フェニル先生の講義
「じゃあ、全力で走ってもらおうか」
皆の全力は違う、でも、フェニル先生は見ればだいたいわかるらしい。休んだり、手を抜いた者はもちろん減点対象だ。全力で走っていれば地面で這いつくばっていようと問題ない。動き続けていればいい。
「準備体操をしたら、私の前に集合。ライアンは皆の前に立って準備運動の手本になれ」
「まあ、体育委員だし、そういう仕事か」
ライアンは前に出て準備体操っぽい動きをしながら掛け声を出す。
私達もライアンの動きを真似して体を解した。屈伸運動や開脚、跳躍などで体が温まる。
「よし。なら、ここに並べ」
フェニル先生の前に私達は移動した。
「闘技場の壁に沿って左回りに全力で走れ。前の人が邪魔だと思ったら追い抜いて構わない。この場に戻ってきたら一周だ。八分間で全力を出し切るように。用意、始め!」
フェニル先生は懐中時計を持ち、手をあげた。
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ミーナは当たり前のように全力疾走した。周りの者が到底追いつける速度ではない。なんせ獣族の八倍の速度で走っているのだ。
でも、八倍の速度で体力が切れるので闘技場を八周回った辺りで急激に速度が落ちる。まだ、二分も経っていない。
「お、お腹減った。し、死ぬ……」
「おらおら、全力で走れ! 走って死ぬことは無い!」
フェニル先生の激が飛び、ミーナは走るしかない。どれだけよたよた歩きでも、今の全力ならフェニル先生は見逃してくれた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。全力疾走、全力疾走……」
私は八分間走り切れるだけの体力が残るように走った。だが……。
「キララちゃん、これは長距離走じゃない! 最初っから全力で走れ!」
「ひぃいい……」
私は徒競走くらいの全力疾走。そんな走りしていたら四〇〇メートルくらい走ったころにはヘロヘロ。
八〇〇メートル走ったころには息がぜえぜえはあはあと身体機能が危険を訴えているような激しい動悸にみまわれる。
「そのまま、走り続けろ! 後ろから化け物が迫ってくると想像して走るんだ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。ば、化け物……」
私は背後から五〇メートルを超える超巨大なブラックベアーに追われている想像をした。もう、逃げないと死ぬと体が覚えており、脚がもつれながらも全力で走る。
八分間で闘技場の周りをざっと三週回った。闘技場の大きさが学校のグラウンドよりも大きいくらいだと考えると、ざっと一.五から二キロメートルくらい走ったのだろうか。今は何も考えるられず、地面にぶっ倒れている。
周りを見渡せば、全員がぶっ倒れていた。
「し、死ぬ、死ぬ……」
「ね、寝たい……」
「こ、これは、さすがに……」
ライアンとパーズ、レオン王子は四つん這いになり、息がしづらそうにお腹をへこませていた。過呼吸になっており、隙間風のようなヒューヒューと言う音も聞こえる。
「うぅ、うげぇ……」
メロアは完全に吐き戻しており、体調を崩していた。
「うぅ……」
ミーナは私と同じように前のめりに倒れ、死んでいるんじゃないかと思うほど微動だにしない。
「こ、こんな講義、あるんですか……」
サキア嬢は仰向けになり、大きな乳を上下させながら息をしている。
「…………」
スージアはもう、灰になってしまったのかと思うほどからっからに干からびていた。
「よし、皆、全力で走ったみたいだな。じゃあ、次は全力で剣を振ってもらおうか」
フェニル先生は私達を炎で燃やしてきた。すると、体の疲れや息苦しさがなくなる。
「う、嘘。なにこれ……」
「皆の体を無理やり回復させた。それで、全力がまた出せるだろ」
フェニル先生は笑顔のまま私たちを見てくる。講義時間はまだたっぷり残っている。
この教師が何人もの生徒を退学に追いやっているかが容易に想像できた。
「フェニル先生、寝てもいいですか?」
パーズは手を上げて訊いた。
「一分だけだぞ」
「ありがとうございます」
パーズは一瞬で眠った。すると体が光り、スキルが発動している。
一分経つと、パーズの表情は先ほどよりもよくなり、完全に回復していた。『完全睡眠』の効果だろう。羨ましすぎる。
「じゃあ、皆に剣を渡す。掛け声に合わせて剣を全力で振り続けろ。腕が上がらなくなったら終わりだ」
フェニル先生は私達に木剣を渡してくる。そのまま、皆の前に立ち、空気が震えるほど大きな声を出した。
「一回目っ!」
「は、はいっ!」
私達はフェニル先生の掛け声に返事して、木剣を振り下ろす。
「二回目っ!」
「はいっ!」
剣を振り下げ、頭上に持ち上げる。この行為をただただ繰り返す鬼畜な講義内容。皆、全力で走った後なので傷が回復したとはいえ体力まで全回復しているわけではない。だからこそ、限界はすぐに表れた。
「うぐ……」
私は今朝も剣を振っていたので、疲労が残っており八回目で一度目の限界が来た。
綺麗な型を維持できる体力はすでにない。だが、腕はまだ持ち上がるので続けて剣を振った。
ざっと二八回目で腕が上がらなくなり、そのまま座り込む。
私が座っても何も言われないということはフェニル先生の目から見て限界だとわかってもらえたようだ。
続いてスージアが座り、サキア嬢、ミーナ、ライアン、レオン、メロア、パーズの順番で座り込む。最後まで残っていたパーズは八〇〇本目くらいで全力を出し切った。
体力お化けだな。その後、フェニル先生に無理やり回復させられ、またもや……。
「よし、今から、魔法を全力で放ってもらう。空に向かってバンバン打ちまくれ。魔力がスッカラカンになっても内側から捻り出すように!」
「は、はいっ!」
私以外が大きな返事。ただ、私が全力を出しても魔力を枯渇させることが難しい。
そのため、フェンリルを呼んだ。彼は大ぐらいなので大量の魔力を食べてくれる。なんなら、フェニクスも呼び、神獣二体体勢で魔力を消費させる。
「なんか、神獣がやって来たんだけど……」
ライアンは苦笑いを浮かべ、空を飛んでいるフェニクスを見る。
「下にフェンリルもいるよ。どういうこと……」
パーズも状況が理解できず、視線を上下に動かしていた。
「あぁー、私が呼んだんだ。魔力を食べてもらおうと思ってな」
フェニル先生はフェニクスから事情を聴き、私に合わせてくれた。
「じゃあ、始め!」
フェニル先生の声が響き、私達は全力で魔法を放ち続ける。
私の魔法はフェニクスとフェンリルに食べられ、効果を失った。どうやら、神獣に低級の魔法は通用しないらしい。餌をパクパクと食べる可愛らしい姿を披露している。
「『ファイア』」
私は大量のファイアを連射し、フェニクスの口の中に突っ込んでいく。すると、文鳥程度の大きさだったフェニクスがどんどん大きくなり、闘技場を覆いつくすほどにまで増える。
「ピヨオオオオオオオオ~っ!」
フェニクスが吠えると第二の太陽が出来たのかと思うほど明るく、全身に力が沸く。
フェニクスの光を浴びたら、健康になれる効果でもあるのだろうか。
「デカくなり過ぎだろ。それだけ、キララちゃんの魔力量が多いってことか……」
フェニル先生も巨大なフェニクスを見て、苦笑い。
「フェニクス、魔力を消費しろ。そのままじゃ、周りが驚く」
「わかりました」
フェニクスは大空に飛び立ち、大量の明るい光を王都中に送った。すると、光を放った後、小さな文鳥程度に戻り、下りてくる。
「これで、王都にいる怪我や病気を追っている者が少々治りやすくなったはずです」
「そうか。えっとキララ、限界は来るのか?」
私が魔法を全力で放っていたころ、周りの皆はすでに座っていた。
「あぁー、限界がきてもすぐに戻るというか。戻ってきちゃうので半永久的なんです」
「つまり、限界がないと」
「限界はありますけど、時間を少しおいたら戻っちゃうので」
「こりゃ、とんでもないな……」
フェニル先生は苦笑いが止まらず、私の姿を見て少々引いていた。
なんせ、目の前にいるフェンリルも闘技場の建物よりも大きくなっており、舌を出しながら喜んでいた。
「フェンリル、そんなに大きくなったら、危ないから、小さくなって」
「今は難しい。満腹で動けないからな。ちょっと待てば、元に戻る」
フェンリルは鼻先で私の体を突く。息を吸うだけで、体が浮かびそうになってしまうほど大きい。襲われないだけマシだ。
「よし、今日の準備運動はここまで。あとは自分の限界を超えるために自主練だ」
「えぇ。お姉ちゃん、全然講義しないじゃん」
メロアの声がぼそっと響く。
「基礎体力すらついていないお前達に教えても無意味だ。無駄な思考になるからな少しでも強くなりたければ、今日の自分を少しでも超えろ。それ以外に強くなる方法はない」
フェニル先生の大きな声がメロアの声を押しつぶし、私達を威圧する。この講義は必修だと言うのだから単位を取るのは難しそうだ。
でも、この講義を越えたらもっと強くなれるのは間違いない。
逆に日常で全力を出したらぶっ倒れて危ないけれど、この時間ならフェニル先生に体を直してもらえる。安全に限界を越えられるのだから、訓練しないのはもったいない。
「フェニル先生! 私、もっと走ります! 動けなくなったら治してください!」
私は立ち上がり、大きな声を出してお願いした。
「喜んで!」
フェニル先生の嬉しそうな顔が何とも幼い。だが、ものすごく安心感がある。私を使って強くなれとでもいわれているような感覚だ。
「うぉおっ! 女に負けてられねえ!」
ライアンもすぐに立ち上がり、私の後ろから走ってくる。
「ふぅ……。全力を超える!」
パーズは仮眠を取ってから走り出した。
「こりゃ、王族だからって贔屓されないな……」
レオン王子も体に鞭打って立ち上がり、腕を大きく振って走った。
「キララ、やっぱり、ただの田舎者じゃないわねっ!」
メロアは呼吸を整え、体を解したあとに全力で走り出す。
「う、うおぉ……」
ミーナはお腹が空いてずっとよぼよぼだが、無理やり体を動かし始めた。
「す、すごい。皆、あんな辛い鍛錬した後なのに、自分から動き出すなんて……」
「全員バカすぎるだろ。あんな講義にムキになるとか……」
サキア嬢とスージアは長時間休んでいた。別に自由時間なので、どのように過ごしても問題ない。でも、次の戦闘学基礎で今日の限界を越えられるのだろうか。