あのファーストキスは悪戯か
俺はあれから扉の前に立つことはなくなり、リリスの傍にいるようになった。しかし、彼女の孤独な生活は変わらなかった。
ボスは妻を殺された事で慎重になっているようで、リリスを学校に行かせていなかったんだ。
通信教育を受けているリリスに一緒に遊んだりする友人なんていない。彼女の周りにいるのは大人とロボットだけ。
大人はリリスを相手にしなかった。というよりも、ボスの愛娘だと敬遠してとてもじゃないができなかったんだろうな。
せめて俺が代わりにと思って、彼女の遊びに付き合ったり、本を読んであげたりした。
柄じゃないが、それほど俺はリリスを喜ばせようと必死だったんだ。想像して笑わないでくれ。
リリスが14歳になる頃には、人形遊びもおままごとも卒業した。
けれど、リリスは決して部屋の外に出ようとしなかった。
反抗期の少女だったわけではない。リリスはいつだって父親が大好きだった。けれど、自ら部屋を出て父親に会いに行くことはしなかった。
いつも部屋にこもって本を読んだり、母親が出ている映画を眺めていたんだ。
そんな彼女はやっぱりどこか寂しそうだったよ。そんなに寂しいのなら会いに行けばいいのに。
でも、リリスは我がままひとつ言わなかった。ボスもボスで、リリスを心配していたさ。親として子に甘えてほしかったんだろうな。
「リリスは外に出ないのか?」
自分じゃだめなのかって、限界を感じていた俺はついこんなことをリリスに聞いてみた。
すると、リリスは少し困ったように微笑んだ。
「お父様と20歳になるまで外には出ないって約束なの」
「約束だとしても、リリスは外に出たくはないのか?あまりにも外に出たがらないから、ボスが心配していた」
「出てみたいわよ。でも、お外に出てお母様みたいに殺されてしまったら、お父様は一人ぼっちになってしまうわ。お父様の事を悲しませたくないのよ」
「俺がいるじゃないか。信用してないのか?」
「まさか!そんなことないわ。私はガルディが傷ついてしまう事も嫌なのよ」
リリスは優しい子だ。俺は傷ついてなんぼの体なのに、俺が傷つくのが嫌だと言うんだ。
大丈夫だから外に出よう。俺がリリスを守る。そう言う事もできたが、それはリリスの優しさを無駄にしてしまうような気がして言えなかった。
今は言わなかった事を後悔している。リリスは、外の世界を知らないまま死んでしまったから。
自分の幸せよりも他人の幸せを願う、誰よりも優しい子だったのに、それなのにどうしてあんな奴らに……
……すまない、先走ってしまったな。もう少しだけ、リリスとの幸せな時間を語らせてくれ。
「お外に出たらガルディみたいな素敵なお友達を沢山つくって、ショッピングモールで可愛いお洋服を一緒に選んだりしてみたいわ。あと、恋人と遊園地でデートもしてみたい」
「そんなにやりたいことが沢山あるのに、何故だ?」
「外に出てしまったら、想像する楽しみが終わってしまうでしょう?それに。お誕生日のプレゼントと一緒で、待っているときが一番楽しいわ。だから、嫌じゃないの」
リリスは恋に恋する乙女のように空想の恋人を幸せそうに語ったが、俺は恋人と友人の違いがわかっていなかった。
14歳の子どもが語ることだから、一緒に手を繋いでだり、アイスクリームを食べたりとか、そういった可愛い話だったんだよ。
でも、それって友人でもできることだろ?友人も恋人もいない俺にはいまいちパッとこなくて考え込んでいたら、リリスは俺の異変に気付いたんだ。
「ガルディは恋したことないの?」
「……ないな、多分」
あ、そっかと彼女は口を塞いだ。
"多分"と念のために付け加えたが、こんなもんだから99%の確立で恋をしたことはなかっただろう。
「あのね、恋っていうのはええっと……誰かと一緒にいたいなぁとか、好きって気持ちで胸がいっぱいになって、ドキドキするの」
「ドキドキ?俺にはよくわからないな」
「ガルディはドキドキしないの?」
「感情がプログラムされてるから緊張はするが……それでも、自分に危機を感じたときぐらいだ」
「そっか。あ、あとね、恋人同士はこういうこともするのよ」
リリスは突然ソファーから立ち上がり、座っている俺の前に来るとほっそりとした手で俺の顔を包み込んだ。
ゆっくりとリリスの顔が近づき、リリスの唇が俺のフェイスガードに当たった。
何か言おうとすると、ぱっと顔が離れて、そこには恥ずかしそうに頬をばら色に染めたリリスがいたんだ。
「そういうことは、リリスが大人になってから恋人とするんだ」
なんて、ロボットを装って叱ってみせたが俺は混乱していた。
ただリリスの唇がフェイスガードに当たっただけなのに、それだけなのにオーバーヒートするほどボディが熱くなってさ。どうなってるんだって。
恋もキスも、よくわからない。けど、彼女の初めてみる少し色づいた表情に俺はどぎまぎしていたんだ。
これは少女の悪戯だ。よく小さな子どもが意味も分からずやる悪戯だと、自分に言い聞かせて落ち着かせることに必死だった。