本番に弱い
「ローティアさん、お早い到着ですね」
「早く来れば、レオン王子と話せる時間が長くなりますわ」
「なるほど。まあ、座ってください。私はまだ、何も食べていないので、食べながら話しますけどいいですか?」
「ええ、構いませんわ」
ローティア嬢は金髪ロールを靡かせ、くっ付け合った机の反対側に置かれている椅子に座った。
「まず、このお金はお返しします」
私は今朝に受け取った金貨一〇枚をローティア嬢に返す。賄賂を受け取る関係など、友達といえない。
「気にしなくてもいいですのに」
「いえ、友達からお金はもらえません。大した仕事もしてませんからね」
「案外、律儀なのね」
ローティア嬢は私から金貨を受けとる。
「一応、メロアさんとレオン王子の二人と話しました。ローティアさんが望む状況に近づけたと思います」
「もう? さすが、会社を経営するだけはあるわね。仕事が速いわ」
「時間との勝負なので。現状からするとメロアさんは学校生活の面でローティアさんと戦うと思われます。彼女にとって自由な学園生活が送りたいそうなので、色々言われると嫌だそうです」
「そうきますのね。いいですわ! 受けて立ちますわよ!」
ローティア嬢も結構な戦闘狂、勝負が好きな性格らしい。
「レオン王子はメロアさんを見すぎていることに気づき、癖を直すために意識しない訓練を始めました。今なら、ローティアさんの入る余地が生まれています」
「す、すごいわ。短時間でそこまで。もう、金貨一〇枚じゃ少ないじゃない!」
「いや、報酬はいりませんって。だって、私達は友達ですから」
「も、もう、そんな、言葉巧みに落とそうとしても、わたくしは落ちませんわよ。キララとわたくしの間には天と地ほどの差があるのをお忘れかしら」
「でも、ここは学園です。外に出たら、そうかもしれませんが学園の中だけなら、同じ位の女の子同士。友達になれますよ」
「……まったく、これだから同業者は嫌いなのよ」
ローティア嬢は溜息をつき、ちょっと微笑みながら否定はしない。
「ここまで下っ端にされちゃあ、上司が頑張らないわけにはいかないじゃない。メロアさんに勝って、レオン王子の心も鷲掴みにしてみせますわっ!」
ローティア嬢は両手を握りしめ、力強く吠えた。すでに黄色の瞳が燃えている。
「あまり、燃えすぎると燃え尽きちゃいますから、ほどほどにしておいてくださいね」
私は燃え尽き症候群にならないように、注意を促す。薪のようにごうごうと燃え、灰になってしまうのではなく、炭のようにじっくり長く燃えていた方が成功しやすい。
ベスパにパンを買ってきてもらい、ローティア嬢と一緒に食事する。彼女は優雅に紅茶を飲み、ケーキを食べていた。ほんと、お金があるんだな。
「あ、そうそう。ローティアさん、以前、捨てていたドレス、綺麗にしたので渡しますよ。いつがいいですか?」
「あぁ、あの敗北者ドレス? あんな、縁起の悪いドレスはもういらないわ」
「えぇ……。あんな、高そうなドレスを捨てちゃっていいんですか?」
「わたくし、同じドレスは二度着ないって決めてますの。だから、あのドレスに価値はないわ。捨てるな、焼くなり好きにして」
「そんなもったいないこと出来ませんよ。だって、宝石とか沢山ちりばめられていますし、時間をかけて作ったんですよね? 最高傑作に近い出来ですよね? それを一度の失敗で捨てちゃうのはあまりにも」
「も、もう、ぐちぐちうるさいわね。芋娘と大貴族じゃお金の価値観が違うのよ。金貨一〇〇〇かけて作ったドレスだろうと、成功しなかったら意味がないの。私にとっては無価値な布と石ころの集まりよ」
ローティア嬢は負けず嫌いなのか、頑なにドレスを受け取ろうとしない。ほんと強情な方だ。
「なら、ドレスを作り変えて別の道具にしたら、受け取ってもらえますか?」
「ドレスを作り変える。どういうこと……」
「そのままの意味です。ドレスがいやなら別の形にしてもう一度使い回す。この星を維持するために必要なんですよ」
「な、何をそんなに本気になっているの。まあ、そんなことができるのなら、して見て頂戴」
少々引き気味のローティア嬢から許可が出た。
――ベスパ、ローティア嬢が着ていたドレスをバックや私服に作り変えて。ブラジャーやパンティーに変えてもいいよ。あの質なら、ものすごくいい品が出来ると思う。
「了解です」
ベスパはドレスを使って道具や下着類を作った。作った品々を机の上に並べていく。
「す、すごいですわ。こ、これがドレスから作られた品ですの?」
「はい、全て、ローティアさんが着ていたドレスから作りました」
ローティア嬢は机の上に置かれていたバックを手に取る。肩に掛けるショルダーバックで小物を入れるのに便利だ。色合いが暗めなのでいろんな服装に合う。宝石が軽くちりばめられており、おしゃれ過ぎず、大人っぽさが醸し出されている。
「うわぁ、凄くいい感じですわ。あのドレスからこんな素敵なバックが出来るなんて、思いもしなかった」
「元は布ですからね。革も使って頑丈に作ってあるはずです」
「これなら、普段使いできますわね。なんなら売り物にも出来ますわ……」
ローティア嬢はバックを見て、目をお金に換えていた。さすが会社を経営しているだけはある。お金に対する嗅覚は鋭いようだ。
「特に、この下着。さすがに高級が過ぎますわね。わたくしに丁度いい」
ローティア嬢はブラジャーを手に取り、制服の上から軽く試着する。
「おぉ、これ、すごくいいわ。つけやすくて軽い。締め付け具合が全くない。あのダサい胸当てじゃなくて、この高級感溢れる下着なら多くの貴族が買いますわよ」
「まあ、使い勝手は悪いですけどね」
「男性を落とすときに使えるのではないかしら。夜の営みにこんな下着があったらいいのにという女性はきっと大勢いますわっ!」
ローティア嬢はリサイクル商品を見て表情が柔らかくなっていた。声の高さもちょっとずつ上がっている。
「はぁ~、買った買った~」
「もう、ライアン、あまり買い過ぎたらお金がなくなっちゃうよ」
「まあまあ、パーズ、美味しいパンを沢山買うのは別に悪いことじゃないよ」
ライアンとパーズ、レオン王子が教室に戻って来た。
その時、丁度ローティア嬢が下着を持っている時でレオン王子と目が合う。
「ろ、ろ、ローティア、な、なにを学園に持ってきているんだ……」
「こ、こ、これは、いや、その、えっと……、わ、わたくしの勝負下着ですわ!」
ローティア嬢はてんぱるとボロが出るタイプなのか、本音を大声で叫んだ。
「しょ、勝負下着?」
レオン王子は目を丸くしながら、意味の整理に戸惑っていた。
「勝負下着は女が好きな男の前で見せる本気の時の下着ってやつだ」
「いやぁー、凄い高価な下着だ。なのに、嫌味がない。凄く良い……」
ライアンとパーズはローティア嬢が持っている夜空に広がる星がちりばめられたような下着をまじまじと見ていた。
「ろ、ローティアに似合っているいい下着じゃないか」
レオン王子はとにかく褒めることにしたのか、下着と女性の親和性を褒めていた。
「きゅぅぅう……」
ローティア嬢は自分の発言で首を絞めてしまったようで、耳まで赤くしブラジャーを机に置く。
「ん、んんっ、えっと、ローティア、暇なら一緒に食事でも……」
「は、はいっ! もちろんですわっ!」
ローティア嬢は気を取り直し、レオン王子と食事を共にする。この瞬間のために努力してきたと言っても過言じゃない彼女はレオン王子の隣に座り、優雅に紅茶やお菓子を食べ……られなかった。
「ん~、ローティア、このパン、ものすごく美味しいぞ。食べてみるか?」
レオン王子は食べていたパンをちぎり、ローティア嬢に手渡す。
「あ、ああ……」
ローティア嬢はあまりの幸運に目を回していた。ほんと、本番に弱い。
「ああ、紅茶を持っているから手に取れないのか。じゃあ……」
レオン王子はパンを小さくちぎり、ローティア嬢の口に運ぶ。
「あーん」
「あぁぁぁぁああ……」
ローティア嬢の体はブリキのようにガチガチになり、くるみ割り人形のような口になっていた。
「ローティア、今日はいつにもまして綺麗な髪だな。ほんと毎日どれだけ手入れをしているんだ? 大変だろ。だが毛先にまでこだわれるなんて、さすがローティアだな」
「きゅぅうううう~んっ!」
――レオン王子、ローティア嬢の前だと滅茶苦茶褒めまくるんだな。まあ、褒めるところが多いのは確かだ。だから、ローティア嬢はものすごく努力出来るのかも。
「レオン王子って、ローティアさんと仲が良いよな。雰囲気が合うし。でも、蹴られていたよな~」
ライアンはなぜこんな雰囲気がいいところで、言わなくてもいい発言したのだろうか。私には理由がわからない。
「あ、あの時は、えっと行動のあやというか、何というか」
ローティア嬢はレオン王子の失敬をかき消すためにさらに大きな失敬で上書きしたといおうとしていたが、それだとレオン王子の失敬をぶり返すことになるのでためらっていた。
「あの時は私の行動が王族らしくなかったから、ローティアがカツを入れてくれたんだ。そのおかげで、目が覚めたんだよ」
レオン王子はライアンの発言を綺麗に返し、自分とローティア嬢の株を下げずに切り抜ける。
「へぇー。にしても、ローティア嬢はメロアと同じ大貴族だろ? なんでこんなところに来たんだ?」
「もちろん、レオン王子に会いに来たのですわ。まあ、ちょっと知り合いとの会話も考えていましたけれど……」
ローティア嬢は私の方に視線を送り、すぐレオン王子にもどした。
「そういえば、レオン王子に会いに来る女子っていないな。教室の外を出たらキャーキャーなのに」
「ライアン、レオン王子はもう許嫁がいて他の女子が入る枠なんてないんだよ」
パーズはライアンに状況を説明する。
「じゃあ、なんで、ローティア嬢がここにいるんだ?」
「そ、それは……何でですか?」
「もちろんわたくしがレオン王子を、す、す、す……」
ローティア嬢は隙間風のような音を出しながら、呟く。だが、好きの言葉が出てこない。
「す、姿を確認しに来ただけですわ」
「姿を確認……」
「昔からの中ですから、ちょっと話したいなーっと思って姿を見に来たのですわ。特に大した理由はありませんの……」
「へぇー、そうなんだ。てっきり、レオン王子を悩殺しに来たのかと思ったぜ。あの下着を着けてどさっと押し倒したら……ぐへっ!」
ライアンが変な妄想していたので、パーズが首根っこを掴んで、軽く締める。