ふたりの悲願
「ガルディと一緒に居られるのも、あと2年しかないのね」
あるとき、リリスはこんなことを呟いたんだ。
俺もリリスと同じ事を考えていた。彼女とあと2年しかいられないと。
リリスとの関係は相変わらずだった。リリスは俺に好意を伝えていたが、俺はリリスには伝えていない。そうか、と受け止めるだけ。
けど、言葉にしなくてもリリスは俺の気持ちに気付いていただろう。ただ、彼女は物分りがいいからそれ以上のことは求めなかった。
両思いなのに、片思いのような淡く儚い関係。一緒でいられるだけで、お互いに満足だった。それだけで十分幸せだった。
でも、制限時間が刻まれ短くなればなるほど、そうも言ってはいられなくなったんだ。
「あと2年でお楽しみが待っているじゃないか。恋人と遊園地で手を繋いで、アイスクリームを食べるんだろう?」
「あら、そんな話したかしら?」
「俺はロボットだからな、映像で残ってる。見せてやろうか?」
「やめてよ、恥ずかしいわ!……でも、2年後にはその映像も消えてしまうのね」
リリスは苦しそうだった。
苦しそうなリリスを、俺はいつもみたいに励ましてやることはできなかった。
俺もとても苦しかったんだ。リリスとの思い出を、他の誰かに消されたくなかった。
しかし、記憶が消されるのは俺にとって抗えないルール。自分ではどうすることもできなかったんだ。
リリスにはまだ色鮮やかな未来があって、そこで素敵な恋人に出会えるチャンスがある。
そのチャンスを俺が奪ってはいけない。そう自分に言い聞かせていた。
でも、そんなのは綺麗な建前で、ただのボディーガードロボットじゃいられないってわかっていた。
心の奥底ではリリスに自分の愛を伝えたくて伝えたくて堪らなかった。
好きだ。愛している。俺もリリスの事を忘れたくない。ずっと俺と一緒にいてくれ。そう言えたらどんなに救われたか。
今はどうしてそう言わなかったのかって、馬鹿馬鹿しく思えるよ。だけど当時は言えなかった。
俺は意気地なしで、己の恋心と引き換えにリリスの未来を奪う事に怯えていたんだ。
どうせ奪われてしまう未来ならば、我侭に生きればよかった。自分の情けなさを何度呪ったことか……。
「私、あなたとずっと一緒にいたい」
もしも、リリスが我侭な子だったら、我侭言うんじゃないと叱って誤魔化せたのに。
リリスの初めての我侭だった。それがもっと俺を苦しめさせて、何も言えなかった。
この言葉を言うのに、リリスはどれほどの勇気を絞ったのだろう。
でも、俺は卑怯だった。リリスのように自分の気持ちに正直にはなれなかった。
逃げるのが何よりも楽だってこと、何度も何度も記憶をデリートされていたからわかっていたんだ。
2年たったら、呆気ないほどこの苦しみが消される。代償で幸せも消されてしまうが。
でもまぁ結局、俺の方が置いていかれてしまったんだけどな。神様が俺の傲慢さを見ていて罰を与えたんだ、きっと。
「もう寝なきゃ、おやすみなさい」
「おやすみ、リリス」
リリスは18歳になっても毎日欠かさずお祈りをし続けていた。
その夜のお祈りの声は震えていた。自分が無茶な事を望んでしまう我侭で悪い子だって思ったんだろうな。「私はちゃんと良い子にしていました」とは言わなかった。
その日だけ、俺はリリスの信じる神に語りかけたさ。"リリスは良い子でした"ってな。
だが、"リリスとずっと一緒にいさせてください"とは祈りはしなかった。
その願いは、自分とリリスの気持ちから目を背ける悪い子な俺にはできなかったんだ。