砂糖と塩
私は自分の部屋で魔法の練習をしていた。
「『ファイア! ファイア! ファイア!』」
私は外で拾って来た三本の小枝に火を灯す。
「やった! 初めて三回連続で火を灯せた。今日はやっぱり調子がいいな」
その後も私は瞑想をして詠唱を放つ。
――瞑想をする回数もしだいに減ってきた気はするけど、どうなんだろ。この練習法であってるのかな。このまま続けていても練習の効果が無かったら、凄く時間の無駄使いしてるよ。
「やっぱり、何か教科書みたいな参考書があると魔法の練習がはかどるはずなんだけど、こんな田舎の村には無いよな」
私は、まだこの世界について何も知らなすぎる。キララの記憶には重要な記憶が無かった。もう、元気に遊んでいるか、病気になって寝込んでいるかと言う記憶しか残っていない。
「私、世界の名前も知らないし、街の名前も国の名前も知らない。日本の五歳児なら国の名前くらい知ってるのに……。そう言えばこの世界に学校とか、ないのかな?」
私はいたって普通の疑問を持った。日本の五歳児なら幼稚園か保育園に行き、男女関係なく仲良く遊んでいるころだ。でも、キララに友達と遊んでいた記憶が無い。お父さんとお母さんの二人と遊ぶか、シャインとライトの二人と遊んでいるかのどちらかだ。
どうやら、キララに友達と呼べる存在はいないらしい。まあ、地球にいたころの私は大人で、ほぼ独りぼっち状態だったし、別に不満はない。
心の成長には家族以外の他人が必要だ。特に友達は重要な存在で、心の形成を促進してくれる。でも、私の場合はすでに心が成熟しているので、今のところ友達は必要ない。
「今の季節は春だろうか、それとも夏だろうか。そもそもこの世界に四季があるのかどうかさえわからない。って私、なにもわからないじゃん。キララの記憶に家族の名前くらいしか役に立つ情報が無いってどうなの。逆に今、私は何ができる。ちょっと考えてみよう」
私は自分の部屋で胡坐をかき、腕を組んで目を瞑る。
――私にできること、私にできること……。一応、アイドルだったから踊ったり歌ったりはできる。高校も出てるし、簡単な算数や理科なんかはできるけど……、と言うか地球じゃなかったら、漢字も英語も使えない。
社会なんて何の役に立つの! 地理、歴史なんて……。はぁ、これならもっと数学とか化学を頑張っておくんだった。知識チートは、私には無さそうだな。知っていても、テレビ番組に出演していた時、教えてもらったどうでもいい雑学程度か。
特に出演が多かったのは料理番組。学校でも家庭科は結構成績が良かったな。でもこの世界で家庭科なんて……。ん?
私は目を開けて、何かを思い出したようにばっと立ち上がる。
「家庭科。そういえば私、料理は結構出来ていたな。今の今まで忘れてたけど、料理は得意だったじゃん。調味料と食材さえあれば日本の料理が作れるはず。あ……、でも、砂糖や塩、お酢、醤油、味噌の調味料の『さしすせそ』がこの世界にあるのかな。ありそうなのは砂糖と塩くらいか。もしかしたら、この世界独自の調味料があるかもしれないけど、家には無いよな」
――醤油やみりん、お酢は発酵食品だし、発酵食品自体、この世界にあるのかは不明だ。この世界に水があるのなら海は必ずある。それなら塩は簡単に手に入るかもしれない。塩だけでも料理の味は全然違うはずだし、もう味のしないスープは嫌だ!
「でも、お母さんは、なんで塩を使わないんだろう。家には塩らしい粉はなかったけど、海があるならいくらでも手に入りそうなのに……」
私は思い立った瞬間に行動していた。部屋を飛び出し、居間にいるお母さんに塩について直ぐに聞いた。この行動力も私のとりえかもしれない。
「お母さんはどうして塩を使わないの?」
「塩……。塩って何?」
お母さんは塩と言う言葉を知らないのか、首を傾げた。
「え! 塩は塩だよ。砂みたいだけど白くてざらざらしたしょっぱい粉。お母さんは知らないの?」
――一般の主婦のお母さんが塩を知らない。もしかして、この世界に塩が無いの。あ、蜂の時と同じように、塩はこの世界で塩って名前じゃないのかも。どうしよう、それじゃ聞きようがない。
私が困っていると、お母さんは顎に手を置き、考えながら呟く。
「白くてしょっぱい粉……。あ、もしかしてソウルのことかしら?」
「ソウル?」
私はソウルと聞いて魂を思い浮かべてしまった。でも、たぶん違う。
「しょっぱい粉でしょ。それはソウルと言う調味料よ。でもなんで、キララがソウルのことを知っているの?」
――なるほど、この世界では塩の名前が違うのか。まあ、塩は日本語だし。と言うか、普通に怪しまれてるな。ここは五歳児っぽくごまかそう。
「えっとえっと……。かくまってもらってた時にお爺ちゃんとお婆ちゃんから聞いたの。お母さんはソウルをどうして使わないの?」
「それはね、ソウルはものすごく高いのよ。この辺には『シーミウ』が無いから、運ぶだけでもすごくお金がかかるの」
「シーミウ……。シーミウってなに?」
――また初めて聞く言葉だ。何となく海だと思うけど。岩塩の可能性もあるな。どっちだろう。
「シーミウっていうのはね、すごく大きな水溜まりみたいな所よ。船で渡るんだけど何日もかかるくらい大きな大きな水溜まりなの。ソウルはそこでしか取れないのよ。この辺りはシーミウから凄く遠いから、ソウルの値段が高くなってしまうのよね。ウトサなんてソウルの五〇倍の値段だし……」
――シーミウは海で確定っぽい。大きな水たまりなんてとんでもない、世界の七割を占めている大量の液体のはずなのに、なんで大きな水たまりなんて表現が……。この世界ではすごく小さいとか? でも、そんなんじゃ世界の熱や水分はどうなるの? うぅ……、頭が痛くなってくる。とりあえず、新しい単語のウトサだけ聞こう。
「ウトサ……、ウトサって何?」
「知りたい?」
お母さんは苦笑いをしながら呟いた。
「う、うん……」
――どうしよう。凄く嫌な予感がする。
「キララは知らなくても仕方ないわ。ウトサっていうのはね、とっても甘い粉よ。この国で最も貴重な物なの。それこそ宝石と同じ。もしくはそれ以上の値段が付くこともあるわ」
――もしかしてウトサとは砂糖なのではないか。いったい、いくらするんだろ。日本だと、サトウキビやテンサイから取るのが主流だよな。どこの地域で買っても値段はほとんど変わらないはずだ。確か一袋三〇〇円くらいで買えていた。高いって言ったら、五〇〇〇円とかするのだろうか。
「ソウルとウトサの値段っていくらなの?」
「そうね……。確かソウルは金貨五枚、ウトサは金貨五〇枚以上だったと思うんだけど……。もしかしたらもっと上がってるかもしれないわね」
――ん? 金貨。塩と砂糖を買うために金貨がいるの。
私はお母さんの発言に耳を疑った。昨日の魚でも銀貨五枚だったのに、塩と砂糖で金貨が必要とか訳がわからない。普通に考えて銀より金の方が価値が高そうだ。まあ、一応聞いてみるけども….…。
「お母さん、金貨一枚の価値はどれくらいなの?」
――金貨の価値がどれくらいか知るのは重要だ。金貨一枚が日本の一万円札と同じくらいなら……。いやそれにしても高すぎる。金貨五枚なら五万円、金貨五〇枚なら五〇万円。ははっ、どっかの業者かな? もしかしたら超大量に買わないといけないのかも……。
「えっと、お父さんが三〇日働いて金貨一枚くらいかしら」
お母さんは腰に手を当て、不満があるような声で教えてくれた。
「三〇日働いて金貨一枚……」
お父さん相当なブラック企業で働いてるよ! 労働基準法が定められていないの!
――やはり金貨一枚で一万円くらいなのかな。商品の物価が高いのかそれとも低いのかはわからないけど、高いお金を出して買う調味料の量も知っておきたい。お父さんが五カ月汗水たらして働いたお金で、ソウルが樽一杯買えるなら、死に物狂いで働いてもらおう。毎日歌って踊って元気づけたら何とかならないかな。
私は淡い期待を込めてお母さんに質問する。
「金貨五枚でどれくらいのソウルが買えるの?」
――お願いします。一トンとか、ものすごく多くの量で纏めて売っていますように……。
「これくらいかしら……」
お母さんは、小さな革袋を手に取った。革袋はお母さんの手の平にちょこんと乗り「交通安全」と書いてあっても遜色ないお守りくらいの大きさだ。容量は五〇グラムもない。
「は、はは……。こんな少ない量に金貨五枚の値段を付けられちゃったら買えるわけないね……」
――お父さんが五か月間働いて、手の平に乗る小さな袋分しか買えないなんて。ソウルの値段が高すぎ!
「そういうことよ。まあ、貴族にでもなったら毎日お菓子を食べれるんでしょうけど」
お母さんは遠い目をしながら呟く。
「お菓子!」
お菓子と言う単語を聞いた瞬間、私の考えは「お菓子」と全て書き換えられた。
「あら、キララ。お菓子を知ってるの?」
「え……。ええっと、なんか面白い響きだな~と思って。お菓子ってなあに?」
私はお母さんに向って白々しく聞く。
「お菓子と言うのはね、ウトサを使った甘い食べ物よ。お母さんは一回も食べたことないけど。街の奥様方が話してたのをたまたま聞いたのよ。甘いお菓子ってどんな味がするのかしらね。私も人生で一度でいいから食べてみたいわ」
お母さんは乙女のような表情を浮かべながら呟いた。
「そうなんだ……」
――砂糖も塩も値段が高すぎて、今の私に買える代物じゃない。はぁ、これからも味無しスープか。何も具が入っていないなら白湯と変わりないのだけど。はたしてそれはスープと言えるのだろうか。
私は天を仰ぎ、真っ白な灰になった気分で夕食の準備を手伝う。
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