二番煎じ
「ねえ、あなた、キララと言ったわよね」
「はい。キララ・マンダリニアです」
「田舎からこんなところに出てきて何のつもり。前も言ったけど、ここはあなたのような芋娘が来る場所じゃないわ。さっさと田舎に帰りなさい」
「いやー、そう言われても、私はここに入るために色々頑張って来たので簡単に辞めるわけにはいきませんよ」
「じゃあ貴族の荒波にもまれ、ズタボロになってもいいってことね。ズタボロで村に帰っても誰も喜ばないわよ。せっかくこの大貴族のわたくしが辞めるという口実を作ってあげているのに、バカな芋娘ね」
ローティア嬢は溜息をつき、最後の一片になったぷるっぷるの肉を口に入れる。そのまま咀嚼し、嚥下した。
彼女は肉を食べ終わり、真っ白なハンカチのような布で口もとを拭う。もう、薄皮が捲れてしまいそうなほど綺麗な唇が油によって軽く潤い、ゼリーのようだ。可愛いを越えて尊い。
「私の心は鋼なのでお構いなく」
「なにそれ。まあいいわ。そんなにボロボロになりたいなら、勝手にぼろ雑巾になっていなさい。わたくしは田舎の娘がどうなろうと気にしないから」
ローティア嬢はグラスに潤った唇を当て、水を飲む。それだけで絵になるのだから、やはりローティア嬢の王女様感はとても強い。もう、王族になるために教育を受けたようなたたずまいだ。私の付け焼刃な食事方法が赤ちゃんに見える。
「なによ。この私と同じ料理を食べているのに、感情が薄いわね」
「あ、い、いえ、美味しいですよ。美味しいです。うーん、おいし~」
私は味がしない肉を噛み、流れ出ない唾液の代わりに水を口に含んで無理やり飲み込む。これが、本物の大貴族と食事する感覚。さすがに精神がすり減るな。
「はぁ、ソースを掛けなかったら美味しいわけないでしょ。バカなのかしら?」
ローティア嬢は私の前に白いディップ皿を置いた。
私が取って食べていた肉はただの焼かれた肉でソースが掛かっていなかった。そりゃあ、味がしないか。さすがに緊張しすぎだな。
「あ、あちゃ~、これが夢にまで見たソースですか。田舎じゃ、味がついていない料理ばかりなので、気づきませんでした~」
「ふっ、これだから田舎者は。ドラグニティ魔法学園の料理人は優秀よ。不味かったらすぐにやめてやるつもりだったけど、仕方がないから通うことにするわ」
ローティア嬢はロール髪をクルクルと弄り、笑っていた。つまり、彼女が笑ってしまうほど美味しいということか。
私は肉をソースに掛け、口に入れる。爽やかな風味と軽い甘味、ガツンとした塩味が舌に加わる。色が黒いので色々なソースを混ぜて作った品だろう。
口の中の情報を一つ一つ解して行くと、爽やかな風味はカボスのような柑橘系の味、甘味はもちろんウトサ、ガツンとした塩味は岩塩だろうか。香辛料も効いており、唾液が滲み出てくる。
「ん~、凄い複雑なお味……」
「その複雑さがいいのよ。単純なしょっぱさや、甘さなんかより料理を楽しめるじゃない。もう、これくらいしてくれないとわたくしは満足できない舌なのよ。田舎者のあなたと違ってね」
ローティア嬢は私を下に見ながら話す。だが、私はそれで構わない。
まあ、簡単に言えば社長にへつらう部下みたいな立ち位置だ。昔の私もそんな感じだった。苦しみはない。
プライドはないし、強い者に巻かれた方が有利だ。
生き残るために強いものに寄生する寄生虫のような存在となって、この場を凌ぐ。この関係を友達といえるのかはさておき、周りの者が私を見る目を変えている姿がはっきりとわかる。
「はぁー、料理も食べ飽きたわ。そろそろ話しに行こうかしら」
ローティア嬢は椅子から立ち上がり、多くの女子に囲まれているレオン王子のもとに向かう。
「こんばんは、レオン王子。今日も大変すばらしお召し物ですわね」
ローティア嬢は周りに話しかけるなオーラを放っていたのに、レオン王子の前に出ると一気に構ってほしい女の子の雰囲気を醸し出した。
ぶりっ子ではないが、周りが近づけない雰囲気を出してレオン王子と一対一の関係を作っている。さすがパーティーに慣れているだけあるな。
「ああ、ローティア。こんばんは。ローティアのドレスも凄い素敵だ。今日も一段と努力してきたようだね」
「ええ、わたくしはレオン王子のために毎日の努力は欠かした覚えがありませんわ。そろそろダンスの時間ですし、共に踊っていただけますわよね?」
ローティア嬢は手を差し出し、自らレオン王子を誘った。女性の方から男性を誘う豪快さ。
普通あり得ないのではないかと思うが、ローティア嬢はレオン王子の性格をよく知っているらしい。
案外恥ずかしがり屋なレオン王子にダンスを誘われなかったら大貴族として恥じとなる可能性が高い。だからこそ、自分からレオン王子を誘ったのだ。
「あ、あぁ、その、私は初めに踊る相手を決めているから……」
「ん……、レオン王子に釣り合うのは私しかおりませんわよ? どういうことかしら」
ローティア嬢は見た覚えもないくらい、表情が崩れていた。といっても、表面上の笑顔は保たれている。頭の中で状況が理解できていないらしい。
「えっと……」
レオン王子はローティア嬢から視線をそらし、一人で料理をガツガツと食しているメロアの方に足を運ぶ。
周りがざわざわと騒ぎだし、皆の視線がメロアとレオン王子に注がれた。
「えー、ただいまより、ダンス大会を開催いたします。吹奏楽部の演奏を聴き、周りの者から最も素晴らしいダンスを踊っていた者が優勝となります。食後の運動は大切なので、皆さん、ぜひ参加してくださいね」
進行役は丁度いい拍子にダンス大会を開催した。きっとレオン王子が動くのを見て判断したのだろう。
「メロア、どうか私と踊ってくれないか」
レオン王子は料理を食べているメロアにダンスを申し込んだ。
「は? 嫌だけど」
メロアは周りの空気など全く気にすることなく、レオン王子のお誘いを断った。こんなの完全に失敬だろう。だが、レオン王子はわかっていたような顔をして姿勢を戻す。
「だろうね。そういうと思っていた」
レオン王子はローティア嬢のもとに戻る。
――ば、やめ……。
私が声をあげる前に、レオン王子はローティア嬢の前で跪いた。
「ローティア、どうか私と踊って……」
レオン王子が全てを言い切る前に、ローティア嬢はレオン王子の顔を靴で踏みつける。
「なにを血迷っているのかしら。あんな女の二番煎じなんかになるくらいなら、こうした方がましですわ」
ローティア嬢はレオン王子を蹴り倒し、会場から出ていく。
「はは……、すまない、ローティア……」
レオン王子は情けなく尻もちをつきながら、謝っていた。何かしら事情がありそうで、複雑そうな、嫌なもつれ具合。
私は立ち上がり、ローティア嬢の後を追った。友達っぽい部下としてあの女性の後を追わなければならないと悟ったのだ。
☆☆☆☆
「う、うぅ、うぅぅ。なによ、なによ……。あの女のどこがいいっていうの。ガサツで、バカで、礼儀作法なんてもってのほかじゃない……」
ローティア嬢はトイレの中でブツブツと呟いていた。どうも、ローティア嬢も事情を把握しているらしい。
「はぁ、わたくしはいったい何のためにここまで。ほんと、わたくしの一二年間を返してほしいですわ」
ローティア嬢は誰もいない女子トイレの中で鼻をすすりながら、息を押し殺していた。
「わたくしのほうが、わたくしのほうがレオン王子にふさわしいのに。わたくしの方が、わたくしのほうがレオン王子を愛しているのに……。うぅぅ」
きっと泣きたくないのだろう。泣いたら負けを認めているのと同じじゃないか。だから、泣きたくない。
女の涙はすっと懐に忍ばせておく鋭い小刀のようなもの。彼女はそれをわかっているようだった。
――声をかけた方が良いのかな。こういう時はそうっとしておいてあげるのが良いんじゃ。
「ちょっと、レディーが用を足しているときになんですの。笑いに来たのかしら……」
トイレの中からローティア嬢の声が聞こえた。
「あ、あぁ。バレちゃいました?」
「一年生の中で大量の魔力を持っているのは芋娘くらいでしたわ。だって、足下から光っている魔力が見えるんですもの……」
ローティア嬢はトイレの扉の下側から私の魔力を感じ取っていた。ものすごい魔力感知の能力だ。
私の制限している魔力を知れたなんて何かしらのスキルを持っているんだろうか。
「ローティアさん、別に笑いに来たわけじゃありません。友達として心配だったから来たんです」
私は勝手にローティア嬢を友達呼びしてしまった。
「なによ、ずうずうしい芋娘ね。誰が友達ですって……」
「あははー。いやぁ、一緒に食事した仲じゃないですか。友達と言わずに何というんですか?」
「……部下」
ローティア嬢はぼそっと呟いた。心から絞り出したような小声だった。
「部下……。うーん、まあ、今は部下でもいいです。社長の気分を盛り上げるのが部下の役目ですし、話しくらい聞きますよ」
「わたくしの部下は超が付くほど優秀じゃないと雇いませんわよ」
「安心してください。私、こう見えても月商金貨三二〇〇枚以上売り上げを出している会社を経営していますし、もう一方はちゃんと数えていませんけど、ざっと金貨八〇〇〇枚くらいの会社も同時に経営していますから」
「……」
ローティア嬢はトイレの中から出て来て目を丸くしていた。
「まあ、嘘か本当かどうかはローティアさんが判断してください。こう見えても、案外やるんですよ。部下にしておいて損はないと思いますけど」
私はローティア嬢の大貴族の地位が強いと知っている。だから、普通に仲良くしておきたい。
「ローティアさん。私はあなたが言うとおり芋娘です。貴族じゃないからローティアさんの愚痴やお小言を聴ける存在だと思うんですよ」
私はローティア嬢に軽いプレゼンをこなす。私がどれだけ有能な部下か知ってもらわなければ。
「だって、ローティアさんにとって私はどうでもいいじゃありませんか。芋娘に嫌われても何ともありませんよね?」
「……なるほど。キララ、あなたは本当にやる芋娘のようね」
「ふっ、私は噛めば噛むほど美味しくなるトゥーベルみたいな女ですよ」
「ふっ、なによそれ……」
ローティア嬢はくすりと笑った。何とも可愛らしい笑顔だ。計算された笑顔ではない。心からにじみ出てしまった声も柔らかい。
素からその状態でいれば凄く接しやすい存在なんだけどな。
ローティア嬢は手を洗い、私と共に女子トイレを出た。そのまま廊下の窓際に立って窓ガラスから空を見上げる。
「わたくしは……、大貴族ですわ」