十年契約
そうだ、この話はこの時代になる少し前の話だ。
感情を持ったロボットが生まれてから少し経って、意思のあるロボットに少しばかりの権利が与えられた頃。俺たちよりも人間の方が偉かった時代。
お前はその時代に何をしていた?
……あぁ、お前は軍事用だったのか、だったら俺と少し似ているな。
俺は、ボディーガードロボットだったんだ。
といっても、誰かのオーダーメイドで作られたロボットではなくて、警備会社で作られたレンタルロボットの一体だ。
偉そうな面をした政治家や、命を狙われるほど美しい女優、色々な人間を守ってきたらしい。
あぁ、らしいってのは俺は記憶が消されるんだ。
ボディーガードロボットってのは、極秘な任務が多くてな。前の雇い主の情報を引き出すためにわざわざレンタルする悪党がいるから、個人情報保護法も兼ね備えて、任務が終わると雇い主のデータは全て消去される決まりなんだ。
なのになんで俺がリリスの事を覚えてるかって?それは後で話す。
俺は雇い主をどう思ってたとか、そういった細かいところも消されるんだ。
でも皮肉なことに、そこで学んだ新しい学習データだけは残っててさ、誰かを守れなくて新しい事を学んだのかと考えては落ち込んでいた。
そんなもんだから、記憶を消されることは仕方ないことだと諦めていたと思う。
いや、諦めるも何も、そういうもんだって思っていたな。その時の気持ちですら消されているから断言はできないが。
だからというわけではないが、俺はなるべく雇い主を守る以外、必要以上に関らないようにしていた。
幸運なことに、雇い主の人間も俺を単なるロボットだと認識していたもんだから、特に問題はなかった。
そうして淡々とロボットらしく働いていると、なんの前触れもなく転機が訪れた。
俺はある組織に10年間の契約で雇われたんだ。
調べてみると、その組織ってのはある地方で有名なマフィアだった。
警備会社といっても、こういう裏の繋がりがあるから初めてではなかったが、ボディーガードっていうのは基本は日雇い、長くて1ヶ月とかだから嫌な予感しかしなかった。
同僚に励まされながら、俺は雇い主の屋敷へと向かった。
嫌な予感は的中してさ、ボディーガードロボットの俺を出迎えたのは、十分警備が施された立派な屋敷だったんだ。
黒いスーツを着た人間の男が門の両脇にビシっと立ってて、いかにもって感じでさ。
わざわざ俺を雇わなくてもいいじゃないかって、あの時は思わず帰りそうになっちまったよ。
俺は黒髪の若い男に雇い主の元へと案内された。
これまた立派な扉が開かれると、嗅覚センサは香ばしい葉巻の香りを、視覚センサは中央の大きな椅子に座ったしかめっ面の雇い主を捉えた。
この組織のデータはインプットされていなかったが、コイツがこの組織のボスだとすぐにわかった。
それほど、ボスは並外れた威圧的な風格を漂わせていたんだ。
ボスは立ち上がり、俺に近づいてはいろいろな角度から金属でできた体を眺めたり、コンコンと胸のパーツを叩いたりしてきた。
こうして耐久を確かめられるのは珍しいことではないが、2mある俺と大差ない筋肉質の大男にやられると嫌に緊張した。
「なかなか丈夫そうじゃないか」
「耐久テストでは間接部分に45口径を撃たれても何も支障はありませんでした」
「それは頼もしいな。お前さん、名前は?」
「ガルディと申します」
「ガルディ、よろしくな」
ボスは豪快に笑いながら俺の肩を叩いて喜んだ。
ダメージにはならないものの、ボスの叩く力は並みの人間の力ではなかったから、ますます自分の雇われた理由がわからなかったさ。
しかし、ボスに案内されるがまま長い廊下を歩き、別の部屋の扉が開かれるとその理由は明らかになった。
案内された部屋は、この悪党が集まった屋敷には似つかわしくないほど可愛らしい部屋だったんだ。
ベッドには熊のぬいぐるみなんか置いててさ、でもそこにいた少女にはぴったりな部屋だった。
少女はボスを見るや否や、深い藍色の瞳を細めて、まっすぐに伸びた金色の髪を靡かせながらこちらに駆け寄ってきた。
ボスがその少女を軽々と抱き上げると、にこにこと互いに微笑みあった。俺はそれをただただ眺めていた。
「リリス、コイツがお前のボディーガードだよ。ほら、強そうだろ?」
「本当!お父様よりも大きくて、とっても強そう。ロボットさん、お名前は?」
「ガルディと申します。リリスお嬢様、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
にっこりと微笑んだリリスは、十歳の少女だとは思えないほどくっきりとした顔立ちでとても綺麗だった。あのときの記憶が残っていてよかった。
だが、この時の俺は雇い主とあまり関ろうとしていなかったから、少し面倒なことになりそうだな、ぐらいしか考えていなかった。
「何があっても、この子が二十歳になるまで守ってくれ」
「かしこまりました」
そう言うと、ボスはリリスのおでこにキスをして、俺を置いて出て行ってしまった。
"かしこまりました"なんて業務的な返事はしたものの、正直勘弁してくれと思っていた。
侵入者が入ってもすぐに対応できるように扉の前で立っている俺を、まじまじと見つめてくるもんだから、やりづらくて仕方がなかったんだ。
「そんなに珍しいですか」
「えぇ、人型ロボットってテレビでしか見たことなかったから。でも見過ぎちゃったわね、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらずに。私の事は置物とでも思ってください」
「せっかくお話できるのに?私ね、退屈してたの。ねぇ、そこに座って。立ってると疲れちゃうでしょ?」
そう言ってリリスは半ば無理矢理俺の手を引いてソファに座らせた。
お前にもわかると思うが、ロボットはエネルギーが減るだけで立っていても疲れたりなんかしない。
人型ロボットを見るのは初めてだと言っていたが、ロボットは疲れないことぐらいリリスは知っていただろう。それでも、リリスはロボットの俺を気遣ったんだ。
この時俺は、どうすればいいのか全くわからなかったから、こんな扱いを受けたのは初めてだったんだと思う。
今思い返すとその扱いがリリスらしくて愛おしく感じるな……。そうか、リリスは最初から俺に優しくしてくれてたんだな……。
なのに、その時の俺は人間が好きか嫌いかで答えるとしたら嫌いだと思ってたから、リリスの優しさをうっとおしく感じていたんだ。
なぜ人間が嫌いかって?人間は自分で身を守れない弱い存在だと信じて疑ってなかったからなんだ。あの時の俺は本当に馬鹿で仕方がなかった。
それで、無邪気なリリスは俺にこう聞いたんだ。
「ねぇ、あなたにお友達はいるの?今までどんな人を守ってきたの?あなたのお話聞かせて」
ってさ、目をきらきら輝かせながら、こんな酷い質問を俺に投げかけてきたんだ。
俺はどう答えようか悩んださ。こんな子どもに個人情報がうんぬんかんぬんなんてわかるはずないからな。
子どもの純粋さは残酷だと思ったか?リリスが無粋な子だって思ったか?
子どもの純粋さは残酷かもしれないが、リリスは無粋な子なんかじゃない。
彼女はさ、「これは聞いちゃいけないことだったのね」って俺に申し訳なさそうに謝ったんだ。
マフィアの娘として生まれたリリスは、子どもでありながら聞いていい話と悪い話の区別がついていたんだよ。
別に、俺の話は聞いて悪い話の類ではないが、俺が悩んでいるのを悟って気を使ったんだろうな。
リリスは誤魔化すように勉強しなきゃと呟くと、勉強机に戻って教科書を開いて一人黙々と勉強を始めたんだ。
うっとおしく感じてたリリスがいきなりスッと引くもんだから、なんだか拍子抜けしたというか、その気遣いか彼女の孤独な生い立ちを一瞬で物語って、妙にもやもやとしてさ。
ソファーに座っている必要がなくなった俺も、気まずさをかき消そうと立ち上がって、扉の前に立つ作業に戻ったんだ。