序章 転生に気がついた?!1
私が不意に前世の記憶を思い出したのは5歳の初秋だった。
自邸の庭園にて両親であるダヴィッド・マクレディ公爵、ウェルシア夫人と共にある人達を待っている。少し経ってから家令が来客を告げた。
「……旦那様。お客様がいらっしゃいました」
「ああ。やっとか」
「はい。ミュラー公爵とご夫人、ご子息が後少しでお越しになるかと」
私はミュラー公爵夫妻にご子息と聞いて一気に緊張した。それを見たウェルシア夫人――お母様はにっこりと笑う。
「……大丈夫よ。今日は顔合わせをするだけだから。イルーシャ」
「……わかりました。お母様」
「ふふっ。ルシィ。本当に恥ずかしがり屋ねえ。あなたは」
お母様はそう言って私の頭を優しく撫でた。ルシィというのは私の愛称だ。マクレディ公爵――お父様やお母様、この場にはいないがお兄様だけがこう呼んでいた。家族だけが使う特別な名前。私はこの名前、ルシィを気に入っている。
私はしばらくお母様の手の温もりにじっとしていた。
そうしていたらミュラー公爵夫妻とご子息が家令に案内されながら庭園にやってきた。今日は秋晴れで天気はすこぶる良い。
アッシュグレーの髪に灰色の瞳の美丈夫と白金の髪に淡い翠みどり色の瞳のたおやかな美女がこちらに歩いてやってきた。美女の傍らには9歳かそこらの男の子がいる。男の子も天使と見紛う美少年だ。将来は白皙のとか言われそうだが。
ミュラー公爵方がすぐ近くにまで来る。そうしてお父様が先に挨拶をした。
「……ミュラー公爵。並びにご夫人。よくいらしてくださいました。こちらがご子息の……?」
「……はい。息子で長男のアレクセイです。今日はご息女との顔合わせと伺いましたが」
「そうです。こちらが妻のウェルシアと娘のイルーシャです。イルーシャ、挨拶を」
私は頷いてカーテシーをした。丁寧に頭も下げる。
「……初めまして。私はマクレディ公爵が娘、イルーシャ・マクレディと申します。以後お見知りおきを」
「……君が。僕はアレクセイ・ミュラーと申します。今日は顔合わせということでこちらに来ました」
高めの少年らしい声で返答があった。私はカーテシーをといて頭を上げる。ご子息――アレクセイ様を見て私は固まった。母君にそっくりの白金の髪に父君譲りの灰色の瞳。眉目秀麗でありながらも儚げな雰囲気の超美少年がそこにいる。不意に雷に打たれたように怒涛の如く、いろんな文字や映像が頭に流れ込んできた。
『……やった!やっとイルーシャとアレクセイが婚約破棄をしたわ。アレクサンドラと結ばれるのも間近ね』
そんな聞いた事がないはずなのに聞き覚えのある女性の声が頭の中に響く。知らない四角い薄っぺらい道具。女性の手には文庫本の1冊がある。それには題名がこう書かれていた。
――静かなる湖畔と。
確か、ヒロインもとい主人公のアレクサンドラ・コリーナ公爵令嬢が静かな湖畔にて白皙の美男と出会う。それが後の恋人になるアレクセイ・ミュラー公爵子息だ。アレクサンドラは1度だけ会ったアレクセイがなかなか忘れられない。それは相手の方もそうで。
が、2人には互いに婚約者がいる。アレクサンドラとアレクセイは密会を重ねるが……。
というストーリーだったように思う。
アレクセイとアレクサンドラは苦悩しながらも少しずつ惹かれ合っていく。その邪魔をするのがアレクセイの婚約者のイルーシャ・マクレディ公爵令嬢。アレクサンドラに執拗に嫌がらせを行い、断罪される。末路は国外追放だったはずだ。
私はそこまでを思い出して。詰んだわと胸中で呟く。そうして割れんばかりの頭痛に吐き気が襲ってきた。その場にうずくまってしまう。
「ルシィ。どうしたの?!」
「……あ、頭が痛いの」
「まあ。顔が真っ青ではないの。旦那様、医者を呼んでくださいな!」
「……わかった。申し訳ない。ミュラー公。娘が体調が思わしくないようです。一旦失礼します」
「いえ。私は気にしていませんので。イルーシャ嬢にはお大事にと伝えてください」
「ありがとうございます」
お父様がそう言った。私はお父様に抱きかかえられて意識を手放した。