一章7
私はイェオリ様と手を繋いだまま、キーラン侯爵邸に入った。
侯爵とオーリエ様は満面の笑顔で兄様や私を見ている。イェオリ様は応接間に着くとやっと手を離してくれた。ちょっとホッとしたのと寂しさがあって自分でも不思議に思う。あれ?
「……イルーシャ嬢。君の事はこれから何て呼べばいい?」
「……そうね。家族はルシィと呼ぶわね」
「わかった。俺もそう呼ぶかな。よろしくな。ルシィ」
私は意外な展開に目を開いた。イェオリ様はどういうつもりなのか。そう思って兄様を見ると。イェオリ様をジロリと睨んでいた。
「……ふむ。イェオリ。クローディアをアルバート君と会わせたいと思うが。どうだろうか?」
「父上!?」
「あたくしは賛成だわ。アルバート君ならディアとも仲が良いし」
キーラン侯爵が言うとイェオリ様は驚いて声をあげた。オーリエ様は侯爵の言う事に頷いている。
「……キーラン侯、オーリエ様。僕は両親とも話し合って婚約者を決めていないのです。妹もそうでして。だからクローディア嬢との婚約はちょっと……」
「そうか。アルバート君ならクローディアも喜ぶと思ったんだがね」
「恐縮です」
兄様がそう言うとキーラン侯爵は苦笑いした。私もちょっと申し訳なくなる。どうしたものか。
「……父上。母上。その。クローディアを呼んで来てもらえるかな?」
「イェオリ?!」
「この際だ。あの子に話して選んでもらうのはどうだろう」
イェオリ様の提案に侯爵もオーリエ様も戸惑ったような表情になる。兄様は私の方を見た。私は小さく頷いた。
「……侯爵様。いえ。おじ様。もしよろしかったら私も一緒でも良いでしょうか?」
「……構わないよ。むしろこちらからもよろしく頼みたい」
「わかりました。では。兄様、一緒に行きましょう」
私は兄様に声をかける。そのまま、侯爵が家令に言った。
「……イアソン。アルバート君とイルーシャ殿をクローディアの部屋に案内してやりなさい」
「……わかりました。旦那様」
家令――イアソンが恭しく礼をする。兄様や私の方を見た。
「マクレディ様方、こちらになります」
兄様と2人して頷き合う。イアソンの後を付いて行った。
1階から階段を上がり2階に向かった。そこから左側に曲がってさらに右を曲がる。その奥にクローディア嬢の部屋があるらしい。イアソンがあるドアの前に立ち止まるとおもむろにノックをした。
「……お嬢様。お客様がいらしています。入ってもよろしいでしょうか?」
「……入ってちょうだい」
「失礼します」
イアソンが呼びかけると中から返事があった。静かにドアが開かれる。薄い緑色の壁紙に白木造の調度品、ソファーもシックな薄茶色にしてあり落ち着いた雰囲気の部屋だ。そのソファーにキーラン侯爵と同じ赤髪にオーリエ様とよく似た琥珀色の瞳のまだ幼い少女が腰掛けていた。もしかして彼女がイェオリ様の妹君だろうか?
「……あら。あなたは。確か、兄上のご友人の……」
「……マクレディ公爵令息様です」
「マクレディ。もしや。アルバート様?」
妹君が問いかけると兄様は頷いた。私はどうしたものかと思いながら2人を眺める。
「はい。初めましてでいいでしょうか。キーラン侯爵令嬢」
「ええ。わたくしは確かにキーラン侯爵が娘でクローディアと申します。初めまして」
初対面なので堅い感じで2人は挨拶を交わす。まあ、仕方ないか。私はイアソンに目配せをした。家令である彼はすぐに気づいたらしく小さく頷いてくれた。
「……兄様。私はイェオリ様と一緒に遊んでくるから。夕方になったら帰りましょうね」
「……わかった。怪我をしないようにな」
「うん!」
私は気を利かせたつもりでイアソンと共に部屋を出ようとする。けど妹君――クローディア嬢に呼び止められた。
「……あなたは。アルバート様の妹君ですよね?」
「……はい。そうですけど」
「兄上には早くも気に入られているみたいね。けど。わたくしはあなたを認めたわけではありません。それを努々ゆめゆめ忘れないように」
「わかりました。それでは失礼します」
私はそれだけ言うと踵を返した。出ていくまでクローディア嬢の鋭い視線が背中に注がれていたのだった。
その後、応接間に戻るとイェオリ様が1人で待っていた。
「あ。ルシィ。戻ってきたんだな」
「うん。何というか。凄い妹君ね」
「……クローディアに会ったのか?」
「ついさっきにね。そしたらね、イェオリ様に早くも気に入られたみたいだけど。自分はあなたを認めたわけじゃないときっぱり言われたわ」
「……すまない。妹がそんな事を」
「謝らなくていいわ。仕方ないわよ。クローディア様とは初対面だったしね」
私が言うとイェオリ様は気を取り直すように笑った。そして再び私の手を握った。
「ルシィ。庭園に行こう。我が家の春の花も結構綺麗だしな」
「……そうみたいね。行きましょう!」
2人して庭園へと走って行った。イアソンがそっと付いてきたのには気づかなかった。