謝りに行く
「私が服を持ってきます。それを着てください」
「わたくしが気に入らなかったら着ないわよ」
「そんな、わがままを言っている場合じゃ……」
「わがままじゃないわ。大貴族としての誇りよ。わたくしはわたくしを良く見せるためにドレスを着るの。ダサいドレスを着るくらいならこの格好で出る方がましよ」
「いやぁ、さすがにそれは。とりあえず、ドレスを作って持ってきます」
――ベスパ、ローティア嬢の採寸をよろしく。あと、私が頭の中で考えているドレスを持ってきて。
「了解です」
ベスパは森の夜にぶーんと飛んで行った。八分ほど経ち、ドレスを持って戻ってくる。
私は物凄く質素なドレスをベスパに作ってもらった。
「なにこれ……。寝間着みたいなドレスじゃない。こんなドレスを着ろっていうの?」
「踊りやすいドレスです。生地が伸び縮みして苦しくありませんし、汗も吸ってすぐに乾きますから臭くなりにくいです」
私はローティア嬢が着ていたドレスを嗅ぐ。
「ちょっ! わ、わたくしが臭いと言いたいの! なんて失敬な……」
「なにも言っていないのにそう思うということは自分で軽く思っているということですよね?」
「う……、し、仕方ないじゃない。そんなドレス、簡単に洗えないのよ。魔法でも色々な装飾品が付いているから完全に綺麗にするのが難しいの。悪かったわね、臭くて!」
別に臭いと言っていないのに。
ローティア嬢は私が持って来たドレスを同じように嗅いだ。
「あ……、良い香り……」
何度もにおいを嗅いでる。ヒノキのような森の香りが漂ってきた。香水でにおいを誤魔化すのではなく、自然の香りを放っているため、嫌味がない。
「な、なにこの着心地。気持ちよすぎますわ」
ドレスをいつの間にか身に纏っているローティア嬢がいた。
バレリーナのような質素で体の線を見せる綺麗なドレスを着ている。スカートは少し長め。色は黒い。ダンスするなら悪くない色合いだ。
「あぁ、あぁあ。すごい、凄いですわ」
ローティア嬢はふわりと脚を持ち上げてⅠ字バランスする。
「体がすごく柔らかいんですね。私、そこまで足が上がりませんよ」
「わたくしの体が柔らかいのは当然よ。でも、この布地、なんでこんなに動きやすいの。ただの生地がこんなに伸びるなんてあり得ませんわ」
「えっと、企業秘密ってことで……」
化学繊維ではなくネアちゃんの生み出した魔力繊維が布地に使われている。伸縮性があり通気性もいいので着心地が抜群だ。下着にするともっと真価を発揮するが、体をガッチガチに固めるドレスにしても動きやすさが向上しているらしい。
「じゃあ、ローティアさん。その服装でパーティー会場に戻りましょう。きっと、皆驚きますよ」
私はローティア嬢の手を握り、優しくエスコートする。
「レオン王子に謝ってダンスを踊ってください。断られたら他の者とダンスを踊ればいいじゃありませんか。断られるのが当然と思うのも大切ですよ」
「……はぁ、ほんと、なんでこうなってしまったのかしら」
ローティア嬢は溜息をつき、私と共にパーティー会場に向かう。
――ベスパ、ローティア嬢が着ていたドレスを綺麗にしておいて。ものすごく高いと思うから、慎重に扱ってね。
「了解です」
ベスパはドレスを受け取り、汚れや皴を綺麗にしていく。
☆☆☆☆
私は新入生歓迎パーティーが行われている会場に到着し、ローティア嬢から手を放す。彼女のメイドといわんばかりに扉を開いた。
すでにダンス大会が行われているはず。だが、誰も踊っていない。下手糞な演奏を聞かされているような、ものすごく重苦しい空気。場にいるだけで重圧に押しつぶされそうだ。
「ろ、ローティア様」
「ローティア様が戻って来ましたわ」
「でも、お召し物が普通のドレスに」
「普通のドレスにしてもあまりに質素ですわ」
多くの女子生徒がローティア嬢の方を見て呟いていた。自分達よりも位が高い者の衣装が質素なドレスだから目立つ。
なにをするのかといった呟きがあちらこちらで囁かれていた。
ローティア嬢は周りの目を気にせず、悠然とした態度でパーティー会場に入ってからレオン王子のもとに向かった。
「お、ローティア嬢がまたレオン王子のところに向かったぞ。あの、靴でまた踏むのか?」
「そんな訳ないだろ。でも、股を蹴るくらいはするかもな」
「いやいや、服装を変えて来たってことはお前に用はないってことなんじゃないか?」
「さっきの派手な衣装もいいが、質素な衣装もやけに似合うよな。あの髪は独特すぎるけど」
男子たちもローティア嬢の動きに注目していた。
レオン王子が二連敗しており、自分達が他の女を誘ってダンスを開始できるわけもなく、ずっと停滞していたようだ。
レオン王子は泣きたそうな顔で椅子に座り、食事していた。周りに誰もおらず、省かれているような、いじめにあっているとすら思う光景だ。
でも、実際は皆が遠慮して声を掛けに行けない状況だった。暗く窒息してしまう深海のような雰囲気に単身で乗り込んだローティア嬢はイケメンな王子様の横に立った。
「レオン王子、先ほどは大変申し訳ありませんでした。顔を蹴りつけるなんて失敬すぎましたわ。心よりお詫びいたします」
ローティア嬢は両膝を付き、土下座するように頭を下げた。
「な……」
男女共に多くの生徒たちがローティア嬢の謝罪を見て、言葉を失っていた。
あのローティア嬢がレオン王子の失敬を認めたうえで謝罪した。その心の現れを察知したと思われる。
「い、いや、ローティアは何も悪くない。悪いのは全て私だ。だから、そんな謝らないでくれ」
レオン王子は椅子を押し倒す勢いで立ち上がり、ローティア嬢の肩を持つ。
「ですが……」
「良いんだ。すべて不問にする。気にするな。私の失敗を庇ってくれてありがとう……」
レオン王子はローティア嬢にぎゅっと抱き着き、感謝の言葉を呟いた。
ローティア嬢はレオン王子と共に立ち上がる。すっと離れ、軽く笑う。
「レオン王子。お願いがありますわ」
「いや、もう一度、私から言わせてくれ」
レオン王子はローティア嬢の前で膝立ちになり手を取った。
「ローティア。どうか、私と踊ってはくれないだろうか」
レオン王子はこの状況を打破しようと考えていたのかもしれない。
本当はローティア嬢と踊りたくないかもしれない。でも、王子が躍らずして周りの者が躍るわけがない。そうわかっていた。
「…………はい」
ローティア嬢も自分が躍らずして女子生徒が躍るわけがないと知っていた。だからこそ、レオン王子のお願いを聞き入れ、共に踊り出す。
すると、不思議なことにその風景がとても自然に見えた。
両者とも型にはまっており、さすがの一言。王子と令嬢のダンスは吹奏楽部の一曲分続いた。
そのまま、二曲目に移ると多くの者達が踊り出す。男女の二人一組になり、音楽に合わせて微笑みながらゆらゆらと踊っていた。
「はぁー、私は取り残されるのは定期ですかー」
私は一人で壁際に立って周りが楽しそうに踊っている姿を見ていた。貴族の者が芋娘たる平民に話しかけてくるわけがない。
「なんだなんだー、寂しそうに突っ立っちゃって。俺が踊ってやろうか?」
私の近くにやって来たのは橙色髪の男だった。生憎同じクラスで、よく知っている少年。
「ライアン。あんたって、そんなに紳士だった?」
「俺はいつでも紳士の心を持って女と接しているんだぜ」
ライアンは決め顔で言うが、何とも締まらない。
「シャツは入れようよ……」
「えー」
ライアンの腰から燕尾服の内シャツがこんにちは、していた。何とも子供っぽい姿だ。
「まあ、別に踊ってあげてもいいけど、ついてこられるの?」
「んー、周りを見て覚えたから行ける」
ライアンは内着を元に戻し、私の前に立った。両手を広げる。
私はライアンの手を握るために前に出る。
一歩一歩確実に脚を運び、音楽に合わせて踊る。別に楽しくないが、周りの輪に馴染めたような気がして一体感を得られた。
「ライアン、力が強いんだけど……」
「体勢を維持するのが意外にきつくてな。逆にキララは力が全然入っていないんだな。凄すぎるぜ」
ライアンは一曲踊っただけで額から汗をにじませ、息を荒らげていた。
まあ、私は踊りのプロだった。曲に合わせて体を動かすことに慣れている。歌を披露せず、ただ踊るだけなら一曲程度問題ない。
「ライアン、ありがとう。凄く楽しかったよ」
私は踊りに誘ってくれたライアンに笑顔を向けながら、頭を下げる。
「お、おう」
ライアンの表情が軽く赤くなり、頬を人差し指で描いていた。照れが見えると中学生っぽくて何とも可愛らしい。
私はライアンから離れた。一人と踊れればダンス大会に出場したとみなされるだろう。まあ、勝ち負けはないし、皆の注目を集めているのは一つの組しかない。
「ローティア、まだ踊れるかい?」
「舐めてもらったら困りますわ。わたくし、一日中でも踊れるだけの体力がありましてよ」
「ふっ、そうか。なら、最後まで踊ろうじゃないか」
「ええ、喜んで」
レオン王子とローティア嬢は物凄く長い間踊っていた。彼女たちが近くを通ると花や森のにおいがふわっと広がる。
私が渡したドレスがローティア嬢の汗を吸って蒸発させているのだ。その匂いが辺りに充満していた。
もし、ローティア嬢が着ていた服でダンスを踊っていたら汗臭くて仕方がなかっただろう。
他の令嬢や子息が着ている服はすでに汗臭い。長い間、踊っていたら汗を掻いてにおいが強まるのは当たり前。汗が気化して会場の中が湿気るに決まっている。
でも、こういう空間に慣れているのか、周りの貴族たちは大して気にしていなかった。でも、ミーナだけは鼻をつまんでにおいを嗅がないようにしている。獣族だから、においに敏感なんだろうな。
私はさりげなく魔法を使って会場の空気を清潔にしていった。そうするだけで、においが気にならなくなる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ローティア嬢とレオン王子は八曲ほど踊り切り、周りから拍手が送られた。すでに彼女たち以外は踊っておらず、初めと最後を務め切った。
「レオン王子。その、ありがとうございましたわ。凄く楽しかったです」
「ああ、私も凄く楽しかった」
両者は軽く会釈してダンスを終える。すると、演奏が止まった。
「えー、だれがどう見てもダンス大会の優勝者はレオン王子とローティアさんの組で間違いなさそうですね。皆さん、盛大な拍手を!」
進行役は手を叩き、周りの者達にも伝染させる。皆、ローティア嬢とレオン王子に拍手を送り、ダンス大会を締めくくった。
私の影が物凄く薄かった気がするが、二名の光が強すぎたから仕方がない。




