11.かみ合わない会話
レオナはサンドイッチを広げて
「いただきます」
と手を合わせて小さい声で言う。サンドイッチを一つ食べ終わったところでユキが声をかける
「レオナちゃんは あの黒いモノなんて呼んでいるの? 」
「深淵って呼んでます。大分前に男子がニーチェさんの言葉を使ってて ああアイツのことだなって思ったんです」
「深淵を見るとき 深淵にも見られているってのだね」
「そうです それです」
「じゃあさ レオナちゃんはいつから 深淵 に見られているの?」
「いえ 見られてないです 見られないように生きてきたんで」
「見られないように生きてきた? ふーん そうかあ …じゃあ 初めて深淵を見たのはいつなの?」
ユキは少しだけ可笑しそうに笑った。レオナはそれを見て 自分は聞きたくて来たのに なんで一方的に質問されているんだろう?っとちょっと不満に思いながら 答えた
「保育園のころ 祖母が亡くなってすぐに会いに行った時です。小さな深淵が部屋の隅の闇に溶けて行って」
レオナは その光景を思い出してなんとなく気持ちが悪くなり 紅茶を一口飲んで、黙った。
やだなあ 深淵の話をするの…と思っていると 少しの沈黙の後でユキが聞く
「スーラの絵は好き?」
「嫌いじゃないです 私 点が怖いわけじゃないので
レオナが怖いのは 点でも穴でもない 深淵なのだ。カエルの卵なんて まったく怖くない。
ユキはテラスの屋根の下に広がる空に目を向けてから また聞く
「そっかあ えっと レオナちゃんって”視える人”だったりする?」
「え? 視力ですか? 両目1.2ですけど?」
レオナの答えがユキの考えていた答えとあまりに違ったのだろう ユキは一瞬 キョトンとした表情になった
「あ どうぞ お昼食べて 」
レオナに続きを食べるように勧めて ユキは椅子の背に体を預け、頭の後ろで手を組んで遠くの空を見る。
しばらく空を見ていたが 何かを思い出したように微笑んで そのままの姿勢でレオナがサンドイッチを食べている様子を目の端で見ていた。そして いい考えが浮かんだ というような顔をして頷いた。
ユキはレオナが二つ目のサンドイッチを食べ終わるタイミングで聞く
「裸眼で1.2なら 今時の中学生にしては目がいいよね?」
「まあ いい方だと思います。」
会話がつながったことで 少し緊張を緩めたような顔になって、ユキは続けた
「今から驚くようなものを見せるけれど 落ち着いて見てくれる? いいかな?大丈夫?」




