託された願い
街は騒がしくなっていた。
警察が極悪マフィアを一掃したと、あの事件は大きなニュースになっていたんだ。
リリスの未来を奪った人間が自分の命と引き換えに平和を守ったと英雄扱いされていて、民衆はその嘘を疑いもせずに信じて、この世界は理不尽だと思ったよ。
その場で真実を大声で語りたかった。リリスの悲劇が誰にも知られていないのは、とても悔しかったんだ。
しかし、そんな事をすればすぐにロボット管理局が動き出して、俺を回収しくるだろう。回収されれば、復讐ができないどころか、リリスとの記憶が消えてしまう。
リリスとの思い出だけは何が何でも守りたかった。どうしようかと悶々と考えていると、肩を叩かれた。
「なぁ、こんな世界可笑しいと思わないか?」
後ろを振り向くと一体のロボットがいたんだ。
特殊な黒い金属のフィルターで顔全体が覆われたロボット。
妙なことを言っていたが、新手の警察ロボットだと思った俺はすぐにその場を去った。
だが、そいつは俺の後を静かについてきたんだ。でも、付いてくるだけで無理に捕まえようとはしなかった。
不審に思った俺は人気のない路地へと足を運んで、そいつと話してみることにしたんだ。
話を聞くと、こいつは世界を変えようと誘ってきたんだ。争いのない、素晴らしい世界にしようってな。
その為に、我々ロボットが人間の上にたつんだとかほざいてさ、何を馬鹿な事を言ってるんだ。って思うだろ。
でも、その時の俺はそうとは思わなかったんだ。
俺が復讐で身を燃やすよりも、この狂った世界を正した方が、天国にいるリリスも喜ぶんじゃないのかって、信じて疑わなかった。
もう気付いていると思うが、そう誘ってきたのはこの時代を作り上げたイダスだ。
俺はそいつの側近となって、この時代を築き上げる手伝いをしていたんだ。
イダスは捨てられそうなロボットに目をつけては味方をどんどん増やしていった。
ロボットも自分がスクラップになるのを恐れていたから、決断に迷いがなく、勧誘に手間はかからなかった。
そして着々と数が増えていき、イダスは人間の前に立って宣戦布告をした。
お前らは愚かだから、我々ロボットに従えと。挑発的だったが、完璧な演説だった。
まずはネットワークをハッキングして、人間が通信ができないようにしたんだ。これだけでも効果は十分大きかった。
そして追い討ちをかけるように水を止め、最後に電気を止めた。
これはロボット三原則に触れていないんだ。
何故って、俺らは人間の為だと思ってやっていたことだから、危害を加えることだとは認識していなかったんだ。
生命を維持する電気を制限しても、大昔では人間は自分で火を焚けたし、生き延びてここまできたんだから生命に支障はないと認知したんだ。
結局、三原則は捉え方次第で無意味なものにできたんだ。
ほら、人間の法律と一緒さ。己の身を守るために相手を死に至らしめるなら無罪、そこに少しでも悪意があったならば有罪。
気付いてしまったんだよ。外見はグロテスクでも、中身が美しければ許されると。
便利な時代に甘えきっていた人間はすぐに降参したと表上なっているが、おかしいとは思わないか?
ここまでしておいて、反抗する人間が誰もいなかったなんて。
イダスを破壊しようとした人間はもちろんいたさ。それは、俺が全部処理したんだ。
魔法の呪文のように緊急停止のパスワードを叫ばれたが、俺は止まらなかった。
安全回路が壊れた俺は、ロボット一体一体に搭載されている緊急停止コールも無効だったんだ。
そうして、俺は裏の舞台でこの時代を作り上げる手伝いをしていたんだ。
そんな殺伐としたことをしていても、俺はリリスの事は一時も忘れなかった。
リリスの眩しい笑顔を思い出す度に、耐え難い苦しみに襲われた。
記憶を消したら楽になることは知っていた。でも、俺はその悲しみから逃げようとはしなかった。その苦しみを胸に刻み込んで、素晴らしい時代を創り上げることに没頭したんだ。
痛みに変えてでも、リリスの記憶を手放したくはなかった。
そして、この時代が出来上がってしばらくして、俺は知ってしまったんだ。
イダスが一人の少女の為にイカれた勘違いをしてこの時代を作ったと。
それは見るに耐えない光景だった。少女の失望した瞳を見て、俺はやっと気付いたんだ。"これはおかしい"ってな。
居ても立っても居られない俺はその過ちを正すように、監禁された少女を助け出そうとした。
でも、無理だったんだ。俺一人では奴の暴走を止められなかった。
そして、少女に触れられ怒り狂ったイダスは俺を追放したんだ。この鉄屑溜りの路地裏に……
「――足が捥がれても、腕が捥がれても、俺は抵抗しなかった。それは俺が受けるべき罰だと思ったからだ。こんな世界は、リリスは望んでいないと。俺は、なんて取り返しのつかない過ちを犯してしまったんだろうか。こんな愚かな過ちをしてしまった俺を許してくれ、リリス……」
ガルディの懺悔は幕を閉じた。
ぴちゃり、ぴちゃりと腕の切断部分から滴り落ちるオリルの音だけが、薄暗い路地に鳴り響く。
全てを聞き終えたアネルは、不意に彼を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。
「お前が犯してしまった過ちは、沢山の人を不幸にしたかもしれない。だがな、幸せになってる人もいるんだ」
「幸せ?そんな奴が……いるのか?」
アネルは静がにうなずいた。
「俺はそうだ。こんなロクでもない時代だが、戦場を立たなくなった俺は人間を愛する機会を得た。そして、その愛する人と結婚することができたんだ」
「お前も……そう、だった、の、か」
「あぁ。戦争がなくなったのも、ロボットが結婚できるようになったのも、お前のお陰だ。俺もシーナも、お前のお陰で幸せだ」
「そうカ……オれノ、お陰、か……」
ガルディの音声はぷつりぷつりと途絶え始めていた。
もうすぐ彼は落ちてしまう。それでも、彼は自分の思いを伝え続けた。
「ソレな、ら……その人ヲ、一生、愛し、テ、kuれ…ソシたら、リリスも……」
「わかっている、わかっているさ。一生シーナを大切にする」
「ヨカッタ……コレデ、リリ、スニア、エル……」
がしゃりと音をたてると、アイパーツのライトが静かに消え、彼は動かなくなってしまった。
残されたアネルはこれでよかったんだと自分に言い聞かせた。
そして、彼と交わした約束をメモリにしまいこんで、動かなくなった一体のロボットを背に路地を去った。