フルーファのぬいぐるみ
「はは……、レオン、お前、顔硬いなー。笑顔が下手くそだ」
「ちょ、ライアン、ほんとうのこと言い過ぎだよ。こういうところがあるから……」
パーズはレオン王子に頭を下げ、何度も謝った。
「私でも笑顔が下手なことくらいわかっている。そろそろ時間だし、私は寮に帰るとするよ。ライアンとパーズも一緒に帰らないかい?」
「うーん、まあ、良いぜ」
「ここは喜んでだろうが。バカ」
ライアンとパーズはレオン王子の隣に立ってスタスタと歩いていく。彼らは騎士寮なので、同じ寮に住んでいる。少しずつ仲良くなっていけば、友達同士になれるだろう。
「はぁ~。疲れた疲れた~」
私は椅子の背もたれに背中をつけ、グーッと伸びる。
「腹が減った……」
フルーファは長テーブルの下からぬぅっと出てきて、私の足の間に顔を見せる。
「ああ、ごめんごめん。人が多すぎてフルーファを連れて歩ける状況じゃなかったんだよ」
私は余っていた肉をフォークで刺し、フルーファの口に運ぶ。
「もぐもぐ……。うーめー」
フルーファは肉をある程度噛んだら、丸のみにする。
肉を何枚か食べさせた後、私の魔力を含ませた果物を口に放ってやる。すると、お腹いっぱいになったらしく、心地よさそうに尻尾を振っていた。
「ほんと、この後片づけが一番面倒臭い。散らかさずに帰ってほしいよ」
「まあまあ、そんなに怒らないの。私達が一年生の時も先輩たちはそう思っていたんだから、今は私達が頑張る時なんだよ」
「ほんと生徒会長はお優しいですねー。私は面倒臭いっていう気持ちの方が大きいです」
生徒会に入っているパットさんと生徒会長のリーファさんは人が少なくなったところを見計らい、パーティーの後片付けをしていた。
「リーファさん。こんばんは」
私はフルーファの頭を撫でた後、挨拶に向かう。
「ああ、キララちゃん、こんばんは。パーティーは楽しんでくれた?」
「凄く楽しかったです。友達も一人出来ました」
「それなら、パーティーを頑張って準備したかいがあったよ。もう、午後一〇時に近いし、後片付けの準備に入るから」
「じゃあ、私も手伝いますよ」
「え? いいの! 人数が足りなかったからありがたいよ~!」
パットさんは立ち上がり、やる気を見せる。いや、この人の表情的にサボろうとしているといった方が良いか。
「一年生は今日の主役だから、手伝ってもらう訳にはいかないよ。キララちゃんは二年後のパーティーの時に後片付けを頑張って」
「ちょ、生徒会長。せっかく手伝ってくれるっていっているんですから、手伝ってもらいましょうよ~」
リーファさんとパットさんが言い合いを始める。少々長引きそうだったので、私は勝手に始めることにした。
「ディア、あまりものの料理を全て平らげて。ベスパ、皿や長テーブル、シーツの後片付けをお願い」
「わかりました!」
「了解です」
ディアは大量のブラットディアを呼び、肉や野菜、果物、お菓子といった料理をかたっぱしから平らげ、誰にも気づかれないうちに消える。あまりの速度に誰も気付いていなかった。
ベスパは皿を綺麗に重ね、ぶーんと飛びながら運ぶ。他のビー達も皿やシーツを綺麗に回収し、長テーブルをステージの下に運んで行った。
ブラットディアたちはモップ掛けをするように会場を綺麗にしていき、ついでに天井のシャンデリアや壁もつやつやにしておく。埃や湿気なども全て綺麗にした。
「よし、これでいいかな。あとは『クリーン』」
私は杖を持って、会場全体に魔法をかけた。
リーファさんとトッチさんは言い合いを止め、いつの間にか綺麗になっている会場を見た。なにがどうなっているのか理解していない。
「じゃあ、私は失礼します」
頭を下げ、ボーっと突っ立っている生徒会の二名からささっと離れる。なにを言われるかわからないし、逃げるようにして会場を出た。
「フルーファ、背負って」
「はぁ……。どうぞ」
フルーファは大きなため息をつき、四肢を曲げて座高を下げる。
私はフルーファの背中に跨る。
「じゃあ、冒険者女子寮までお願い」
「はいよ……」
フルーファは軽く走り出す。自分で移動するよりも格段に速い移動が出来た。
冒険者女子寮の中に入ると、案の定というべきか。
「ちょっとメロアさん、レオン王子にあの態度はないと思いますわよっ!」
「はぁ? 私は踊りたくなかったから踊らなかっただけ。あんただって顔を蹴り飛ばしていたじゃない。私より酷いんじゃない~」
ローティア嬢とメロアは両手を握り合わせ、デコをぶつけながら、いがみ合っている。どちらも譲らぬ魔力の押し合いまでしており、食堂は二次会のような盛上りを見せていた。
「喧嘩だ喧嘩だ~っ。やれやれ~」
モクルさんは戦いが好きなのか、二名の喧嘩を見て興奮していた。脚を動かすたびに震える胸の大きさが私の顔一個分以上あるので、複雑な気持ちになる。
「あ、キララ。ねえねえ、どう考えてもローティアの方が悪いでしょ」
「キララ、メロアの方が悪いわよね!」
メロアとローティア嬢は私の方を向き、目をかっぴらいて訊いてくる。
「あぁー、そのー。レオン王子の誘いを断るのも失敬ですし、顔を蹴るのも失敬なので、どちらも同じくらい悪いと思いますよ。でも、手を出したローティア嬢の方が悪いかな……」
「ほら~っ。私の方がまだましみたいよ~」
メロアは勝ち誇った表情をしながら、ローティア嬢を追い詰める。
「く……、キララの薄情者! 何が友達ですわ! やっぱり、あなたもそういう女なのですわね!」
ローティア嬢は泣きそうな顔になり、身を引こうとする。
「でも、ローティアさんはレオン王子にあやまったので、失敬は無くなっています。だから、失敬を残しているメロアさんの方が立場は悪いかと」
メロアの顔が引きつり、ローティア嬢の顔に笑みが浮かぶ。
「おほほほっ。メロアさん。あなた、謝ることも出来ない無能な女なのですわね。やはり、わたくしの敵ではございません」
「ぐ、ぐぬぬ。そうだった、この女、謝っていた……」
「謝れる者と謝れない者との差は大きいですよ。この喧嘩は戦う前から勝者が決まっているも同然ですから、戦わない方が得策です」
「く……、きょ、今日のところはこの辺にしておいてあげるわ」
メロアは手を引き、お風呂場に向かった。
「おほほほほほっ! 情けない後ろ姿ですわね~。この後もわたくしが勝ち続けますわ~」
ローティア嬢の気高い笑い声が食堂に広がる。
「今は無効試合でしょ。勝ち負けはついてない! 勝手に勝ち誇るな!」
メロアは大声で叫び、大股で歩いて行った。
「はぁー、すっきりしましたわ。でも、部屋に行くとあの暴君がいると思うと気が休まりませんわね~。ん? はっ!」
ローティア嬢は体を伸ばして解したあと、私の方を向いた途端、後ずさりする。フルーファに視線を向けていた。
「あぁ、すみません。大きすぎましたね」
フルーファは普通の大きさに近くなっており、二メートルほどの巨体だった。そのため、小さなフルーファを見ているローティア嬢を驚かせて……。
「も、もふもふですわ。もふもふですわぁ~っ!」
ローティア嬢は周りの目もはばからず、大きなフルーファに抱き着いた。顔を擦りつけ、笑顔を隠そうとしてもにじみ出てしまっているように見える。
「えっと。なんか、面倒臭い女の人がくっ付いてきているんだが……」
フルーファはローティア嬢をうざがり、前足で体を離そうとする。
「あぁ、肉球プニプニですわぁ~っ!」
ローティア嬢はフルーファの足を掴み、黒っぽい肉球を押し込む。鋭い爪が見えているのに、恐怖心を感じていないのだろうか。
「はっ。わ、わたくしとしたことが、何とはしたない……」
「えっと、好きなだけモフモフしてもいいですよ。フルーファ、ゴローン」
「くっ……」
フルーファは私に押し倒され、食堂でお腹を見せながら寝転がる。
「きゃぁああああああああ~っ!」
ローティア嬢はフルーファのお腹に乗り、むぎゅむぎゅと抱き着いて、バタ足する。どれだけ嬉しいんだ……。
獣に癒されているローティア嬢の顔に先ほどまでの威圧感は無く、普通の女の子になっていた。
もしかしたら、ミーナに優しくしていたのは獣だからか……。あわよくば尻尾や耳をモフモフしようとしていたのかもしれない。
周りの人はローティア嬢を見て引いていた。そりゃあ、魔物に抱き着くなど考えただけで身の毛がよだつだろう。
なんなら、自分の体をまるまる食べられてしまうほど大きな魔物が相手ときた。抱き着くなんてあり得ない。
「キララ、このフルーファっていう子は魔物で間違いないのよね?」
「ええ、間違いありませんよ。私のペットです」
「じゃあじゃあ、わたくしのペットも見つけられるのかしら!」
ローティア嬢の目は本気だった。魔物をペットに欲しがるなんて狂ったお嬢様だ。
「えっと、あまりお勧めはしませんよ。どうせペットにするなら動物のほうが……。今なら、バートンがお勧めかと」
「バートンも可愛らしいけど、モフモフしていないじゃない。モフモフしていなきゃいやよ」
「ローティアさん、モフモフが相手だと性格が変わるんですね」
「はっ!」
ローティア嬢はフルーファに抱き着いていた姿を俯瞰したのか、ばっと離れる。
「ん、んんっ。ちょ、ちょっと興味があっただけですわ。こんな獣臭い生き物、抱きしめながら一緒に寝たいなんて夢にも思ったことありませんわ!」
「はは……」
ローティア嬢の部屋、もふもふの人形だらけなんだろうな。
――ベスパ、フルーファと同じ大きさのぬいぐるみって作れる?
「可能ですよ」
ベスパは光、森の中で作業を進め、私のもとに大きなフルーファぬいぐるみがやって来た。中身は木材を細かく切ったチップで、周りはネアちゃん特性の魔力繊維で作られた布。黒い毛の一本一本まで再現されており、木の良い匂いがする。
「はわわ。な、なんですのそれ。わたくしに何をさせる気ですの……」
ローティア嬢の顔はあわあわと口を動かし、無心に手を伸ばしてしまっている。
「これ、友達の印です。細かい木の板が痛いと思ったら綿に変えますから気軽に言ってください」
私はローティア嬢にフルーファのぬいぐるみを差し出した。