一章5
この回でヒーローが登場します。
エントランスホールに着くと両親に兄様が既にいた。
家令も側に控えている。私がアリーと一緒に両親に近づくとお母様が気がついたらしい。こちらに振り向く。
「……あら。イルーシャ。来たのね」
「はい。お客様はもういらしているの?」
「ええ。イェオリ・キーラン候爵令息よ。イェオリ様。こちらが娘のイルーシャです」
お母様が私を紹介してくれた。歩を進めていくとお客様がそこにいた。
「……初めまして。ご紹介にあずかりました。イルーシャ・マクレディです。以後お見知りおきを」
「……初めまして。俺がイェオリ・キーランです。こちらこそよろしく頼みたい」
お客様――イェオリ・キーラン様はアレクセイ様と同じくらいいや、それ以上に美少年だった。私はまたもびっくりしてしまう。黄金色の髪に深みのある藍色の瞳が美しい。アレクセイ様と違い、明るく快活そうな雰囲気の超美少年だ。
「まあ、アルバートにイルーシャも。大人がいたら楽しめないでしょうから。庭園にでも行ってきなさいな。いいかしら?」
「ああ。私もそれには賛成だ。イェオリ君も行くかい?」
「はい。ありがとうございます。マクレディ公爵」
イェオリ様が頷いたので私と兄様は庭園に案内した。両親はそれを心配そうに見送っていた。ちょっと引っかかった私だった。
3人だけになるとイェオリ様は私を睨みつけてくる。先程とは大違いだ。そう思いながらも真っ向から受けて立つ。
「……お前。あのアレクセイ様との縁談を断ったらしいな。頭も良くて武芸も優秀で。顔も良くて身分も高い。あれだけの優良物件をみすみす逃すだなんて真性のバカなのか?」
「……ああら。初対面の方にバカ呼ばわりされる筋合いはありません。あなたの方こそ随分とミュラー公爵令息の肩を持つわね」
「そういう訳ではない。一般論を言っただけだ」
「一般論ですって?」
「俺はアレクセイ様が憧れでな。あんなに優れた人はそういない。文武両道なのにそれに傲るおご事がないし。なのに縁談を断ってみせたんだ、お前は。バカどころか大バカだよ」
「……人の事をろくすっぽ知らないくせによく言いますわね。あなた、目が節穴なんじゃないの?」
つい言い返すとイェオリ様は余計に睨む目つきをきつくさせた。私は悪くないもんね。アレクセイ様は無駄にプライドが高いし陰湿な方だと彼の話を聞いたら改めて思ったわ。
「節穴だと?!」
「そのままの意味ですわ。私は世間の噂なんて気にしていませんもの。アレクセイ様がいくら優れていようとも。好きになれそうにない方と婚約するのはさすがに嫌です」
「……俺とは気が合わないようだな。アレクセイ様のどこがそんなに嫌なんだ?」
イェオリ様はそう言うとじっとこちらを見た。私は息を大きく吸う。そうしてこう言った。
「……外見や能力がいくら良くても性格や相性が悪かったら互いに苦痛なものになっていきます。私はアレクセイ様とは合わないなとお会いした時に思いました。だからはっきりとお断りしたのよ」
「成程。やっと理由がわかった。お前は婚約しても彼とはうまくやっていけそうにないと思ったのか」
「ええ。私はまだ6歳だけど。直感でうまくやっていけそうにないとは思ったわ」
真面目に言うとイェオリ様は先程までの表情が嘘のように爽やかに笑った。私はその笑顔に見惚れてしまう。何と言うか、胸がドキドキしてきたわね。
「……そっか。さっきは色々と悪かったな。あのミュラー家のアレクセイ様は本当に凄い人だから。何でそんな人との縁談を断ったのかって聞いた時はびっくりしたんだ。同時に信じられなかった。公爵家の方と縁続きになれたら万々歳じゃないか。まあ、お前。いや。君は慧眼なんだな」
「……え。わ、私はそんな大したものではありませんよ。けど。わかってもらえたようで良かったわ」
「ああ。じゃあ、改めて仕切り直しだな。イルーシャ嬢。俺やアルバートと一緒に遊ばないか?」
「ええ。いいわよ。なら、一緒に庭園を見て回りましょう。近くに楡にれの木もあるから。木登りでもしたら楽しいと思うわ」
「決まりだな。行こう。イェオリ、イルーシャ!」
兄様に引っ張られて私は走り出す。イェオリ様もすぐに付いてきた。こうして3人で一緒に遊んだのだった。