教えることは自分を見つめること
「つまり、なにが言いたいんですか」
「周りに魔力操作のコツを教えてあげなさい」
キースさんは笑顔になって諭してきた。
「……は、はい」
どうやら、私は周りの者の起爆剤のような存在だと思われているようだ。まあ、そういう扱いが一番有効な使い方だな。
私はスージアの元に向かう。
「う、浮かない。なんでだ。体の魔力を放出しているのに……」
スージアは歯を噛み締めながら全身に力を入れ、上に飛ぼうとしていた。
「体に力が入っていたら水中でも溺れちゃうでしょ。浮くためには体から力を抜かないと」
「体から力を抜く……」
スージアは私の発言を聴き、歯を噛み締めず、手に力も入れない。
「…………こ、これじゃあ、ただ立っているだけじゃないか!」
「まあ、力を抜くことと浮かぶことは近しいからそこから頑張ってみて」
「も、もっと具体的に教えてくれない?」
「キースさんに考えろって言われたでしょ」
「うぅ……」
スージアは、勉強は得意なようだが、新しく考えるのは苦手なようだ。でも、スキルを使えば思考力が上がるのだから沢山使えばいいのに。ああ、気持ち悪くなるから、嫌なんだったか。
「楽な道を選んでいたら、いずれたどり着くのは底だよ」
「…………」
スージアは顔をゆがませ、楽がしたい人間の欲求を全身に醸し出していた。どうも、とことん楽したい性格らしい。でも、それじゃあ、社会で生きて行くのは難しいだろうな。
学園は精神を成長させる場でもあるのだから、少しくらい楽しくないことも頑張ってもらわないと。
私はスージアの元から離れ、レオン王子のもとに向かう。
「く、ぐぅぐぅ……」
レオン王子は別の物質を魔力操作で加工しようとしていた。
「レオン王子。他の物質と魔力じゃ、重さが全然違います。力の入り具合も全然違うんですよ。だから、初めは軽い魔力だけで造形してみたらどうですか?」
「……なるほど」
レオン王子は私の話を聴き、魔力を使って造形を始める。
レオン王子の性格は優等生だ。良くも悪くも、周りに助けを求めるのが苦手そう。無理難題な方から解こうとして失敗しがちな人間だ。
でも、一度方向修正してあげれば、自分で行動できる人間でもある。
「うはっ、あぁ、寝ちゃってた。にしても、全然わかんないな。どうやったらいいんだろう」
メロアはぼけーっとして、すでに飽きていた。飽き性なのかな。
「メロアさん。魔力操作で相手の位置を探るために必要なのは魔力を感じることです」
「……よくわかんない」
メロアは空を仰ぎ、あくびしていた。そりゃあ、考えないとわからないよな。
「考えを巡らせないと、理解は難しいですよ」
「はぁー、今はちょっと面倒臭いからあとで考えるよ……」
メロアは自分の感情に素直なので、休みたい時はしっかりと休み、やる時はやるメリハリがついた人間だった。放っておいてもいいのだろうか。
ライアンとサキア嬢は努力すれば伸びるだろうし、ミーナとパーズはどうなるか見当がつかない。
でも、ライト曰く、魔力を持っているなら魔法は使える。得意不得意はあれど、不得意から普通に昇華させられれば戦いで大いに役立つ。
「ひ、一通り、助言してきました」
「ご苦労だったな。相手のことを見るのも一瞬の訓練だ。話したことはキララが理解したこと。つまり、自分を見つめることと等しい」
「な、なるほど……」
私はキースさんに上手く誘導されてしまった。相手に教えることが自分を見つめることと等しいなんて、何とも頓智みたいだ。
「私、色々理解できているみたいです」
「うむ、それがわかれば十分だ。先の訓練をこなしてもいいし、理解力をさらに深めるのもいい。時間は有限だ。周りに合わせすぎる必要はない」
キースさんは私の自由にしろと言ってきた。そんな教育でいいのかと思ったが、ここはドラグニティ魔法学園。キースさんが学園長を務める学園なのだから、彼が言えば別にいいのか。
「じゃ、じゃあ、軽く走ってきます」
私はフェニル先生の講義で単位を落とさないように自主練する。闘技場は広いので、どこで誰が何をしているのか、把握するのが案外難しい。
他の人と離れて何か食べていても気付かれにくい。
一人だけ先に進むと指導が面倒くさいから、皆一緒に同じように進みましょうねというのが日本教育の特徴だが、この学園は違うようだ。加えて、周りからの視線も違った。
「くぅ、なんで、キララに出来て僕に出来ないんだ……」
「キララさんに教えてもらった通りにやればちょっとは上手くいったぞ」
「ふわぁ~。さてと、さっさとやりますかね~」
スージア、レオン王子、メロアの中に私を妬んでいる者は一人もいなかった。
「魔法って難しいなぁ。キララってすげー」
「ほんとですね。スキルが弱いから魔法を努力したのかもしれませんね」
ライアンとサキア嬢は私の努力を見てくれていた。
「うぉーっ! 私もキララくらい魔法を上手く使えるようになってやる~!」
「い、いや、それは無理だと思うよ。でも、少しでもうまくなれるように頑張ろう」
ミーナとパーズは私を目標にしていた。私が周りと違っても、とがめられず、受け入れてもらえている。そんな雰囲気が漂っていた。
「これが異世界……」
――いや、別の考え方か。子供のころから足並みそろえている教育方針じゃないから、こんな相手を尊重できるのだろうか。
私は周りの姿が大人っぽいなと感じた。まだ、一二歳なのにすでに相手に対する敬意を持っている。
実力をしっかりと理解しているから妬む必要がない。私の周りに合わせる考えはこの世界じゃ無粋なんだろうな。
「……はぁ、それでも、私は足並みをそろえる。能あるビーは針を隠すんだよ」
「よっ! キララ女王様! 世界一!」
ベスパは私の周りを飛びながら勝手におだててくる。
ほんと、面倒臭い虫だ。
危険が去るまで悪目立ちするのは命取りになる。だからこそ、足並みをそろえるのが得策だと考えた。このまま、上手く隠れられたらいいんだけど……。
私は走りながら入学式で顔を触られた正教会の教祖の顔が浮かぶ。あまりにも不吉な予感がする。あの存在自体が、不吉だ。
「少しでも強くなって、自分の身は自分で守る」
両手を握りしめ、死なない程度に走った。
「つ、疲れたぁ~」
私は休憩と走りを何度も繰り返し、魔法学基礎演習の時間を終えた。皆、慣れないことをやっていたので、疲労の顔が見える。
一番疲れていたのは、スージアだ。地面から一センチメートル浮いたかなという程度。そう考えると地上八〇メートルを自由自在に飛んでいたキースさんの技術力が計り知れない。
「ま、初めはこんなものだ。皆、気を落とさずに精進するように。何かわからないことがあれば、わしかキララに訊くといい。キララの方が聞きやすければ、沢山質問してあげなさい。そうすれば、キララもどんどん成長する。仲間とはそういう存在だ」
キースさんは箒に乗ってふわりと浮きあがり、学園長室まで戻っていった。
「はぁ~。四限目が終わった~。最後、五限目まであるのきっついぃ~」
メロアは両手を伸ばし、そのまま闘技場を後にする。一〇分程度で休憩時間が終わる。そのため、着替えている時間は無く、体操服のまま、教室で授業を受けることになった。
五限目の講義は国語。殺しにきているだろ。お婆ちゃんのような優しい教師にルークス語について説明される。
ほんと、悪魔のささやきのように私達を眠りに誘った。ほぼ、拷問のような講義だ。
なんせ、起きていないといけないんだから。
ミーナとメロア、ライアンはしゅぴ~っと眠っている。相手の先生も運動系の講義の後だから仕方ないと思っているだろうが、講義は容赦なく進む。
私は珈琲を飲んでいたのでギリギリ耐えられた。
パーズは一分眠るだけで、眠気を完全に消せるらしく、スキルを有効活用して一番しっかりと聞いている。レオン王子は根性で耐えていた。なんなら、濃い色の紅茶を飲み、ギリギリ起きている。
サキア嬢は何度もあくびをしているが、眠っていなかった。
スージアは何やらどす黒い個体を口に含み、無理やり起きている。どうも、彼お手製の気付け薬のようだ。
地獄の九〇分間が終わり、今日の講義は全てなくなる。
「ふぐぐぐぐぐ~っ、ぁあ~、眠りすぎたぁ。最後に国語は死んじゃうよ……」
メロアはグーッと伸びる。勉強は大丈夫なのかと思っていたら板書はちゃんと書いていた。あまりにも器用な性格だ。
「ふがっ、あ、あれ。先生は……」
ミーナは涎塗れの紙を見て、一字も書いていないことに気づく。私の方を見て、泣きそうな顔を向けた。
「見せてあげるから泣かないの」
私は自分で書いた板書をミーナに見せる。
「うぅ、文字が汚い……」
「悪かったね。汚くて」
私の文字は元から汚いのに、眠気と戦っていたせいで、もっと汚くなっていた。ギリギリ読めるがたがたの文字なので、自分でも見返して書き直さないといけないと思っていたところだ。
復習のために文字を汚く書くのも悪くない作戦だろう。
「しゅぴ~」
ライアンは未だに眠っていた。どうせ、後からパーズに見せてもらえばいいやと思っているに違いない。
「じゃあ、皆。この後は掃除、委員会の集まりがある。掃除場所は紙に書かれている通りだよ。見ておいて」
レオン王子は黒板の横の板に貼られている紙を指さす。
一年八組の掃除は八階の廊下、トイレ、教室、学園長室の四カ所だった。すべて二人ずつで手分けして掃除するらしい。
私は学園長室。ミーナと一緒だ。