一章3
私が婚約を断り勉強などの自分磨きに武芸の稽古にと励むようになってから早くも4ヶ月が過ぎた。
ジェニー先生から教えてもらうようになってからだと2ヶ月が経っている。走り込みや筋力トレーニング、素振りは相変わらず続いていた。今は季節が真冬で2月くらいにはなっている。はっきり言って北風は吹くし空気も乾燥していて滅茶苦茶寒い。朝早くからだと着込んでいなかったらガタガタ震えるわ、手がかじかむわできついが。それでも気は緩めない。目指すは伝説の女騎士と言われているユージェニー・サリエリだぞ!
そう意気込みながら毎日を勉強や武芸の稽古などに費やしたのだった。
ウェルズ師匠からもアドバイスをしてもらい、今日も武芸の稽古や勉強などに精を出す。まだまだ寒いが体力がついてきたおかげか、風邪をひきにくくなったのは有難い。あ、ちなみに年が明けたから私は6歳になっている。兄様は9歳だが。気のせいか一緒に稽古をやり出した頃より背が伸びたように思うのだ。私なんて5cmも伸びていないのに。兄様がたぶん140cmくらいはあるだろうか。推測だけど。
「……お嬢。今日も精が出るな」
「……師匠」
師匠がフランクな感じで声をかけてきた。近くには兄様とジェニー先生もいる。
「お嬢。今回は若様と手合わせをしてみたらどうだ?」
「え。いいんですか!?」
「構わんよ。ジェニーさん、若様。ちょっとこちらに来てくれ!」
師匠に呼ばれて先生と兄様が驚きながらもやってきた。私は木刀を師匠に手渡される。
「……どうかしましたか。ウェルズさん」
「ああ。ちょっと悪いが。若様とお嬢を手合わせさせようと思ってな。2人共、腕が上がったし。そろそろいいだろう」
「成程。それも良さそうですね。イルーシャさんと若様はどうしますか?」
「……俺はやってみたい。ルシィはどうしたい?」
「私もやってみたい。けど。兄様にはハンデをつけてもらいたいです」
私が言うと師匠と先生は確かにと頷いた。兄様も思う所があったのだろうか。すんなりと了承してくれた。
「ちょっと待ってろ。すぐに戻る」
「「わかりました」」
2人して返答する。師匠が戻ってくるまでジェニー先生と3人で待った。
少し経って師匠が砂袋を両手に持って戻ってきた。紐付きなのでどうやら重しらしい。兄様に足首へと両方とも装着するように言う。
「……これがハンデなんですか?」
「そうだ。よく考えてもみろ。3歳も下の女の子と手合わせするんだぞ。これくらいはしてやらないとな」
「わかりました。じゃあ、木刀を貸してください」
兄様が言うと師匠が手渡した。受け取ると私も深呼吸をする。お互いに真正面から向き合うと軽くお辞儀をした。頭を上げると木刀を同じように構える。
「……よおし。始め!」
師匠の掛け声を皮切りに私は木刀を素早く突きだす。けど兄様は寸での所で上半身を捻って避けた。持ち直すと後ろに飛び退る。重しを両足首に付けているとは思えない動きで兄様が駆けて木刀を上段から振り下ろした。
私はそれを右側にゴロゴロと転がる事で回避した。体勢をすぐに整える。今度はこちらが木刀を横薙ぎに払った。兄様は避けきれず、胸の辺りを切っ先が掠める。それのせいで身体がバランスを崩して後ろにつんのめった。そのまま、尻もちをついてしまう。私はピタッと喉元に木刀を突きつけた。
「……そこまで!」
師匠が終了を告げたので私は木刀を引っ込めた。ゼイゼイと息が上がる。
「あー。まさか、妹に負けるとはな。重しさえなかったらもっとやれたのに!」
「……ごめん。兄様」
「まあいいよ。俺も稽古をもっと頑張るとするかな」
そう言って兄様は立ち上がった。ゆっくりとそうしたらお尻や足についた土や小石を払う。私も先生から手渡されたタオルで額の汗を拭った。
「ふう。さすがに疲れたわ。あれ以上手合わせが長く続いていたら負ける所だったわね」
「でしょうね。若様も重しがなかったら勝っていたと思いますよ」
ジェニー先生の指摘には私も頷いた。兄様は師匠に手伝ってもらいながら砂の重しを外している。もっと強くなりたいと思った。1人でも生きていけるように。秘かにそう決めた。