喧嘩するほど仲がいい
「あぁ、こんなに大きなモフモフのぬいぐるみが手に入るなんて」
ローティア嬢は泣きそうになりながら抱きしめ、そのまま部屋に戻っていく。
食堂にいた大貴族の二人はいなくなり、静寂が訪れた。
「はぁー。ひどい目に合った……」
フルーファは未だに臍天の状態で寝そべっていた。
「フルーファ、お疲れ様」
私は頭を撫で、お腹を手の平でわしゃわしゃと触る。
「きゃぅ~ん、きゃんきゃんっ~」
フルーファの甘い声と尻尾を盛大に振るう姿が周りの者に盛大に見られた。
私はフルーファの魔力を減らし、体を子犬程度に小さくする。こうしておけば、場所も取らないし威圧感も少ない。
「じゃあ、お風呂に入ってくるから、フルーファは部屋で待っていて。部屋が開いていなかったら部屋の前で待っていて」
「はぁーい」
フルーファは八号室に足取り軽く歩いて行った。
私は脱衣所で服を脱ぎ、素っ裸になって風呂場に入る。
「はぁ~。極楽」
現在の時刻は午後一〇時三〇分ごろ。少し遅めの入浴だが、お風呂に入らないと一日が終わった気がしないので長めに浸かる。
「もう、キララ、酷いよ。なんでローティアの肩なんて持ったの」
先にお風呂に入っていたメロアは私のもとに近づいて来て、しまいに抱き着いてくる。
「いやぁ、二人共悪いと思ったけど、やっぱり謝れないのは社会で許されないから。メロアさんの方が悪いって判断になっちゃうよ」
「私は何も悪いことしていない。ドラグニティ魔法学園は位が関係ないんでしょ。だったら、レオンから誘われても乗る必要ないじゃん」
メロアは自分の気持ちが周りに理解されずに息苦しそうに呟いていた。
「確かにね。でも、メロアさん、多くの者が規則で許されていても社会の雰囲気で縛られているから簡単に行動できないんだよ」
「社会の雰囲気……?」
「怒られている最中、どっかに行ってしまえと言われて、どっかに行く者が少ないように、元から備わっている感覚があるの。多分、メロアさんは他の人と感覚がずれているんだと思う。それがつらさの原因だよ」
「感覚のずれ……」
「住む世界が違うと、感覚のずれがあるの。メロアさんの考えと他の人の考えが違うから生きづらい。メロアさんは周りに会わせる気がないから、よけいつらくなるの。でも、そういう自分が好きなんじゃない?」
「な、なんでわかるの……」
「うーん、メロアさんは我が強そうだから」
「な、なんか、私がバカみたいじゃん」
「実際、周りからはそう見えているんだよ。メロアさんは頭が良いけど、バカにされているの。周りと違う行動をとるだけで、バカなやつって思われちゃうのが集団行動の怖い所」
だから、集団で人を操れる。メロアみたいな人間はすぐに排除されちゃうから、我が強すぎるのも危険だ。
「うう、じゃあ、どうしたらいいの。私、ずっとこのままなの」
メロアは腕をぎゅっと強め、私にさらに近づく。裸の付き合いは心を一気に近づけられるのだなぁ。
「私はメロアさんの友達だよ。ミーナだってそう。別に自分を無理やり変える必要は無い。少しずつ合わせればいい。今日みたいにレオン王子と一緒に昼食を得たでしょ。あんな感じに、周りと軽く合わせていれば十分」
「友達……。キララ、私の友達」
「そうだよ。私はメロアさんの友達だよ。だから、何でも相談して。出来る限り答えるから」
「うぅ……。キララ~っ!」
メロアは私に力いっぱい抱き着いてきた。
「うぐぐぐぐ、お、折れるぅ……」
メロアの怪力が私の体を折り曲げようとしていた。彼女の体を叩き、降参と合図を送るも、この世界にこの合図が通じるわけなく、体が悲鳴を上げる。
「ねぇ、ローティアとどうやったら喧嘩をせずに生活できるかな。私、あの女、ほんとうに嫌いなの」
「ず、ズバッというね……。でも、ローティアさんは悪い人じゃないよ。凄く良い人だから、そんなに警戒する必要ないよ」
「でも、あの胸とか、つやつやの髪とか、綺麗な顔立ちとか。私が持っていないもの全部持っている。大貴族ですからー、みたいな雰囲気が鼻に突く」
――メロア、それは嫌っているんじゃなくて嫉妬だよ。
「えっと、そういうところを含めて相手のことをしっかりと見られるのが寮の良い所。メロアさんが持っていない部分をローティアさんから少しでも盗もうという気はないの?」
「わ、私があんな大貴族っぽくふるまえると思う?」
「うぅーん、難しいかも。でも、髪の艶とか、肌の手入れとか、見直せる部分はいくらでもある」
「そ、そうだけど、私、そんなの興味ないし。あの女に訊くくらいならキララに訊くし」
「ちょっと話のきっかけになる、聞いてみたら良いと思うけど」
「ぜぇ~ったいにいやぁ~っ!」
メロアはローティア嬢にライバル意識を向け、真反対の性格の相手だから嫌っていた。でも、逆にそういう相手の方が仲良くなりやすいんだよなぁ。
私とミーナだって真反対の性格、だからこそ波長が合う。まあ、他の人に強要するわけじゃないけど、ちょっとくらい考えてもいいと思うんだけど。
「あら、キララ。そんなガサツな女といたら、もっと芋娘感が強くなりますわよ」
ローティア嬢は私達の前に現れた。素っ裸なわけだが、女子のお風呂なので何ら問題ない。でも、体をさらけ出せるほど居心地がいいのかな。
――にしても、乳がデカいな……。本当に同級生だろうか。
「まあまあ、ローティアさん。そんなに喧嘩腰にならなくても」
「あらー、ほんとうのことを言っただけですわ。メロアさんは大貴族なのに大貴族らしさが全くありませんもの。蛮族と言ったほうがいいのではないかしら」
「はぁ? 蛮族。聞き捨てならないわね。私のどこが蛮族なのよ。あんたの方が風俗街で男をだます悪い女みたいじゃない!」
「なっ! よくそんなこと言えますわね!」
メロアとローティア嬢はお風呂場で取っ組み合いになり、風呂の中で相撲のような押し合いになった。
すでに遅い時間だったので、私以外誰もいない。
でも、昭和の深夜番組のようでちょっと面白かった。
「ふ、二人共、喧嘩したら、駄目ですよ~」
私は喧嘩を止めるふりをして、あまり強く止めない。私が止めろといったところで、二人が止めるわけがない。だから、このまま続けてもらう。
どちらも一歩も譲らず、二人して力尽きた。どうやら、メロアの方は眠たすぎて力が出ない、ローティア嬢は普通に力不足。今回も引き分けだ。
「はぁー。もう、お風呂で暴れるなんて大貴族失格ですわ」
「あんたの方から始めたんだろうが……」
「なにを言っていますの。メロアさんの方からはじめたんじゃありませんか」
「はぁ? なんでそうなるの!」
ローティア嬢とメロアが口を開けば喧嘩ばかり。どうして、そう喧嘩ばかり出来るのか。逆に仲良しなんじゃないか……。
そう思ってしまうほど、二人の掛け合いは長年友達だったように見える。
「もう、二人共。お風呂は喧嘩するところじゃありませんよ。仲を深め合うところです。背中を洗いあって、心からすっきりしましょうよ」
ローティア嬢とメロアは立ち上がり、お風呂から出て風呂椅子に座った。髪を洗い、顔をお湯ですすいで布に石鹸を付けた後、体を擦る。
背中を洗いあい、シャワーを掛け合っていた。
「おらおらおらおらおらおらあっ!」
「てりゃてりゃてりゃてりゃあっ!」
両者共に水を噴射し、掛け合っていた。冷たい、ひゃぁ~っ、とか言いながら、仲が良い友達同士が遊んでいるように見える。
私があまり関与しなくても大丈夫かもしれない。
「はぁ、はぁ、はぁ。め、メロアさんといると本当に疲れますわ」
「はぁ、はぁ、はぁ。こっちが言いたい。もう、今日は凄く疲れているのに、なんで、お風呂でも疲れないといけないの……」
勝手に喧嘩を始めてすぐに終わっていく。どちらの力も同じなため、決着はつかない。ほんとうにどんぐりの背比べ、無駄な争いだ。
両者から見れば、嫉妬の対象なので喧嘩したくなる気持ちもわかるが、仲良くなれば互いに高め合っていける最高の仲間になれるのに。本当にもったいない。
私はどんな人間とも出来る限り仲良くしたい。そのため、特段敵を作る気はないが、相手が悪なら手を取らない。
まあ、正義という自分の物差しで測っているのでそりが合う合わないはあるが、出来るだけ良い者でありたい。
「ふぅー、体を洗って、部屋に戻って勉強したら寝よう」
私は喧嘩を放っておき、自分の髪と顔、体をささっと洗い、お風呂から出る。周りに誰もいないので、魔法を二種類使い、髪を乾かし、新しい服を着た後、部屋に戻った。
部屋は鍵が閉まっている。でも、フルーファは外にいない。
自分で持っている部屋の鍵を錠前に差し込み、開けてから部屋の中に入る。
「ううぅ~ん、フルーファぁ~」
ミーナはフルーファを抱き枕替わりにしてすやすやと眠っていた。抱き枕にされている方は大変苦しそうだ。
なんせ、ミーナの力は通常の人の何倍もある。抱きしめられ続けて圧死するかもしれない。まあ、女の子に抱き着かれて天に召されるのなら彼女がいないフルーファも本望だろう。
「んなわけあるか……」
フルーファは私の方に視線を送り、助けを求めてくる。
「まだ生きていたんだ」
「ペットに言う言葉じゃないだろ……」
「嘘だよ。助けてあげたいけど、私もミーナの攻撃の的にされたら困るから、力が抜けるまで耐えてね」
「うぅ。内臓が飛び出しそうだ……」
「大丈夫。フルーファは死んでも生き返れるから」
「うぅ。なんで俺の体は不死身になっちまったんだ……」
フルーファの悲しそうな顔を見た後、私は椅子に座って日課の魔法陣を描き、勉強する。
教科書があるので理解できれば、問題がサクサク解けた。問題が解けると勉強は楽しいので、続けられる。
ここからもっと難しくなると思うと気が重いが、毎日コツコツ勉強を続けていれば、いきなり躓かない。
自分の努力が命綱となって転落を止めてくれる。なんなら、落ちるような溝を作ってきた覚えはないので、躓いたら立ち上がるだけだ。勉強を終え、魔石の照明を消したあと、ベッドに寝ころぶ。
フルーファはすでに魂が抜けており、人形のように寝転がっていた。
私は気にせず布団をかぶり、目を閉じた。