろよ。気楽にいこうぜ!」
ライアンは暗くなっていくパーズの肩に手を回し、笑っていた。
――この二人、性格が逆なんだな。だからこそ、仲がものすごく良いのか。
「ライアンは気楽するぎるんだよ。僕はそこまで気楽になれない」
パーズはライアンの手を弾き、メロアの前に立った。
「どちらも一本取った。あと一本取った方が勝ちだ」
「へぇ、いい度胸じゃない。あんたがその気なら、乗ってあげるわよ」
メロアはパーズの姿を見て笑っていた。戦いが好きだから、戦いに誘われて嬉しいらしい。
どちらも木剣を構え、剣身を合わせた後、一歩引く。そこから、剣の打ち合いがはじまった。
パーズの流れるような剣戟と、メロアの爆発しているような攻撃が入り乱れる。
闘技場の中で中学一年生が出していいような衝突音じゃないんだよな。
もう、大型の工事現場の中にいるような衝撃音が辺りから響いてくる。闘技場の壁にぶつかった音が反響しているようだ。そのせいでうるさいったらありゃしない。
「はぁ。ほんと、脳筋ばかりだ……」
全く興味がなさそうなスージアは大きな魔導書を開き、読書していた。こんな騒音が響く場所で読書なんて出来るのか。
「うわー、すごーい、なにがどうなっているのかわかりません~」
サキア嬢は爆風で靡く黒髪が何とも美しい。もう、爆風を利用して自分の美しさをひけらかしているようにしか見えない。
「いけいけ、そこ、右、左、振り抜け!」
ライアンは両者の戦いを見て、一番盛り上がっていた。ほんと、プルウィウス連邦の騎士達って野蛮人なのかな。
「あわわ、ちょ、ちょっと、あんまり力を入れて戦ったら危ないよー」
ミーナは周りの状況を見ながらあたふたしていた。普段は自分が戦いを楽しんでいるのに、こういう時は周りを見ているのだ。
「め、メロア、カッコいい……」
メロアが大好きなレオン王子は剣を振りながら、チラ見していた。さすがに結果が気になるらしい。
「はああああああああああああっ!」
メロアは一撃が重い攻撃を連撃で放つ。木剣がどうして耐えられているのか不思議でならない。
「ふっ!」
大してパーズは激流が移動するような、軽やかな剣捌きでメロアの猛攻を完全に封じている。さすが、ブラックベアーの攻撃をさばいていただけのことはある。
両者の攻撃の相性は互角。一歩も譲らず戦い合っており、一撃がどちらに入るのか見ものだった。
そんな中、三限目の講義が終了した鐘が鳴る。それと同時に剣が一本弾かれた。砂煙が酷くてどちらの剣が弾かれたのかわからない。
木剣は空中を舞、本を読んでいたスージアの真横に落ちる。だが、スージアが集中しすぎてそのことに一切気づいていなかった。
パーズとメロアの姿がだんだん見えてきた。木剣を未だに持っていたのはパーズで、メロアは素手だった。
だが、メロアの拳がパーズの顔の前で止まっている。逆もしかり、パーズの剣がメロアの首にすれすれだった。
「はぁ、どっちつかずね」
「仕方がない、引き分けだ」
パーズはメロアに手を差し出すが、メロアはパーズの手を握ることなくその場を去る。
「ちょ、戦った相手に敬意を表して挨拶するのが礼儀……」
「勝った負けたの勝負が付いていないのに握手するのも変でしょ。私が勝って、私の方から握手しにいってあげるわ」
メロアは何と強気なんだろうか。赤い髪を靡かせ、次戦った時は自分が勝つとでもいっているようだ。
「はは、再戦する気満々だね……」
「当たり前じゃない。私は勝たなきゃ気が済まない性格なの。引き分けなんてそんな中途半端な結果じゃ嫌。必ず勝ってやるわ」
「望むところだ。そのハチャメチャな剣技が僕に届くのなら、やってみてほしいね」
パーズはメロアを軽く挑発する。先ほどの戦いで、メロアの剣が自分に届く想像が出来なかったらしい。強者の余裕ではなく、強者ゆえの確信だろう。
「ほんとムカつくわね、そういうところ。絶対の絶対、負かしてやるわ」
メロアは地面に刺さっている木剣を引き抜き、勢いよく振るった。スージアの頭すれすれで、突風が吹き、紫色の髪が数本吹っ飛ばされている。
「な、なにが起こったんだ……」
さすがのスージアも空を見上げるが、なにもいない。
「はぁ、この教室、中々面倒そうだな」
ゲンナイ先生は頭を抱え、成績を付けるのが大変そうだった。
私はいい子ちゃんを演じ続けよう。そうすれば、勝手に評価は高めを維持できるはずだ。
私達は剣術の講義を終え、乗バートンの講義に向かう。まあ、車の免許を取るための講義と言っても過言じゃない。
以前、リーファさんとマルティさんが競バートンした第三闘技場にやって来た。
四限目の講義の鐘が鳴り、女性の先生の前に整列する。
「えー、初めまして、皆に乗バートンを教える、カーレットだ」
長い茶髪を当たり前のようにポニーテールにしている女性が話し始めた。
身長は一六〇センチメートルほど。下半身の筋肉が発達しており、常にバートンに乗っていると思われる。胸はまあこの世界にしては控えめな方だが大きい。
スポーツ系の女性で、顔がしゅっとしており筋肉と脂肪のバランスが丁度いい。
服装は長袖の体操服を着ているため、はたから見たら高学年の先輩っぽい。まだ若いのかな。
「今から、皆にバートンに乗ってもらう。バートンは多くの場所で移動手段となっている動物だ。多くの者が移動するために利用した覚えがあるだろう。この中でバートンを常日頃から使っている者はどれだけいる?」
カーレット先生が手をあげる。私は軽く手をあげた。周りは誰も手を上げない。
「おお、珍しい。バートンを日ごろから使っている子供がいるなんて。君、貴族じゃないな」
「あぁ、はい。そうです……」
「平民の方がバートンを使っているとは、貴族の者も常日頃からバートンに乗りたまえ!」
「は、はぁ……」
ミーナ以外の者は口を開けながら軽く引いていた。
カーレット先生は大分熱い人のようだ。いや、バートン愛が強いといった方が良いのかな。
「んんっ、じゃあ、バートンに一度も乗った覚えがない者は?」
誰も手を上げなかった。どうやら、バートンに乗った経験は皆あるらしい。
「では、皆のバートンを連れてきてもらおうか。バートンを持っていない者は学園が飼育しているバートンに乗ってもらう。今度の講義から講義が始まる前に連れてくるように」
「は、はいっ!」
私達は返事した後、自分のバートンを闘技場の中に連れていく。
バートンを持っていない者はカーレット先生に付いて行った。
私はレクーがいる厩舎に足を運ぶ。毎日餌やりや散歩に出かけているので、運動不足ではない。毛並みも良好で、誰が見ても立派なバートンだ。
「キララさん、今日は早いですね」
「講義でバートンが必要なの。だから、力を貸して」
「なるほど、そういうことですか。おやすい御用です」
レクーは厩舎から出て軽くしゃがんだ。私は鐙に靴を乗せ、レクーの背中に跨る。手綱をビー達に付けさせ、皆が待っている闘技場に向かった。
「おお、おおお、おおおお~っ!」
私が到着するやいなや、カーレット先生がレクーの周りをグルグルと回り出した。
「え、えっと、この人は誰ですか?」
レクーもさすがに動揺しており、周りの者も引いている。もちろんカーレット先生に対して一番引いているが、レクーの姿を見ても引いている。
「いつ見てもでっけ~。なんで、あんな体になるんだろな」
「王様が乗っていても全く違和感がないよね。逆に、キララさんが乗っていると違和感がありそうだけど、全然ないんだよな」
ライアンとパーズは私達の姿を見て、頷いていた。
「キララのバートン、ものすごくデカい。というか、あれ、バートンなの」
メロアも目を見張りながら、珍しく驚いていた。