でっかい度胸
「キララー、委員会はどうだった~」
後方から獣族のミーナが飛びついてくる。お腹が一杯になり、気分がすこぶる良さそうだ。
「ちょっと大変そう」
「こっちも大変そうだよー。でも、頑張るっ!」
ミーナは両手を握りしめ、与えられた仕事をこなすために全力を尽くそうとしている。ただ、彼女は掃除しているだけで、部屋の中をぐっちゃぐちゃにしてしまうから、張り切り過ぎるのも危険な気がする。
「はぁー、生徒会なんて入るもんじゃないわね。挨拶運動とか、面倒臭いわ」
メロアは私の隣にやって来て、愚痴を呟いた。生徒会なんて面倒な仕事しかないでしょ。逆に、善人や成績を上げたい者が入る場所だから、メロアもそういう目的があったのでは。
「メロアさんはどうして生徒会に入ったの?」
「そんなの、ニクスお兄ちゃんに、いい子いい子してもらうために決まっているじゃない」
メロアはぼそぼそっと呟いた。
想像していたが、何と浅はかな。別に生徒会に入らなくてもニクスさんならいい子いい子してくれると思うけどな。
「三年生になったら、生徒会長になって、ニクスお兄ちゃんにすごいって言われながら、ちゅぅ~ってしてもらっちゃったりしてぇ、えへへ、えへへへへ~っ」
メロアは重度なブラコンらしく、顔がいかがわしくなってしまった。
生徒会長になってもニクスさんとキスは出来ないでしょ。そんなことを言ってメロアの夢を壊すような真似はしない。
私達はお風呂場に移動し、ぺったんこ三銃士となって、お風呂に入る。
私はこの中で最弱。胸のでっぱりなんて皆無のキララだ。はぁ、なんて、情けない……。
私達がお風呂に入っていると、他の生徒達もお風呂に入ってくる。
皆、立派な乳を持っており、上級生になればなるほど成長していた。
私の胸が三年でAAカップからJカップになることはあり得ない。せめてBカップになればそれでいい。
そう思い続けながら何年も経っているが、未だに成長の兆しは見えなかった。
「はぁ~。体に沁み渡る~」
お風呂に入る者は皆、顔を緩める。私の魔力入りのお湯に浸かると、体の疲れが本当に取れるのだ。だから私が入った後に入ろうとする者が続出した。
加えて、私の姿を見ようと横目で視線を送ってくる者もいる。
神々しい存在に見えているのか、はたまた、自分達よりも劣っている貧弱な体を見て笑っているのか。
もう、精神年齢は三〇歳を超えているのに、体に異様なコンプレックスを抱えてしまっている。
考えないようにしていても、どうしても考えてしまう。女性なら、大きな胸に憧れてしまうのは普通だろう。だって、周りは大きな胸ばかりなのだ。
「キララちゃんはほんとちっちゃくて可愛い~」
後方から爆乳を後頭部に押し付けてくるモークル族の女性が現れた。体はバッキバキなのに、胸はムッチムチ。私と正反対にも程がある。
「あぁ~、キララちゃんに抱き着くと安心するぅ~。なんでかな~」
モークル族の先輩、モクルさんは私に抱き着いてくる。
「私の魔力が多いので、モクルさんの体が軽く回復しているからじゃないですかね」
「なるほど。魔力で体が心地よくなっているのか。じゃあ、部活終わりにキララちゃんに抱き着けば、疲れが飛んじゃうってことだな~」
モクルさんは私に懐いていた。きっとブラジャーの件と自然委員の件で気に入られてしまったようだ。
私はモークルに好かれるのだろうか。ペットは飼い主に似るのに飼い主はペットに似ないのはなぜだ。
別にペットなんて思っていないが、ちょっとくらい増えてもいいじゃないか。
「ん、キララちゃん、どうした? 浮かないかだな」
「いえ、大きな乳が鬱陶しくて」
「あぁ、すまない。ちょっと大きすぎるよな」
モクルさんはなぜか表情を暗くする。デカすぎても困るか。
「いえ、そうじゃなくて、日ごろの悩みなんてほとんどない私でも、大きな乳に憧れが……」
「へぇー、キララちゃん、おっぱいが大きくなりたいのか。気にする必要ないぞ。女は大きな胸じゃなくて、でっかい度胸さえあればいいんだ!」
モクルさんは胸に手を当てて、元気よく話した。
「はは、度胸ですか。なるほど、度胸だけは巨乳になれるように頑張ります!」
「そうだ! 私の胸くらいでっかい度胸を持てば、それでいい!」
モクルさんは腰に手を当てて、下からじゃ彼女の顔が見えないほどでっかい乳を見せびらかしてくる。いや、別に見せびらかしているわけじゃない。勝手に見えるだけだ。
――でっかい度胸かぁ。なるほどなぁ。なんか、無性に腑に落ちる。
胸が小さいことで悩んでいても仕方ないし、私は爆乳くらいでっかい度胸を持っている。そう思えば、ちょっとは劣等感を抱かなくて済むかも。
私は超巨乳の人よりでっかい度胸を持っているんだぞ! って胸を張って言えれば、相手に何を言っているんだこの子と思われるかもしれないけれど、自分の中で自分は凄いと勘違いできるかも。うん、でっかい度胸を育てていこうか。
「モクルさん、ありがとうございます。ちょっと元気になりました」
「なら、よかった。私の胸でよかったら、いつでも貸してやるからな」
モクルさんは屈託のない笑顔を浮かべ、私の頭を撫でてくる。どことなく、田舎に住んでいる若い農家さんみたいな穏やかで力強い雰囲気だ。
たわわに実ったスイカ級の胸が、スイカ農家を彷彿とさせる。両手におっきなスイカを抱えている姿がまさにそれだ……。
私は体を洗い、皆よりも先にお風呂を上がる。全身を乾いた布で拭き、寝間着を羽織る。長い髪をしっかりと乾かして寝癖が付きにくいようにした後、歯を磨いて部屋に戻る。
「はぁー、自分の部屋に帰ってくるとやっぱり落ち着くなー。勉強して、早めに寝ないとな」
私は今日の授業内容を復習し、明日の授業内容を軽く余裕した後、習慣の魔法陣を描いて勉強を終える。
「キャンミールか。でも、あっちから入ってくる分には問題ない。逆に、出ていくときが怖いんだよな」
魔造ウトサは正教会が作っているから、王都から流れていく場合が多いはず。入ってくるキャンミールはシーミウ国で作られたウトサからできているはずですから、比較的安全。
「キャンミールを見て、正教会が魔造ウトサの加工に成功したら……」
ベスパは机の上にゆっくりと降りてくる。
「大変なことになるね。加えて美味しかったら、最悪だ」
「美味しくて色鮮やかで、日持ちする魔造ウトサのお菓子。危険すぎますね」
「どうしたら、良いかな?」
「難しいですね。正教会がキャンミールをみて、どういう反応するのか謎ですし、これからの動き次第になってきますね」
「色々考えて対策を練っておかないと駄目だね」
「最悪な状況にならないように努力しましょう」
ベスパはビー達の頭を使って、状況を洗いざらい想像していく。コンピューターのシミュレーションのような作業だ。
時間を空けて、ベスパが解析を終えるのを待つ。私が出来ることを洗いざらい考えてもらおう。まあ、私も自分で考える。
「現状、キララ様が出来るのは煙を立たせず、生活することですかね。他の者なら動く余地があります」
「そうだよね。ただの一二歳の少女が何したって笑われる。大人たちに頑張ってもらおう」
私は正教会の悪事を知っている者達に手紙を書く。
キースさん、アレス第一王子、ルドラさん、マルチスさんなど、一定の力を持っている者に今後の危険を示唆した内容の手紙を送る。
それを踏まえて皆に動いてもらうことにした。一二歳の話を本気で信じてくれるかはわからないが、今までの実績から判断してもらおう。
「よし、後は眠るだけ」
私はベッドに飛び込み、眠る。ミーナの姿は見えないが、後で帰ってくるだろう。
私はムニャムニャと眠り、朝、午前四時三〇分に目を覚ます。ほんと、仕事中の生活習慣そのままだ。別に悪くない。
「ベスパ、私の体操服は洗濯してくれた?」
「はい、すでに乾燥しています。でも、新しい方を着たらいいんじゃありませんか?」
「まあ、それもそうか。でも、今はちょっと運動するだけだし、動きやすい薄着でいいや」
私は運動着に着替え、水を飲んで頭を冴えさせた後、日課をこなす。
ドラグニティ魔法学園は五日間授業を受けたら二日間休みという構成になっており、地球の一週間のようなスケジュールとなっている。
その二日間で休める者もいれば、部活があって休めない者もいる。だから、地球の学生よりも大変な学園だ。
私は日課を終え、制服に着替えた。そのまま一時間勉強し、午前八時に食堂に向かう。
「もう、いい加減にしてよっ!」
大きな声をあげたのは、メロアだった。
「そんな大きな声を出すなんて、王族になる意識がたりていませんわっ!」
その声に被せるように発せられるのもまた大きな声だった。品のある声の主はローティア嬢で間違いない。
「まあまあ、二人共、ちょっと落ち着いて」
寮長のパットさんが両者の間に入り、仲裁を試みる。
「なんで、あなたに私の生活をあれこれ言われないといけないの!」
「あなたがこれからの生活に順応するためですわ! そんなんじゃお嫁にいけないですわよっ!」
「うるさいうるさいっ。お嫁になんていく気ないから。私は自由な生活に生きるの! 大貴族なんか絶対に抜けてやるんだからっ!」
メロアはローティア嬢に大声で叫びながら、食堂を後にする。
「あなただけが辛いわけじゃないのですわ……」
ローティア嬢は椅子に座り、深いため息をついていた。同じ部屋の者同士で喧嘩するのはあると思うが、朝っぱらから何とも大きな喧嘩だったな。
「おはようございます、ローティアさん。どうかしましたか?」
「いえ、メロアさんに淑女の何たるかを教えようと思ったのだけれど、あの言いようですわ。大貴族を抜けるって、勘当されたら生きて行くのがどれだけ難しいか、わかって言っているのかしら」
ローティア嬢は溜息をつき、メロアに付いて考えていた。なんだかんだ言いながら、メロアのことを心配しているあたり良い人すぎる。