疎遠になった幼馴染と心の隙間を埋める関係になる。
あの時、彼女だから声をかけたのか、別に誰でもよかったのか。
それはもう覚えていない。
仲の良い友達なんていなかったし、
名前を憶えているのなんてごくわずかだった。
だから、名前を憶えているあいつを見て声をかけただけなのかもしれない。
進学を控え、周りは受験モードに入りつつあった。
だから、不真面目なやつはなんとなく浮きつつあった。
俺もその一人だった。
それに必死こいて勉強する気にならなかったし、家に居場所なんてなかった。
だから、放課後も学校に居場所を探し自習部屋として開放されている空き教室に入り浸ってたんだ。
そこにたまたまあいつが現れた。
「……羽賀」
「間宮君」
羽賀朋美。
同じクラスの女子。ピアスをしており、爪にはマニキュア。
髪は肩よりも長く、不良の類に分類されるだろう。
俺が絶対に関わりにならない女子の類。
だが、俺はこいつを知っている。
幼い時によく遊んでいたから。
あの頃はどんな相手でも友達になれたし、その時の羽賀は普通の女の子だった。
男とも混じって遊んでいたし、よく二人きりで夜遅くまで遊んでいた。
だが、年齢が上がると男子と女子との間に自然と隔たりができる。
それに、当時俺の両親は毎日のように喧嘩をしていた。
だからだろう、俺は段々と交友関係を築かなくなっていた。
いずれは崩壊する関係であれば作る必要なんてない。
そう考えるようになったのだ。
一方の羽賀もこの数年で随分と変わっていった。
外見もそうだが、友達のいない俺でもいろいろな噂を聞くほどだ。
援交をしているだとか、金を払えば簡単にヤラせてくれるだとか。
そういった類の噂だ。
だから、空き教室。
しかも自習をするために解放されているこの場所にあいつがいるのは不釣り合いだった。
羽賀に声をかけたのは気まぐれだ。
だが、今思えばその噂を確かめたかったのかもしれない。
だってあいつは俺の初恋の相手だったから。
「なんでおまえここにいんの」
「悪い?」
「別に……あと俺、今は間宮じゃないし」
「ごめん。えーっと……」
「獅野」
「……獅野君」
俺の両親は離婚した。
父親に引き取られたが婿養子だったらしく、俺の名字も変わった。
「なにか用?」
「いや……」
外見こそ違うが昔に遊んだ羽賀の面影を感じ言葉がつまりそうになる。
「お前さ……金払えばヤラせてくれるって本当?」
だが、一度口にすれば思っていることが流れ出てくる。
「だったらなに? 私とヤリたいの?」
「……ああ。ヤリたい」
答えるのに抵抗はなかった、恥もプライドもそんなものは持ち合わせていなかった。
「……いいよ。しよ」
だから、羽賀がそう答えたとき体が簡単に動いた。
経験はないが、金で体を差し出すような相手であれば優しくする必要はないから。
そのあとの詳しいことは覚えていない。
お互いにただ欲望のままにしただけだ。
ゴムなんてなかったし、羽賀もそれに関して何も言わなかった。
羽賀の中に入れたとき苦しそうにしていた、血も出ていた。
きっと処女だったのだろうと思ったがそれには触れなかった。
本人が何も言わなかったから。
だが、それは噂は嘘だったということだ。
でもだからどうした。
俺には関係ないことだ。
***
翌日になれると俺たちはただのクラスメイトだった。
言葉も交わさず同じ空間にいるだけ。
だから、翌日も深いことは考えずいつものように空き教室に行った。
ただ、居場所がなかったから。
だが、そこには羽賀がいた。
「幼馴染だから無料でいいよ」
と昨日の金を渡そうとして断られてしまった。
それに加え「今日もする?」とまで言われたのだ。
それから、放課後は空き教室に行く生活が続いた。
いつも羽賀がいて、お互いになにも考えず獣のようにまぐわった。
ある日、羽賀が俺の背中を強く抱きしめてきた。
爪が食い込み血が出ていた。
羽賀に謝られたが別に気にしていなかった。
その日からだろうか、羽賀が徐々に変わっていったのは、ピアスは外され、肩よりも長かった髪は短く縛られるようになっていた。
「勉強教えてもらう代わりに、もっとしてあげるから」
と、試験前には勉強を教えてほしいとも言われた。
別に対価が目的だったわけじゃないが、勉強も教えた。
ただの気まぐれだ。
試験が終わった後、羽賀は喜んでいた気がする。
「こんな点数初めて取った」
と、俺に回答用紙を見せてきた。
俺からすればさほど良い点数ではなかった。
だが、そのときの羽賀の表情は今まで見た顔で一番印象的だった。
***
翌日、間宮君……いや、いまは獅野くんか。
翌日、獅野君の姿を見なかった。
担任からは家庭の事情で転校したと聞かされた。
私は何も知らされていなかった。
担任に詳しい理由を聞いても家庭の事情としか教えてもらえなかった。
個人情報の観点から教えてくれないのか、私のことをよく思っていないから教えてくれないのか。
それはわからないが、私に獅野君の居場所がわからなのは事実だった。
獅野君が転校してもクラスに変化はなかった。
なにも変わらない。
獅野君はクラスに親しい友人がいなかったから。
ただ、私は放課後空き教室で会う相手がいなくなった。
あれだけ通っていた空き教室に行く理由はなくなった。
だが、私は空き教室に通い続けた。
またいつか獅野君が現れるんじゃないかと、あの日のようにまた会えるんじゃないかと。
そうどこかで思っていた。
空き教室で勉強をするようになったのも獅野君との僅かな関係を断ちたくなかったからだろう。
その頃には私も父方の祖父母に引き取られるのが決まった。
数年前に父が病死し、母と二人で暮らしていた。
その母も早々に男を作り、家で私は邪魔ものだった。
だから、なるべく時間をつぶし夜遅くに帰るようにしていた。
空き教室に行ったのもお金がなく時間をつぶす場所を探していただけだ。
その頃からだろう私が変わりはじめたのは。
見よう見まねでピアスもしてみた。悪い友達とも関りを持ってみた。
だが、なにをやるのも中途半端だった私は根まで変わることはできなかった。
悪い友達ともノリが合わなかった。
だからだろう、学校でも疎外され変な噂も立ち始めた。
そんな生活を1,2年していたら、母はどこかに蒸発した。
私自身のことなのに私がこの先どうなるかわからないそんな状態になった。
そんな時だ、獅野君と空き教室で会ったのは。
獅野……、陽介君は私にとって初恋の相手だ。
だから、陽介君が私としたいと言ってきたとき、
折角の初めては初恋の相手に捧げられればロマンチックだなと思った。
陽介君としたのはそんな理由だ。
翌日以降も空き教室に行くと陽介君がいた。
だが、話すことがない。
だから、陽介君と肌を重ねたのだ。何度も。
あの時、私と陽介君の間にはそれしかなかったから。
ある日、私が力を入れすぎて陽介君の背中を傷つけてしまった。
陽介君は大丈夫だと言っていたが背中は爪が食い込み血が流れていた。
私はその日のうちに爪を切った。陽介君を傷つけたくないから。
翌日、陽介君も爪を切っていた。それは深く切られていた。
私を傷つけないためだとわかった。
だから、その日から私は陽介君のために変わっていったのだ。
肌を重ねれば怪我をさせる危険のあると思い、ピアスも外した。
髪に精液がかかれば事後処理に時間がかかるから、髪も短くして束ねるようにした。
陽介君のためにしたことが結果的に教師に怒られることが減った。
むしろ褒められることさえあった。
テストで赤点を取れば補習を受ける必要があるので、陽介君と会う時間が無くなる。
だから、私は陽介君に勉強を教わった。
そうすると今まで取ったことのない点数を取ることができた。
祖父母に引き取られてから私生活は変わった。
朝食、夕食は祖父母と一緒にご飯を食べるのが当たり前になった。
普通の生活というのがこういったものなのだろう。
祖父母には感謝している。
だが、私の心はぽっかりと空いてしまった。
陽介君が私の心をいつのまにか埋めていたのだろう。
その穴をいまだ埋められずにいた。
しかし、時間は無慈悲にも過ぎていく。
進学先が決まり、卒業の日を迎えた。
進学先は去年までの私では到底届かないレベルの場所だった。
これも空き教室で続けた勉強……陽介君のおかげだ。
卒業式が終わり、帰るだけになった日。
私は空き教室の掃除をした。
この場所は大掃除でも掃除されない。
いつ、だれがしているかわからない。
そもそも、私達以外利用しているのを見たことがないから掃除もされていないのかもしれない。
掃除をしていると机の中から一通の手紙を見つけた。
この場所は……陽介君がよく座っていた席。
そこに書いてある字には見覚えがあった。
私に勉強を教えてくれた人の字。
手紙には彼が思ったことを書き殴ったであろう文章が書かれていた。
文章の前後は繋がっておらず。
まるで箇条書きのような内容。
"俺は全部捨てたかった。"
"父と母は離婚した。"
"二人の間に愛が無くなったのだと思う。"
"愛を信じたくなかった。"
"だから、僕が持っていた愛を捨てたかった。"
"僕は唯一好きになった子がいた。"
"その子との愛が無くなれば僕の中の愛は無くなるはずだ。"
"だから君が僕のことを嫌ってくれればと思った。"
"だが、僕は君に事を好きになった。"
"心の隙間を君は埋めてくれた"
"愛していた。"
"もし君が俺のことを愛していたなら嬉しい。"
"ありがとう。"
読み終わると顔が濡れていた。
涙が出ていた。
きっと私たちは似た者同士だった。
そんなとき、声をかけられた。
陽介君……ではなかった。
振り向くと見覚えのあるが名前の知らない女性教師が立っていた。
空き教室で勉強をしていると声をかけてくれる教師だ。
数少ない私に好意的に接してくれる教師。
――そうだ、彼女なら教えてくれるかもしれない。
***
俺の実家だったものは売り払われた。
それに伴い、父と二人暮らしになり転校をした。
遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
最後の登校日、胸の奥に溜まった泥を吐き出したくなり手紙に書いた。
あいつに見られても見られなくてもいいと思ってあの空き教室の机に入れてきた。
俺は転校後、進学した。
別に学校に通いたいという気持ちが強かったわけではない。
ただ、父と離れたかったのだ。
父は俺との関係を回復しようと試みていた。
それは俺もわかっていた。
だが、今更父親とどうやって接すればいいというのだ。
だから、どこかお互いに居心地の悪さを感じていたのはなんとなく察していた。
一人暮らしをする理由として遠くの学校を選んだ。
そんな生活にも慣れ始めた頃。
父ともある程度連絡を取るようになった。
きっと、これがお互いにとってちょうどの良い距離感なのだろう。
この前も「前の学校の友人が連絡をしてきた」と言っていた。
父も自分のことを話すのだなと思ったので印象に残っている。
それに子供のころの物が見つかったからと連絡あり、俺の部屋に送られてきた。
送られてきたものの中に小さな箱があった。
子供のころの俺専用の宝箱だった。
綺麗な形の石や子供のころ買ってもらったおもちゃなどが入っていた。
その中に一つ手紙が入っていた。
小さな子供が書いたギリギリ読める手紙だ。
手紙にはこう書かれていた。
"よーすけくん、すき ともみ"
幼い時、羽賀からもらった手紙だった。
それを見て胸が苦しくなった。
あの時、俺の気持ちを伝えていれば変わっただろうか。
だが、ヤリ逃げ同然の俺を羽賀は許してくれるのだろうか。
いや、許してもらうためならなんでもやる。
また、羽賀……朋美に会えたら謝ろう、そして思いを伝えようと思った。
「今日、転校生が来るんだってさ。女子らしいぞ」
クラスの連中がそんな噂をしていた。
「めちゃくちゃ可愛い子だって、友達が見たんだって」
俺は今週末実家のあった町に行こうと考えていた。
朋美の家の場所はわからない。
もしかしたら、学校で教えてくれるかもしれない。
希望的観測だ。
だが、行動するべきだと思った。
行く当てのないこの気持ちをどこかにぶつけたかった。
「みんな席に座れ、転校生を紹介するぞ」
担任の声が教室に広がる。
すると教室に一人の少女が入ってきた。
その姿に見覚えがあった。
「羽賀朋美です。よろしくお願いします」
俺が探そうとしていた子がそこにいた。
目が合った。
なぜ彼女がこの学校に来たのかはわからない。
そんなことはどうでもいい。
彼女と再会できたその事実さえあればいい。
俺はこの後彼女を連れだして思いを伝える算段を考えることにした。




