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馴れ初めは映画

 幸い、物騒な奴がこの屋敷に乗り込んでくることはなかったが、俺は毎日ずっと扉の前に立ってリリスを見守っていた。

 そんな俺がリリスを近くで守るようになったのはいつだったかはっきりと覚えていないが、そのきっかけとなったことはしっかりと覚えている。

 それは、静かな夜だった。


「神様、パパは今日も悪いことをしていたかもしれません。けれど、その分私はちゃんと良い子にしていました。だから、明日も私たちを守ってください。アーメン」


 こうやって、神様にお祈りしてから眠るのが彼女の日課だった。

 お前にもわかるかもしれないが、神様なんて非科学的なものが存在するわけがない。

 これも俺が人間に良い印象を持たない理由の一つだった。

 誰かが妄想して、多くの人がそれを信じて、互いの妄想の都合が悪くなればそれを正当化。

 その為なら手段を選ばす血を流してまで争うなんて、馬鹿みたいだろ?

 お前は軍事用だったんだよな。宗教戦争に駆り出されたこと、あるんじゃないのか?

 ……そうか、お前は戦争の原因については考えなかったのか。それは幸せだな。

 別に馬鹿にしているわけじゃない。戦う為に生まれたお前は、別のことを考えていたんだろう?


 俺は記憶が消されるから巻き込まれたどうかわからないが、俺の同僚はその妄想から勃発した争いごとに巻き込まれたことがあってな。

 奴らは妄想ごときで何をムキになっているのか、俺も同僚もさっぱり理解できなかった。

 唯一理解できたのは、人間は論理的ではない事。ただ、それだけだ。

 それでもいつかは理解できる日が来るんじゃないかと思っていたが、最後まで理解できなかったな。

 まぁ、理解する気もなかったんだが。


 話を戻して、リリスは毎日一生懸命その神様とやらに祈ってるんもんだから、不思議で不思議でたまらなくて聞いてみたんだ。

「何故、毎日そんなことしてるんですか?」ってな。

 俺から話しかけたのはこれが初めてだったから、リリスは目を丸くして驚いていたよ。

 きっと俺に話しかけられた事が嬉しかったんだろうな。尖った露骨な問だったにも関らず、彼女はにっこりと微笑んでこう言ったんだ。


「神様はね、良い事も悪い事も全部見ていているの。悪い子には罰を与えて、良い子にはご褒美を与えてくれる。だから、私が良い子にして、パパの罰をなくしているのよ」

「パパの罰?」

「うん。パパはすっごく悪いことをしてるから神様を怒らせちゃって、罰としてママをとられちゃったんだって」


 リリスは何処か悲しげだった。

 彼女はいつも笑顔だが、ふとした瞬間にこういった悲しげな表情をすることがあって、俺はそれを見るたびにモヤモヤしていた。

 人間という大雑把なカテゴライズしかしていないロボットの俺は、子どもなんてよくわからなかった。

 だけど、普通の子どもはこんな顔しないって事だけはなんとなくわかってたんだ。

 かけるべき言葉を探していると、リリスはベッドから飛び降りて、扉の前で突っ立ってる俺の手を引いた。

 小さくて白くて柔らかくてさ、握り返したら泡みたいに跡形もなく消えてしまいそうな手だな、なんて思っていたっけ。


「私のママ、見せてあげるわ!」


 小さな手に引かれるがままソファーに座ると、リリスはちょっと待っててね、と呟いて背伸びをして本棚からディスクを取り出した。

 ディスクをプレイヤーにセットすると、40インチの液晶テレビから映像が流れ始めた。

 ゆったりとしたモダンな曲にぴったりな喫茶店で、男女が丸テーブルに見詰め合っては愛を囁いている。子どももロボットも観てもつまらなさそうなシーン。

 しかし、女の顔がアップになったとき、俺は画面に釘付けになった。

 その女はリリスにそっくりで、一目見て彼女の母親だって事がわかったんだ。

 リリスは顔立ちだけじゃなくて、髪の色も母親譲りだったようで、その女も優しい光を放つ金色の髪だった。

 でも、母親はスカイブルーの澄んだ色の瞳でさ。深海のような藍色の瞳はあの厳つい父親譲りだってわかったときは信じられなかった。

 俺たちロボットにはない、"遺伝"を目の当たりにした俺は、すっかり人間の神秘に魅了されていた。


「私のママ、とっても綺麗でしょ?」


 顔を覗かせて聞いてくる彼女。

 ボディーガードロボットの俺に美醜の判断ができるほどの知識はないってのに。おかしいよな。俺は素直に頷いていたんだ。

 すると、リリスはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうににこにこして、その顔もまたテレビに映し出されている女に似ていて。

 リリスには人形のような愛らしさが、母親には彫刻のような美しさがあった。これが二人の唯一の違いだった。


「私のママね、女優だったのよ。いろんな映画やテレビに出てすっごく有名だったんですって」

「……寂しくはないのですか?」

「ううん、全然。私がまだ言葉も喋れないような赤ちゃんの頃に死んじゃったから、ママの記憶はちっともないの」

「記憶がない?」

「そう、覚えていないの。だから、寂しくないの」


 彼女は笑っていたが、自分の本当の気持ちを押し殺しているのが痛々しいほど伝わってきた。

 俺は自分の記憶が消されることに関して、悲しくとも嬉しくともなかった。いい気はしなかったが奇妙な感じで、仕方がないことだと思っていた。

 だが、この少女を見てはそうとも言ってはいられなくなってしまって、この時初めて自分の記憶が消されることは苦しいことだと学んだんだ。

 いや、違う。この時はまだ、自分のことはどうでもよかった。母親を覚えていない孤独を抱え込みながら、寂しくないと無理矢理笑うリリスが可哀想でたまらなかったんだ。

 はじめてだったよ、人間を皮肉ではなく可哀想だと思ったのは。


「ママは私のことを世界で一番愛してたって、パパが言っていたわ。でもね、私はママを覚えていないの。ママは私にとっても優しくしてくれてたのに。ママを覚えていない私は、悪い子かしら?」


 ロボットでも胸がずきりと痛むんだって、この時初めて知った。

 こんなにも誰かのことを想っているリリスが切なくて。ロボットにはない彼女の優しさが美しくみえて。

 その優しいリリスの笑顔が儚く散って、みるみると不安げな表情になっていったのが苦しくて耐えられなくて……。


「俺は記憶が消されるんだ。前に守ってた人のことなんて、一人も覚えてない。覚えてないから何も感じない。でも、リリス。お前は覚えていなくてもちゃんと母親を想っているじゃないか。リリスは悪い子なんかじゃない」


 気付いたら敬語を使うことも忘れて、こんなことを言っていたんだ。

 感情をもったロボットだとはいえ、感情プログラムが平均より発達してない俺がこんなことを考えられるなんてびっくりしたさ。

 それ程、彼女の純情さは俺を突き動かしたんだ。大したもんだよ。

 そんなリリスもびっくりしててさ、しばらく目をぱちくりさせていてるもんだから、俺は慌てたんだ。


「大変申し訳ありません、リリスお嬢様。今のは失言でした。ご無礼をお許しください」

「ううん。なんだか安心したわ……って、ガルディは敬語以外も喋れるんじゃない!どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「主には敬語と決まっておりますから」

「……そうよね。ガルディに限らずパパ以外の人はみんなそうだわ。でも、さっきのあなたはとっても違く感じるの。みんなはここまでじゃないわ」

「どんな言葉を使っていようと、私は私です」

「うん。そうなんだけれど、何かが違うわ……。でも、何が違うのかしら?わからないのに違うと感じるなんて、なんだか変ね」


 リリスは答えを探しているように一人で考え込んでしまったが、映画はもうとっくに終わっていると気付くと、ディスクを取り出して元の場所に戻した。

 ベッドに入るまでずっと考えていたんだろうな。一部始終眉間に皺が寄っていたし、布団に入っても、瞳を閉じずにじっと俺を不思議そうに見つめてた。


「やっぱりわからないわ。でもね、上手く言えないけど……さっきのガルディは安心したの。ロボットのあなたにも優しさとか悲しみとかそういう心があるんだって、そう思ったのよ。これは気のせいなんかじゃないわ。お願い、信じて……」


 信じるも何も、俺はとっくにその違いの正体を知っていた。

 今までは、"単なるロボット"として認識してもらうために、大した心を持っていないように振舞っていたが、あの時の発言は紛れもなく俺の本心。それがその違いの正体だ。


「リリスお嬢様は先ほどの私の方が安心するのですか?」

「うん」

「……そうか。じゃあ、遠慮なく羽を伸ばそう。でも、二人きりのときだけだ。ボスに怒られるからな」

「やっぱりそうだったのね」


 さっきの会話で、リリスが何か言いかけた言葉を飲み込んだのを見逃さなかった俺は、迷いに迷った挙句、自分からリリスに歩み寄る決断をしたんだ。

 リリスは胸のつっかえがとれたようにはにかんでくれて、俺は今まで感じたことのない幸せな感情で満たされた。

 記憶が消される俺にとってはこの会話も気持ちも意味のないものとなってしまうが、そんなことはどうでもいい。リリスにとって意味のあるものになるならばそうしたかった。

 健気なリリスを悲しませてはいけない。喜ばせたい。自分で身を守れない弱い存在だからこそ守ってやりたいと心の底から思ったんだ。

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